第九十六話 ―触れて欲しいです―
投稿が遅くなり大変申し訳ございません。
一部データが復旧できず、資料とか資料とか……作り直すのに時間がかかりました...。
第九十六話目です。
前話を読んでない方はそちらからどうぞ。
☆今話はエリーゼ視点です。
わたしは今、氾濫から戻られたお姉様と一緒にお風呂に入っています。
いくらお姉様が国王陛下であるお父様の直属の部隊に所属しているとはいえ、頻繁に会うことはできません。わたしも王女という立場ですから。
いつもはお母さまに会いにいらした時にわたしもご一緒させていただくだけなのですが、今日はお姉様はお城に泊まっていかれるとのことでしたので、特別です。
わたしはお姉様の御髪と背中を流させていただけることになって、その髪はサラサラで、肌もスベスベでとても綺麗でした。
氾濫の時に怪我をされたと報告をお母さまと一緒に聞いていたので、心配をしていましたが既にポーションと治癒魔法使いによってお怪我は癒えているようで安心しました。
そして今度はわたしがお姉様に髪と背中を洗っていただく番になりました。
お姉さまはチアーラ様やモルガナ様、”狐“の方々とも洗いっこをしたことがあるようです。それだけでなくカイナート様やブラッド様とも一緒にお風呂に入られたことがあると聞いて少々驚きました――王族であるわたしや貴族の子女は父親だとしても男性に肌を晒すことはありませんから。
ですが、お姉様の境遇や”修羅“――いえ、特務の方々の性格のことを考えればそれもあり得るのでしょう。特務の方々とはお母さまを通してわたしもお会いすることも多いですから、わたしも少しは彼らの性格は知っているつもりです。
「――って、そろそろ洗わないと!身体が冷えて風邪ひいてもいけないからね」
「お姉様のお話が興味深くて、わたしも忘れてしまっていました」
お姉さまは、はっとしたようにそう言いました。わたしもお姉さまの小さい頃のお話を聞くのは初めてで聞き入ってしまいました。
そうして、お姉さまはわたしをお風呂用の椅子に座らせて、わたしの後に回りました。
「じゃあ、洗うね――っ……」
しかしお姉さまはわたしの髪に触れようとしたところで、その手を止められてしまいました。
ピタリと、言葉も、手も止まってしまったのです。
「どうされたのですか、お姉さま……?」
「――っ、いや、何でもないよ……」
実は、わたしが座っている場所の目の前には鏡があります。
お姉さまはなんでもないとおっしゃっていますが、その鏡を通して後ろにいるお姉さまの表情を見てみると……嫌悪感を抱いているような、とてもお辛そうな、そんな表情をしていました。
鏡にはわたしと、その後ろにお姉さまが映っていますが、お姉さまは気づいていないようです。
「お姉さま……わたしはまだ子供ですが、表情の変化には敏感なのですよ?」
「っ……ごめんね、大丈夫だよ」
わたしは王女という立場上、多くの人と顔を合わせる機会があります。
この国の貴族もそうですが、商人や、他国から訪問された貴族の方々ともお会いします――わたしがお会いするのは裏の無い方が多いですが、それでも貴族の中にはわたしを値踏みするような者や邪魔に思う者、商人にも子供だからと騙そうとしてくる者もいます。
そんな方々に隙を見せないよう、わたしは表情を読み取ることに限っては、お姉さまよりも敏感だという自信があります。
「お姉さま、わたしはお姉さまに触れて欲しいです」
お姉さまの今の表情は少しだけですが見覚えがありました。
少し前にこの国に盗賊だ入り込んだ際、騎士団を派遣し制圧させました――もちろん、派遣したのはお父様です。騎士団も鍛えていますから盗賊に後れを取ることはなく制圧は問題なく済んだようです。
わたしも盗賊を捕らえた騎士達を労うようにと、お父様に言われそうしました。
お父様に言われた労いというのは基本言葉をかけるだけですが、新人の騎士達にはわたしが直接短剣をお渡しするのです。
本来であれば新人たちにも労いの言葉をかけるだけなのですが、王妃となったお母さまがそのようにしていたとお聞きして、わたしも同じような方法で労いたいと思ったのです。
しかし新人の方にわたしが短剣を渡そうとした時、その方は不安そうな、辛そうな表情をしていました。
