第九十八話:予定変更
第九十八話目です。
前話を読んでない方はそちらからどうぞ。
内心この侍女服の動きづらさに不満をあげていたけど、この場にクラウディア様達がいるのを思い出して、不満は一旦おいておくことにした。それよりも「動きづらいけど、なんとか動けるようにする」っていうことけでも伝えた方が良いよね。もしかしたら、動きやすいように改良してくれるかもしれないし。
そんなことを考えながら、あたしを見ていたチアーラさん達の方を見てみると――。
「あらあら、アーシスったら」
チアーラさんが頬に手を当てて、困ったように眉を下げていた。
そして、チアーラさんの後では、クラウディア様は顔を真っ赤にし、エリーゼも真っ赤になった顔を両手で覆っている。ローベルト様に至ってはそもそもこっちを見ずに顔を背けている。
もしかしたら、体調でも崩してしまったんだろうか……。
「あのねアーシス……あなたは今スカートなんだから、そんなに脚を上げたり飛び跳ねたりしたら、下着が見えちゃうでしょう?」
「ん、下着? ああ、短いけどズボン穿いてるから別に大丈夫だよ、ホラ――」
「――なっ、このおバカっ!!」
「んぎゃっ!?」
んぬぐぉあぁぁぁ……今までで、一番の衝撃っ……!
ちゃんと穿いてるから大丈夫、ってズボン見せようとしただけなのに……チアーラさんに思いっきり拳骨を落とされたっ……なんでっ……!?
「チアーラ、あなた……どんな教育をしているの……?」
「この子、どこに恥じらいを置いてきたのかしら……」
なんか、あたしが非常識みたいに言われてるんだけど。
恥じらいを置いてきたって……そりゃあたしだって、下着なら見せるようなことはしないけど、ズボンだよ? 別に恥ずかしがるようなことじゃなくない?
「仮に下着だったとしても、美人でスタイルが良いクラウディア様のいるローベルト様が、こんな平坦な身体のあたしに欲じょ――いったぁっ!?――ちょっ、なんでまた殴るの!?」
そのままあたしは、チアーラさんから「女の子として――」とか「恥じらいを――」とか「男の人の前で――」とか、お説教をされている。
でもさ、今ここにいる男の人はローベルト様だけ。他に男の人がいた場合は分からないけど、少なくともこの方は、下着どころかあたしの裸を見たとしても欲情しないでしょ……。実年齢はともかく、身体は娘のエリーゼと同じくらい――なんなら、エリーゼの方が発育が良いくらいなんだから。
いやまぁ、流石に欲情とかは言葉を選ばなさすぎたとは思うけどさ。
「よく……」
「あら、まぁ……」
あたしがチアーラさんに色々と叱られている裏では、ローベルト様は微妙な顔をしていた。
逆に、クラウディア様は嬉しさと恥ずかしさ半々くらいの表情を浮かべて、頬をほんのりと赤く染めてる。多分、「美人でスタイルが良いクラウディア様のいる」っていうあたしの言葉が原因――普段からローベルト様にも「綺麗だ」とか直接言われてるんじゃなかろうか――それを思い出しての表情だと思う。
うん、やっぱり可愛いよね、クラウディア様。
「ふふっ――お姉様は、ブラッド様やカイナート様と同じくらい、お父様の事も信頼されているのですね」
とエリーゼがそんな事を言ってきたんだけど、なんで今?
ローベルト様は、あたしを助けて育ててくれたチアーラさん達が信用してる人だし、たまたまチアーラさん達に保護されて育てられただけのあたしが”修羅“に所属することを許してくれている。それだけじゃなく、それとなくあたしのことも気に掛けてくれる――そりゃ、信頼しない訳がないじゃん。
「いえその……お父様には無防備に肌を晒しても気にされないくらい、信頼されているのだと思いまして……」
「ああ、確かに」
エリーゼの説明でようやく意味が理解できた。
あたしってカイナート兄ちゃんとかブラッドのおっちゃん、”狐“達だったら、裸を見られようが特に気にならない――あたしにとって皆は家族みたいな存在だし、誰もそういう感情を持たないと分かってるから――っていう話を、昨日お風呂に入った時にエリーゼに話した気がする。
あたしも無意識だったけど、ローベルト様に対しても同じような認識だったみたいだ。
「ふむ……俺は叔父みたいなもんか?」
「私は叔母かしら?」
「うっ……それは……」
この方たちとは、初めてお会いした時からあまり時間は経っていないんだけど……あたし自身も妹みたいに思っているエリーゼの母親であり、チアーラさんと仲が良いクラウディア様の事は、あたしは叔母みたいだと思っていた。まぁ、王族に対して思うようなことではないけど。
ローベルト様も同じような理由で、実はローベルト様のことも叔父みたいに思っていたのは事実なんだよね――ローベルト様と話す機会は多くないけど、たまにチアーラさんの付き添いで会った時はあたしのことを気にかけてくれるから。
「ふははっ! 謝ることは無い、俺もお前のことは姪のように思っている」
「もちろん、わたしもよ」
このお二人がそう思ってくれているのは、素直に嬉しい。本当に。
だけど、あたし自身から口に出すことはしたくない。するわけにはいかない――失礼というのもあるけど、あたしの母さんは母さんだけだからさ。はぁ、本当にあたしって成長しない……。
と、そこまで考えたところで、頭に何か触れた――頭を撫でられたみたいだけど……チアーラさんともクラウディア様とも違う感触。誰だろ?
