第九十九話:あの子
大変お待たせいたしまして、申し訳ございません。
ようやく、少しずつ生活が落ち着いてきたので、低頻度ですが再開いたします。
第九十九話目です。
前話を読んでない方はそちらからどうぞ。
侍従見習い用の服の件も一旦は落ち着いてあたしとチアーラさんは一度家に戻ってきた。
国王であるローベルト様も王妃であるクラウディア様も仕事があるし、エリーゼもお勉強があるからあんまり長居をするわけにはいかないからね。
ただ、ガレリア騎士団長の娘であるシンディーは会えなくて少し残念。最近はエリーゼの護衛見習いらしいから会えると思ったんだけど、ちょうど訓練の時間と被っていたみたいなんだよね。まぁ、三日後には例の依頼の件でまた城に来ることになっているし、スモーカーのおじさんの娘を見ていてもらうためにシンディーも城にいるから、その時には会えるかな。
「姫様は楽しそうにしてたわね」
「うん、いままで皆に髪とか洗ってもらう側だったから、エリーゼにやってあげられるの新鮮だった」
チアーラさんには、あの夜にエリーゼとした話の事は言わないでおく。あまり心配させたくないから。
「あの依頼の件まで三日あるけど、それまであたしがすることって何かある?」
「そうねぇ……しばらくは王都内を見回った方が良いわね。騎士も狐達も見回りはしているけれど、普段より数は少ないもの」
氾濫中は魔物が国に入り込むことを防ぐためと、他所からの犯罪者を国に入らせないためにクラウディア様が国を結界魔法で囲っている。それに国内にも狐は残っているからこの時期に大きな犯罪は起こることは基本的にないんだけど、絶対とは言えない。
結界というのは結界を張った本人が眠ったり意識を失うと消えてしまう。つまり、クラウディア様は氾濫の期間中は結界が途切れることが無いように眠ることはない。結界を保つ間、クラウディア様に大きな負担がかかることになる。そもそも、あたし達が他より先に帰ってきたのはクラウディア様からの指示だけど、それ以上に、少しでも早くクラウディア様が休めるようにするためだ。
クラウディア様が眠って結界が途切れれば、未だ多くの騎士が戻ってきていないことを良いことに、国内に入り込んでくる輩が少なからずいるらしく、その分国内に残っている狐や、先に戻ってきたあたしやチアーラさんが警戒を強める必要があるんだよね。
「じゃあ、侍従の訓練以外はあの子に街を歩かせる方が良い?」
「そうね……むしろあの子達が返って来るまでは、侍従の訓練は気にしなくて良いわ。後で時間は作れるもの――私は書類仕事があるけれど、時間があるときには彼女を歩かせるわ」
そんな話をしているうちに 家に着いてお昼まで少し休むことになった。
そして、休んでから昼食を食べたあたしは一度自分の部屋に戻ってきていた。チアーラさんは執務室で書類仕事中だね。
あたしが部屋に戻ってきたのは、街の中を見回る準備をするためだ。目の前にはそのための道具が色々置いてある。
「あの子が街を歩くのは少し久ぶりだけど……まずは化粧と、念のためあの子についてもう一度資料を確認しておいた方が良いよね」
そう呟いて部屋の机から取り出した資料を確認しながら、服を全て脱いで、肌色のクリームや道具を手に取って化粧を進めていく。
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あの子――”アーシャ“は、少し日に焼けた肌色に茶色の瞳で、エルフの血が流れていると思われる真っ白な髪が特徴的な十一歳の少女。この少女は今年、城下にある街に引っ越してきた”チア“という女性の娘で、元々は母親と共に旅をしていたからか、自分の身を守る程度の実力は身に着けている。これは、身体や身体能力を向上させる【身体強化】という魔法適性のおかげでもある。
垂れ気味の目つきに、髪を三つ編みにし肩にかけているからか大人しそうな印象を受けるものの、この街に来たばかりの頃にひったくりの男と衝突しかけたところを女性騎士が助けてくれて、それから女性騎士を目指しているらしい。
時折、騎士達の詰め所に通って訓練を見学させてもらったり、騎士のことを教えてもらっているんだとか。
