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冬休み誘拐事件

作者: Happy Holiday

 結露した教室の窓ガラスは、外の景色を白々しく上書きしている。教室の隅に着席していた俺は肩肘をつきながら、その凍りついたガラス板を眺めていた。特にこれといった理由もなく。


「はーい、着席」

 担任の岸本先生がそう言いながら教室に入って来る。彼は趣味の悪いジャージを着こなしている、いかにもな体育教師だ。


 彼の熱血さや根性論、あえて言えば、暑苦しい面倒見の良さみたいなものが、俺は正直好きではない。

 どちらかと言えばちょっと古臭いなと思ってしまうタイプで、だからこそHRで先生が言うことを、いちいち注意して聞いたことはなかった。


「えぇ、お前たち。本来なら明日から冬休みで、毎年この日の帰りのHRでは、冬休みの注意事項を逐一言うはずなんだが……」


 そうだったから、岸本先生がこんな風に言ったとき、俺は――初めて――彼の言葉に真剣に耳を傾けたのだ。


「今年は、ちょっと事情が変わったんだ。いや、お前らももう高校3年生だから、いちいち回りくどい言い方なんていらないな」



「実は今さっき、警察から学校に、冬休みが誘拐されたという連絡が入った」


 クラスがざわつく。俺も思わず目を丸くした。そして、教室中の視線が一点に集まる。


 その先には、今は空席となっている冬休み君の机と椅子がある。


「えぇ、今日あいつが来てなかったのもそういうこと?」

 クラスのリーダー的な生徒が、先生に大声で問いただした。


 岸本先生は、それをたしなめるように答える。

「だから、あんまり騒ぐなって。もう大人だろ、お前らも」


 そして、言葉を弱弱しく続けた。その姿には、いつもの体育会系の覇気がやや感じられない。


「詳しいことはまだ分かっていない。ただ、冬休みが誘拐されたから、当然俺たちも冬期休暇に入ることはできなくなった。分かるな?」


 一瞬、教室が静まり返る。しかしそれは、嵐の前の静けさだった。


「えー」

 すぐに女子生徒から苦情が上がる。いや多分その苦情は、口に出されないだけで、全生徒から上がっていたに違いない。それくらい、クラスの空気は不平不満に満ちていた。


 実際、俺も穏やかな心境ではない。もちろん、高校最後の冬休みがなくなってしまうのは、それはそれで嫌な事件だ。

 しかしそれ以上に、俺は彼――冬休みのことを心配していた。


 なぜなら冬休みは、高校3年間を共に過ごした、数少ない俺の友人だったからだ。いや、友人なんて仰々しい言い方かもしれない。


 彼は、俺の友達だった。そして、同じ大学を目指すライバルだった。

 今年の冬期休暇の間にも、一緒に勉強する予定をいくつも立てていたのだ。


 それくらい仲の良い友達が誘拐事件に巻き込まれたと知らされて、気が付いた時には俺の口はだらしなく開いていたのである。



 だから、次に先生の言葉が耳に意味のある音として入ってきたのは、自分の名前が呼ばれた時だった。


「それでだ、古角こすみ。冬休みと仲のいいお前に、警察の人が話を聞きたいと言っている。そんなに時間は取らないと思うが……。HRの後、職員室に来れるか?」


 先生の問いに、俺はキャラにもなく「はい」と、目を見て力強く頷く。


 白く凍った窓ガラスを、一滴の溶け水が伝っていく。肌を刺すような空気の寒さとは対照的に、俺は唯一とすら言っていい友達を助けたいと密かに燃えていった。





 職員室へ行くと、岸本先生に来賓室へ案内される。おおよそ3年間通っている校舎だが、この部屋に入るのは初めてだった。


 学校にあるとは思えないほど、ふかふかしている椅子。歴代校長の顔写真や、やや古ぼけたトロフィー。


 その豪華な部屋の中にスーツ姿の大人が一人、難しそうな顔をして座っていた。どうやら、この人物が『警察の人』のようだ。


「あぁ先生、ありがとうございます。君が古角くんだね。私は警察庁の相模さがみというものだ」

 相模と名乗ったその人は、柔らかい笑顔でそう挨拶をしてくれる。しかし、最初の難儀そうな印象はどうも拭えない。


「初めまして、古角です」

 蚊の鳴くような声で、挨拶をする。


 これが今の俺の限界だ。これ以上のコミュニケーション能力は持っていない。


「古角くんは、冬休み君と特に仲が良かったと先生に聞いたからね。わざわざ呼んできてもらったんだよ。早速で悪いけど、冬休み君について、話を聞かせて貰えるかね」


 初対面の人と話をするという緊張もあってか、俺は堰を切ったように言葉を放って行った。相も変わらずその話しぶりは、コミュ障ゆえの早口だったけれど、そんなことを気に病む余裕すらなかったのだ。