「まぁ、お前はお前の思うようにすれば良い」
「……あっ、りがとう、ございます」
見てみれば、まさかのローベルト様だった。その口ぶりや優し気な声色から、あたしの考えていることが見抜かれていたみたい――チアーラさん達は向こうであたしの侍女姿のことで仲良く話していて、あたしのことは気づいてないみたいで良かった。
チアーラさんもクラウディア様も、ローベルト様だってこんなに良くしてくれるのに、あたしの心はあの頃から何も変わって――わっ、ローベルト様?――また、見抜かれたのか、くしゃくしゃっと撫でられた。カイナート兄ちゃんとも、ブラッドのおっちゃんとも違った撫で方だけど、なんとなく心地良いな……。
「それはともかく、侍女服では動きづらそうだな?」
「あっ、そうですね……ひらひらが結構、その、邪魔で……」
ローベルト様が少し強引にあたしの侍女服について話を戻した。多分、あたしがこれ以上考えすぎないようにだと思う。
チアーラさん達に気付かれないような気遣いにありがたく思いながらも、ローベルト様の質問に素直に答える。まぁ、不満を言うようでちょっと申し訳ないけないけど。
「侍女に拘る必要もないですし、侍従見習いで良いんじゃありませんか?」
「そうなると入浴や就寝時の護衛は難しくないかしら?」
あたしの返答に皆でどうしたものか……唸っているとチアーラさんがローベルト様たちに言うものの、クラウディア様にそう返された。
侍従は”男“だからね見習いだとしても、お風呂とか寝る時とかはエリーゼの護衛が出来なくなっちゃうのはクラウディア様の言う通りではある。そもそものあたしの役目が護衛だからね。
「元々、ロザリアもつけるつもりでしたし、大丈夫ですよ」
「ふむ……それならも問題ないだろう」
チアーラさんは困ったように眉を下げていたクラウディア様にそう言うとローベルト様も頷いた。ロザリアさんは”狐“たちをまとめる”狐筆頭“ではあるけど、チアーラさん達やあたしのような名を持つ”修羅“のメンバーに次いで戦闘が出来る人なんだよね。それに普段から侍女のような振る舞いをしているから、その辺りも問題ない……というか最適だと思う。
あたしに関しては、自分で言うのもなんだけど仕草とか佇まいって女の子らしくないんだよね。どっちかって言うと、身体の使い方を教えてくれた兄ちゃんの影響か男の子っぽいんだよね。
だから、あたしとしても侍女見習いよりも、侍従見習いの方が違和感はないんじゃないかと思う。体型も女らしくないしね。
とりあえず今日のこの侍女服の件については、あたしは侍従見習いとして、ロゼリアさんが侍女として同行して、お風呂や寝る時は侍女に扮したロザリアさんが護衛につくことになった。
侍従見習い用の服は城の……っていうか、あたし達”修羅“用の服飾担当の人に直してもらって、出来次第もう一度確認するっていう流れになる。それまでは普段通りの訓練をしながら、侍従らしい振る舞いの特訓になるのかな。
「ハンターの二人に依頼した解析の立ち合いもあるけれど……他に何もなければそうなるわね」
「そうね、緊急の要件があればお願いするかもしれないけれど、今は大丈夫よ」
チアーラさんとクラウディア様もそう言っているので、あたしの認識に間違いはなかったみたい。
まぁ、氾濫に多くの騎士や狐達が向かって、後片付けのためにまだ帰ってきていないとはいえ、それでも警備の騎士や狐もいるからね。あたしやチアーラさんが出なきゃいけない事なんて、そうそう起こらないだろうけどね。
カイナートやブラッド、狐(男)達の反応に慣れすぎて、ある程度信頼してる相手には本当に何も気にしないアーシスでした。
因みに「欲情」とか言葉を選ばずに言ったのはブラッドが原因で、アーシスが言葉を選ばなかったり口調が荒くなるのは、大体ブラッドの影響です。
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