聞くところによると、盗賊の制圧の際には最後まで抵抗する者もいて、その命を奪わなければならない者もいたそうです。そして、彼は人の命を奪うことが初めてだったそうで、しばらく食事が喉を通らなかったと聞いています。
そして、人の命を奪ってしまったその手で、わたしに触れてしまう事が怖かったと言っていました――手を握るわけでは無いですが、直接わたしが手渡しするのですから手が触れることもあります。
その時の彼の表情が、今のお姉さまのお辛そうな表情とそっくりなのです。
「お姉さまはわたしに触れるのが怖いのですか?」
「怖い……うん、そうだね……守るためって言っても人を殺したのには変わらないからね、こんな手で触れたらエリーゼが嫌な思いをするんじゃないかって思っちゃってさ……それが急に怖くなっちゃったんだよ……」
わたしが、お姉さまに触れられて嫌な思いをするはずがありません。
でなければこうして、一緒にお風呂になど入るわけがないのです。
「エリーゼがそんな事思わないってことは分かってるんだよ……あたしだってチアーラさん達に触れられて嫌だって思うことなんてありえないもん」
お姉さまはそう言いながら、微笑みました。けれど、その笑みは少し躊躇いが残っているようにも思えました。お姉様のお気持ちを察しきれないどころか、今後何者かの命を奪うように命令を下さなければならなくなってしまう立場であるわたしが言えることではないかもしれませんが、お姉様には笑っていて欲しいのです。
ですから、少し強引だとは思いましたがわたしは決めました。
「え、わっ!?――ちょっ、エリーゼ?」
はしたないとは思いましたが、お姉様に思い切り抱き着いてみました。
お姉様も鍛えているのですから、倒れることはありませんでしたが……やはり、お姉様がわたしを傷つけるなんてことはありえませんね。
だって――。
「いきなりでしたのに、こうして優しく抱き留めてくださいましたもの」
「――くはっ……そうだね、ありがとねエリーゼ」
初めこそ驚いたような表情を浮かべていましたが……わたしがお姉様にそう言うと、やっと笑ってくださいました。普段の凛々しい表情も素敵ですが、笑った表情はもっと素敵です。
それに珍しく笑い声も聞けました。普段はお母様とお話しされているからかあまり笑い声は聞けないのです。お姉様はこのように笑うのですね、可愛いと思ってしまいますが……お姉様は恥ずかしがってしまいそうですので、言わないでおきます。わたしだけのヒミツです。
「さて、今度こそ洗うね」
無意識だとしてもわたしを傷つけないようにしていると、お姉様にも分かっていただけたみたいです。
子供であるわたしが言うのは可笑しなことかもしれませんが、お姉様には自信が必要だと思ったのです――その手で触れられたとしても、お姉様が大切にしてくださっているわたしを傷つけることは無い。そして、ご自身を慕っているわたしがお姉様に触れられることが嫌と思うわけがない、という自信を。
わたしが相手では無くても、そう思えるようになれば良いのでしょうけれど……まずはわたしからです。お母様や勉強を教えてくださる先生もおっしゃっていました、段階を踏むことが大切だと。
お姉様自身も分かっているでしょうから、わたしからこんなことをお伝えする気はありません。
だから――。
「はい、お姉様♪」
今日の事はお母様には内緒です。
わたしとお姉様だけの秘密にしておきたい、というのも理由ですが……いきなり抱き着いたとお母様に知られればそれはもう怒られてしまいますから。お母様って怒ると怖いんですもの。
「痛くない?」
「はい、とても気持ち良いです」
「よかった」
お姉様はわたしがこれほどお姉様をお慕いしている理由は知らないでしょう。わたしも誰にも言っていません。理由を話したとしても、わたしのこの気持ちを伝えることはできませんから。
このわたしの【直感】は、他人には理解は出来ても共感はできない……わたしだけのものですから。
エリーゼの思考が思ったよりも大人な思考をしている...まぁ、王族っていう立場上、色々とあるんでしょうねぇ...
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