「はい、冬休みは俺の友達で。普段からすごく周囲に気を遣えるタイプだったと思います。いつも周りを心配しそうに眺めてて、小さな変化にもよく気が付くやつでした。例えば、俺が目の下に隈を蓄えていれば、すぐに『昨日は眠れなかったの?』とか聞いてくれるんです」


 横で、岸本先生が真剣そうに話を聞いてくれる。普段は暑苦しい干渉者が、こういう非常時にはとても頼れる存在に見えるのは不思議だ。


 たとえ目の前の相模さがみ刑事に何か追及されたとしても、この人なら俺を守ってくれるに違いない。何の根拠もなくそう思えたのだ。


 そんな確信を得たから、自然と話しぶりが穏やかに、具体的になる。俺は少し落ち着いて、話をつづけることができた。


「最近も、冬期休暇中に一緒に勉強しようって約束しましたし。受験勉強で疲れているだろうに、俺の体調とかめちゃくちゃ心配してくれてたりして。うん、本当に。本当にいつも通りだったと思います」


「何か、ほんの些細なことでもいいんだ。勉強で疲れているのは分かるんだが、思い出せることはないかね」

 スーツを着こなした相模刑事が尋ねてくる。


 これ以上、気づいたことも特にないんだけどな。詰問に答えられないもどかしさを感じつつ、本心でそう思う。


 刑事さんに友の異変について質問され、それに上手く答えられず、事件解決に貢献できない。

 思い出せない以上それは仕方ないとはいえ、友達との友情を疑われているような感覚で、俺はどことなく居心地の悪さを感じていた。


 しかしそこで、相模さんのしつこい質問に、岸本先生が口をはさむ。

「相模さん、こいつだって勉強で忙しいんですよ。それに、古角も冬休みのことは心から心配してるんです。あんまり、古角の心を詮索するようなことは止めていただけませんか」

 毅然として言い放った。


 え、かっこいい。男だけど惚れそう、もちろん人間的な意味で。


「あぁ、失礼しました。しかしね、私も本気で、冬休み君を助け出したいと思っているんです。それに、このまま冬休み君が誘拐されたままだったら、それこそ受験に集中できないだろう。違うかね」


 そう、それはそうなのだ。俺としても、冬休みが早く見つけられるなら出来るだけ協力したいと思っているのだ。


 そんな責任感が、俺に無理やり口を開かせる。

「えぇと。強いて言うなら、いつも以上に普段通りだったかなとは思います」

 

 半分は苦し紛れ、半分は当て推量で捻りだした言葉だ。


「いつも以上に普段通り?」

 相模刑事は興味深そうに繰り返す。前のめりの姿勢には、何とも言えない圧迫感があった。


「さっきも言った通り、冬休みはとにかく周りを心配するタイプなんですけど、この時期はみんな受験っていうのもあって、結構ピリピリしてて。いつもより、クラスメイトが健康的かどうか、気にしてる様子はあったかなと思います」

 

 そういう俺の声は、どんどん細くなっていった。最後の「思います」なんて、ほとんど息の音だけだったかもしれない。自信の無さが露骨に表れていた。


 しかし意外にも、俺たちの担任の岸本先生も口をはさむ。


「確かに、そう言われてみれば、最近のあいつはかなり周りに気を遣っていました。最近ちゃんと休めているか、としきりに心配していまして。私も、そういうお前の方が休めてないだろと、冗談交じりに言葉をかけた記憶があります」




「……興味深いご意見です」


 そう言うと相模刑事は、顎を触りながら斜め上を向いて、考えるしぐさを見せた。


「実は、参考として、春休みさん、夏休みさん、秋休みさんにもお話を聞いたんですがね。三人とも、冬休み君と同じような性格をしてらっしゃった」



「春休みさんと夏休みさん、それに秋休みさん……」

 俺は小さな声で復唱する。


「そう。まぁ、もともと休むことに重きを置いているから、春休みやら夏休みやらになれたのかもしれないがね。私が聞き込みに行っても、『お疲れのようですね』とか『ストレスは溜まっていませんか』とか、そういう共通の、特徴的な関心事があるようなんだね。労ってもらえるのは嬉しいんだが、どうもね」

