第九十七話:着てみたけど……
第九十七話目です。
前話を読んでない方はそちらからどうぞ。
☆アーシス視点に戻ります。
エリーゼのおかげで、少し心が軽くなった。たぶん、触れても大丈夫だってことを伝えようとしてくれたんだと思う。急に抱き着いてきたのは少し驚いたけど……言っちゃえばそのおかげだからね。それに、髪を洗うのも、背中を流すのも、喜んでくれたみたいだしね。
あの後は、エリーゼの部屋に行って一緒に寝た。エリーゼにはあたしが思っていた以上に心配をかけてたのかな、ベッドに入ったらすぐに寝ちゃった。
自分よりも小さな子と寝るのって初めてだったけど……あたしにギュッと抱き着いて、幸せそうな表情で眠っていて、なんとなく嬉しかったし、可愛かった。
うーん……あたしが小さかった頃のチアーラさんとかモルガナ姉ちゃんとかも、こんな気持ちだったのかな?
「本当にありがとね、エリーゼ」
昨夜、お風呂でエリーゼがしてくれたことを改めて思い出しながら、そう小さく呟いて、頭を撫でてみる。
今は日が出てからしばらく時間が経ったくらいの時間――普段から日の出で起きるあたしからしたら遅いくらいだけど、普通に考えたらまだ早い時間だろうから、エリーゼを起こさないようにね。
「ぅん……おねぇ、さま?」
「おはよう、エリーゼ」
「ふぁい……おはよぅ、ござぃますぅ……」
出来るだけ音を立てないようにしてたはずなんだけど、エリーゼも起きたみたい。まだ眠そうだ。撫でたせいで起こしちゃったかな……?
あ、いや、いつもこの時間に起きてるんだろうね。ちょうど部屋の扉がノックされて、昨日もエリーゼの傍にいた侍女の声が聞こえてきたし。
「どぅぞ……入ってきてだいじょうぶよ……」
「失礼いたします」
眠そうな目をこすりながらエリーゼがノックに答えると、やっぱり昨日もいた侍女が入って来て、まだ眠気の残っているエリーゼの朝支度をうまく進めてる。
昨日はあんまり気にしてなかったけど、この侍女さん、姿勢も所作も綺麗だなぁ……クラウディア様にエリーゼの護衛のために侍女になって、とは言われたけど……あんなふうにできる気がしないんだけど。どれだけ観察してみても、できる気は全くしない。
やっぱりプロってすごいんだなぁ……なんて事を思っているうちにエリーゼの支度も終わって、目も覚めたみたい。
「お姉様、お母様とチアーラ様が食堂でお待ちのようです――それと、朝食の後はお姉様の侍女服の確認をされるようですよ」
「あぁ……早いね――まぁ、とりあえずご飯食べに行こうか」
「はい、お姉様」
昨日の今日でもうあたし用の侍女服ができているとは……と思ったんだけど、そもそもある程度前から決まっていただろうし、あたしの身体のサイズも”修羅“の装備を作ってもらった時に既に渡してある。だから予め作っておいたんだろうね。
あたしの身体のサイズは子供同然だからね、既存の服や予備の服を直して――なんてことは出来ないだろうしねぇ。
それはともかく、エリーゼに言われて、一緒にクラウディア様とチアーラさんの待つ食堂まで向かうのだった。
●
食堂には、先に言われていた通りクラウディア様とチアーラさんが待っていたんだけど、ローベルト様まで待っていて、少し驚いた。いや、いくら王族が忙しいと言っても家族でご飯くらい食べるよね。家族の交流、大事。
そんな家族の時間にお邪魔した朝食は、凄く美味しかった――毎日……は、他のごはんが食べられなくなりそうだから、たまのご褒美くらいが良いなぁ。そりゃ、毎日食べられるなら嬉しいけど、今まで食べてた普通のご飯が食べられなくなりそうだもん。
うーん、昨日クラウディア様から言われたエリーゼの護衛の件が終わったらご褒美にお願いしてみようかなぁ。クラウディア様にはそれが許されそうなくらいには可愛がられてる自覚はあるし……城の侍女さん達にも、構われてるからね。多分、いける。
「さて、早速で悪いけれど、侍女服のサイズを確かめましょうね?」
朝食が終わった瞬間、クラウディア様の満面の笑みと共にかけられた言葉がコレ。
クラウディア様、単純にあたしの侍女姿が楽しみなだけじゃないかな。チアーラさんも楽しそうだし、エリーゼなんて目をキラキラさせてるよ――ローベルト様はそんな皆の姿を眺めて楽しそうにしてる。
助けては……くれないんですね……うん?――「あ・き・ら・め・ろ」――あ、はい。
実際、早いところ着慣れない侍女服に慣れておかないといけないしね。
侍女たちにされるがまま、担がれて別室に連れていかれる――あたし、これでも筋肉でかなり重いはずなんだけど、侍女さんたち凄いなぁ……しかも、あれよあれよという間に、侍女服に着替えさせられた。
着せられたのは、エリーゼやクラウディア様の傍にいる侍女たちと同じように、踝までの黒いシンプルなワンピースドレスに白いエプロン、髪が落ちないようにするためのキャップだ。
「可愛いわねアーシス」
「似合っているわよ」
「素敵ですお姉様♪」
「ふむ、化粧で傷を隠せば、見た目は侍女見習いに見えるだろうな」
順番に、チアーラさん、クラウディア様、エリーゼ、ローベルト様の評価である。
まともな評価(?)をしてくれたのは最後のローベルト様だけじゃないかな?チアーラさんたち三人はいつも通りだよねぇ。
「それで、どうかしら?」
「ちょっと動いてみて良い?」
「ええ、良いわよ」
チアーラさんに聞かれたので、そう答えた。侍女服を着ていても役目はエリーゼの護衛だからね。普段と違う服でも動けるかどうかは大事なんだよね。
着替えの時に、ベルトで脚にナイフを括りつけてるから、それを抜いていつもやっている訓練と同じ様な動きをしてみることにする。スカートって長い間穿いていなかったけど、色々隠せるから便利かも。
ただ、問題はちゃんと動けるかだよねぇ……。
「スゥ……――シィッ!」
一人稽古の時は対面する相手をイメージする――今回はモルガナ姉ちゃん。理由は単純、”修羅“の中で一番変則的な動きをしてくるから。
今までの訓練を思い出しながら、突き、薙ぎ、切り上げ……時に飛び跳ね、殴り、蹴りなどの体術なんかを混ぜながら一通り動いてみる――投擲はお城の中だし、エリーゼたちがいるから今回は無しだね。
「うーん......」
一通り動いてみてるけど、これはちょっとなぁ……正直に言ってイヤだこれ。スカートなら色々隠せそうって思ったけど、腕や脚に引っかかったり、空気の抵抗のせいで動きが鈍る。
物が多い場所や草木の多い場所じゃ、スカートが引っかかって寧ろ危険になりかねないんだよなぁ……もちろん、慣れてないっていうのもあるんだろうけど、ここまで邪魔だとは思わなかった。ひらひら、ダメだね。
何度も言うけど、いくら侍女の姿をしていても、あたしの役目はエリーゼの護衛だから――瞬時に動けない、動きが鈍るなんて、論外だ。エリーゼやクラウディア様を危険に晒してしまいかねないもん。
数か月は先って言ってたし、それまでに慣れるしかないかぁ……。
因みに、アーシスは訓練を始めた頃からスカートは一度もはいていなかったので、数年ぶりです。
今までスカートを穿かなかったのは、単純に訓練を始めてからは動きやすさ重視のために短パンを穿くことが多くなったことで、慣れただけですね。
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