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アーシャについては、こんなところかな。
情報を再確認している間にあたしの化粧も終えたので、確認のために全裸のまま鏡の前に立つ。
「うん……肌の色もちゃんと綺麗に変わってるね。目の色もちゃんと問題ないし、ツリ目もごまかせてる。後は髪を三つ編みにして――よし、大丈夫そうだね」
鏡に映っているのは、少し日に焼けた肌に茶色の瞳で、三つ編みにした真っ白な髪の少女。さっき資料を確認した”アーシャ“そのままの姿――服を全部脱いだから裸だけどね。
”アーシャ“っていうのは、あたしが街中を歩くときのために用意された身分のひとつ。”修羅“は”狐“や国の”情報部“が情報操作して噂程度にされてるみたいだけど、代わりに表に立つ”特務部隊“っていう身分はそういうわけじゃないんだよね。まぁ、あたしは”特務“としては今のところ特に何かしたわけじゃないからあたし以外はっていう言い方になるけど……こっちは他国や犯罪者たちにも知られてるらしい。
ただ、あたしも今後”特務“として知られることになるだろうから、街中とかを見守る時のために別人を用意する必要があるんだよね。それが今あたしが変装してる”アーシャ“というわけだ。
「目の色は茶色のレンズを目につけるだけだから良いけど、この化粧は全身やる必要があるから大変なんだよね……まぁ、仕方なんだけど」
あたしの瞳の色絵を赤から茶色に変えているのは、色付きのレンズだ。長時間つけていれば目が乾燥していたくなっちゃうんだけど、それは目を潤せば良いだけだから正直簡単。だけど、肌の色はそうもいかないんだよね――肌は、汗や水で落ちにくい特殊なクリームを全身に塗ってるんだよね。
一人で塗ってるから、背中とかが本当に大変なんだよね。あと洗い流すときも。特別な薬液じゃないとなかなか落とせない。
「実のところ、今日は休んでても良いってチアーラさんには言われたけど……昨日十分休んだしね」
あたしはそう呟きながら、服を着替える。
いつもの半袖半ズボンの訓練着とも、”修羅用“の装備とも違う、何処にでもいる街の子供が着るような服――少し土汚れの残った半袖のシャツに膝上くらいまでのズボンを着る。髪もすこしだけくしゃっとさせてから、後頭部の高い位置であえて雑に結っておく。
もちろん髪や身体、服を綺麗にするための石鹸はあるけど……何回も着ていれば汚れも落ち切らないし、髪も邪魔にならないようにまとめられれば問題ないって家庭が多い。だから、新品の服だったり身綺麗にしすぎて違和感が無いようにするためだね。
「まぁ、実は色々と普通の服にない機能はあるんだけど……これは使わないに越したことはないもんね」
最後にフードがついていて前が開いている上着を羽織る。これはパーカーっていう名前だって聞いた覚えがある――名前の由来は知らないけどね。実はあたしの”修羅“用の装備の外套もパーカーって言うらしい。正直服の名前とか、所謂おしゃれとか特に興味はないから着られるなら何でも良いんだけどね。
因みにこの上着も少しだけ汚れているように見えるよう細工をされてる。他の服や髪と同じ様になるべく違和感が出ないようにするためだね。
「それじゃあ――いってきま~す!」
普段のものから少しだけ高く女の子っぽく声色を変えた声を出して、街の方に出かけていく。
家に誰もいないのにこうやって声を出すのは、単純に声色を調整するため。予めすこし声を出しておかないと、ついいつもの声色とか口調に戻っちゃうから。
因みに、言葉遣いはともかく、あたしの仕草が女の子っぽくないのは特に問題ない――侍女云々の件の時はあくまで侍女だから駄目だっただけで、平民の女の子ならそれほど気にする必要はないんだよね。言い方は悪いけど、貴族の御令嬢とは違って平民は逞しいから。
そう言うわけであたし……いや、”アーシャ“は街に向かって行く。
第五章タイトルである「街の女の子アーシャ」はこのアーシャです。
章タイトル決めミスったかも……?いやまぁ、分かりやすいし、良いかな……?
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