 そう言いながら、相模さんは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて言う。


「刑事としては、ちょっと話を逸らされているような印象を受けるんだよ。冬休み君についての話から、疲れについての話にね」








 学校で刑事さんと話をしたので、その日家に着いたのは夜の17時頃になってしまった。真冬の午後5時と言えば、町はすっかり暗闇に包まれている。


 初めて友達が誘拐され、初めて来賓室で警察の人と話したことによる疲れが、帰宅した瞬間にドッと押し寄せてきた。


「ただいまぁ」


 生気が全くない声だ。自分でそう思う。


 今日一日のストレスから解放されたいがために、俺はのそのそと自室へ入っていった。


「ここなら、落ち着けるんだよなぁ」

 誰にともなく言葉が零れる。そしてすぐにベッドへ潜り込んで、温かい布団に身を任せた。



 そして、静かになった部屋の中で、何もない時間が流れる。秒針の規則的な鼓動音だけが、小さな4畳間に嫌に響いていた。


「んん、落ち着かないな」

こうなるとどうしても、俺は冬休みについて考えざるを得なくなる。そういう性格なのだ。


 友達が誘拐されたこともそうだが、冬期休暇がなくなってしまうと、勉強が捗るかどうか分からない。受験に響いてくるかもしれない。そんな悲観的な打算もある。


 やはり受験生として、一刻も早く日常に戻りたい。



 そういえば、どうして冬休みは誘拐されたのだろう。

そして、どのようにして、冬休みが誘拐されたということが警察に分かったのだろうか。


 何か手紙でも来たのだろうか。『私は冬休みを誘拐した。貴様らには冬休みはもう来ない』みたいな内容の手紙が。


 そうでなければ、誘拐事件ではなく失踪事件として扱われるだろう。何等かの方法で、冬休みを誘拐した旨のメッセージが、警察に届いたことは間違いないと思う。


 では、犯人はどうしてそんなことをしたのか。失踪事件ということにしておいた方が、少なくともその可能性はあるとしておいた方が、犯人としては楽なのではないだろうか。


 そもそも俺の親友である冬休みが誘拐されてしまうと、日本中の誰もが冬期休暇を満喫できなくなってしまう。そんなことをして得をする人間などいるのだろうか。


 ふと、スマホで12月のカレンダーを見る。その画面からは、確かに冬休みのスケジュールがまるごとなくなっていた。


「いつのまに消滅したんだ、って。そうか、冬休みが誘拐された瞬間か」


 その後、俺はなんとなく、来年のカレンダーを覗いた。冬休みのほかに、春休みや夏休みが誘拐されていないか気になったのかもしれない。


 しかしそこには今まで通り、春期休暇と夏期休暇、そして秋期休暇の予定があった。


「来年は大学生か」

 受験に受かったらの話だけどな、と自嘲気味に心の中で言う。




 このまま冬休みが返ってこないまま、俺は大学生になるのだろうか。


 もう出来ないのかな。あいつと一緒に桜を見に行ったり、海に遊びに行ったり、秋には――――


――その刹那、俺の脳裏に強烈な違和感が走る。季節ごとの長期休暇の思い出に温かく浸っているとき、突然冷や水を顔にかけられた気分だった。



 ちょっと待て。俺に、秋休みなんてあっただろうか。

 春休みと夏休み、そして当然、冬休みの思い出は、それこそたくさんある。楽しい記憶も甘酸っぱい記憶も、鮮明に思い出せる。


 しかし、秋休みの思い出と言えば――――ない。思い出せない。


 そもそも秋休みなるものがあったかどうかさえ、俺は分からなかった。春休み、夏休み、冬休みと、季節ごとに長期休暇があることから、漠然と秋休みという存在しない概念が頭に刻み付けられていたような気がしてならない。




「だとすれば、警察に『秋休み』として名乗り出たのは一体――」


 その疑問を口に出した瞬間、俺の頭の中に一つの仮説が思い浮かぶ。


 その思い付きが正しいかどうか分からない。ただ、どうしても人に伝えたい。そんな思いに引っ張られて、翌日の早朝、俺は学校へと急いだ。




 冬休みが消えたことで、今日もいつも通りの授業があるのだ。当然部活もある。部活があるということは、朝練もあるはずだった。


 校門をくぐって、体育館へ。そして、バスケ部の朝練を監督している岸本先生の元へ全力ダッシュする。


 息切れがひどい。普段運動していないせいだ。


 もう走れないか。そう思いかけた時だった。俺は、体育倉庫で朝練の準備を見ているダサいジャージ姿の先生を見つけたのだ。


「岸本先生!」


「ん? あぁ、古角こすみか。こんな朝早くにどうしたんだ」


「冬休み、見つけたかもしれません!」






 そして、場所は来賓室。俺が岸本先生に思い付きを話してから、2日後のことだ。


 中にいるのは俺、岸本先生、警察の相模さがみさん。3日前のメンバーである。

そしてさらに、壮年の男性と華やかな女性、そして華奢な少女が、目の前の長椅子に座っていた。



「初めまして、俺は夏休みだ。誘拐された冬休み君の居場所が分かったかもしれないと聞いて駆けつけてきたよ」

 面倒見のよさそうな口調で、色黒の男性が話しかけてくる。


 なるほど、この男の人が夏休みなのか。彼が誘拐されたら、学生の一番の楽しみである夏休みがなくなってしまうのだろうか。


「私は春休みです。お巡りさんからご連絡頂いて、冬休み君の居場所が分かったかもしれないっていうものですから。それはもう急いで参りました」

 すべてを包み込むような柔らかい口調で、春休みと名乗った女性が自己紹介をしてくれる。



 そして、細く小さな少女は、コクンと頭を下げて会釈をしてくれた。相模さんによれば、彼女が秋休みだ。


 存在しないはずの、秋休みさんだ。俺は彼女を目の前にして、どことなく居心地の悪さを感じた。距離感が図りにくい。


 コミュ障な俺の代わりに、岸本先生が話を始める。


「皆さん、集まっていただいて、誠にありがとうございます。今日はうちの学校の生徒、ここにいる古角が、冬休み誘拐事件について意見があるそうなので、こうして皆さんにお集まりいただきました。もしかしたら、冬休みの居場所に見当がついたかもしれないということです」


 相変わらず、岸本先生は俺に大人の責任を求めてくる。俺はその先生の態度に、ややひるんでしまった。


 それでも、この推理を始めたのは俺なのだ。そう奮い立たせて、喉を絞る。


「あの、俺からも。皆さん、ありがとうございます。ここに来てくれて。でも、もしかしたら期待通りの話は出来ないかもしれないっていうか。俺も岸本先生に自分の考えを話した時、こんなに大事になるとは思ってなかったっていうか」


 一瞬、口よどむ。


「とにかく、皆さんの時間を俺のせいで無駄にしてしまったら、ごめんなさい」


 そんな心配で、俺は思わず先に謝ってしまった。


 せっかく日本中のどこかから突然来てくれた休み期間の皆さまを失望させてしまうかもしれない。もちろん、そういう不安もある。


 しかしそれよりも懸念材料だったのは、俺がこれから、ここにいる休み期間の3人を疑ってしまうということだった。


「まぁ、冬休みがどこにいるかってのは、俺たちにも全く見当がついてねぇ。あいつは俺らの大事な仲間だし、少しでも情報が増えてくれるのは、それだけで安心するもんだ」


 夏休みさんが励ましてくれる。

 秋休みさんも首を縦に振った。



 しかし、ありがたいはずのフォローが、俺の首を絞めていく。


 どうか、今だけは俺に優しくしないでくれ。俺の話を、ただの戯言だと思いながら聞いてくれ。


 そう願っている内、ついに春休みさんが禁断の質問をしてきた。


「それで、彼は今、どこにいると思われるのですか?」



 一つ、大きな深呼吸をして、俺は言う。



「彼の居場所は――」




「――この部屋です」





 それから俺は、もう周囲の顔を直視できなかった。一応先生と相模さんには、今日話すことをすでに伝えてはいるのだが。


 今、自分がどんな顔で見られているのか、さっぱり分からない。俺は、そんな懸念を強制的にシャットダウンするように、岸本先生に話した推理を口から漏らしていった。


「まず気になるのは、冬休みを誘拐したことを、わざわざ犯人が報告してきたことです。これは相模さがみさんにも確認しましたが、犯人は自分の犯行を手紙で自白した、というか宣告したそうですね。しかもそれには、身代金の要求とか、一般的に誘拐犯が求めるようなことは何一つ書かれていなかった」


「つまり、犯人は一人の高校生を誘拐したかったのではなく、多分冬休みを誘拐することがそもそもの目的だった可能性が高いと思います。であれば、やっぱり目的は我々から冬期休暇を取り上げることだったのでしょう。しかも、それを誘拐事件として警察に考えて欲しかったということです」


「ということは、今後、春休みさんや夏休みさんも同一犯によって誘拐されてしまう危険性がある。しかし相模さんによれば、皆さんは熱心に他人の心配をして、警察に助けを求めたりはしなかったそうですね。皆さんが、冬休みに続いて誘拐されれば、みんなはもっと休めなくなってしまうにも関わらず、です」


「そうしたら、もうみんなは土日と休日しか、休めなくなってしまうかもしれません。当然、春休みの思い出も夏休みの思い出も、今後新しく生まれることはないでしょう。もっとも、秋休みの思い出なんて、最初からないと思いますが」


 そう言って俺は、喋り始めてから初めて秋休みさん――バツが悪そうにしてこちらを見ている少女――の方へ目を向けた。


「これは先生にも確認してもらいましたが、秋期休暇など、最初から日本にはないのですよ。それが、日本では春夏秋冬というふうに季節が巡るから、その季節ごとに長期休暇があるものといつの間にか思い込んでしまった。だから、相模刑事の話に出て来る秋休みさんの存在に、違和感を覚えることができなかったのです」


「ここで、ちょっと問題を整理させてください。まず一つ目の疑問は、どうして休み期間の皆さんが自分の身を案じる素振りを見せないのか。そして二つ目の疑問は、秋休みさんとは誰なのか。いろいろ考えはあると思いますが、こう考えると話に筋が通ります」


「まず、皆さんが自分の心配より他人の心配をするのは、自分は安全だと知っているからです。それはつまり、冬休み誘拐の犯人は皆さんの知人、あるいは皆さん自身だということを意味している」


 自分に優しくしてくれた人を追及する心苦しさに、思わず胸が痛む。



 しかし、俺はここで言葉を途切れさせるわけにはいかないのだ。思い切って言葉を続けなければ。


「そして、秋休みさんの正体も、そんなに難しくありません。何せ、秋休みさんが現れる直前に冬休みがいなくなり、それによって私たちはあるはずだった冬期休暇を家で過ごすことができなくなって、ないはずの秋期休暇を過ごしたと誤解したのですから」


「実際、岸本先生に確認してもらいましたが、学校側で秋休みのスケジュールやイベントなどを計画した記録は、学校創立以来、一つとしてありませんでした」


 目の前の少女に目を向ける。彼女は、こちらを試すような視線で、じっと黙っている。


 そしてついに、秋休みさん――いや、すっかり姿を変えてしまった友達に対して、俺は問いかけた。



「秋休みさんの正体は、お前なんだろ。冬休み」



 部屋に、騒々しい沈黙が流れる。俺は、いや多分俺たちは、その沈黙の五月蠅さに思わず耳をふさぎたくなった。





「……その通りだよ。古角こすみくん」


 すっかり可愛らしくなったか細い声で、冬休みはゆっくり、そう答える。



 苦い顔をする夏休みさん。後ろめたさを表情に出している春休みさん。長椅子に座る二人は、端から見ても明らかなほどに暗く沈んでいた。



 そんな空間を切り裂くように、ずっと黙って聞いていた相模刑事が口を開く。

「よし、ここまで聞ければ十分だ。あとは、署で詳しく聞こうかね」


 彼が立ち上がって、休み期間さんたちを連れていく。部屋を出ていく3人の後ろ姿には、後悔と失望、消えかけた情熱の炎のようなものを感じた。




「ちょっと待ってください」

 その時、俺は思わず声をかけてしまった。しかも、その行動を制止する言葉を。



――何を出過ぎたことをしているんだ。ここまでの流れは、先生とも相模さんとも相談した通りだったじゃないか。


 しかし、一度始めた行動はもう止まらない。いつか見た、結露した窓ガラスを重量に従って伝っていく水滴のように。


 キャラにもなく声を張り上げて、俺は少女の背中に問いただした。

「なんで、なんでこんなことしたんだよ。お前が誘拐されたら、今後、みんな冬に休めなくなるんだぞ。お前は、あんなに、みんながちゃんと休めてるかどうか気にしてたのに!」



 振り返った小柄な彼女。その横顔には、影が差していた。



 顔の造形が変わったというのもあるが、俺は冬休みのそんな表情を見たことがなかった。


 こいつ、何でこんな顔するんだ。

 そんな疑問と暗い表情に気圧され、俺はひるんだ。一番言いたい言葉が、どうしても出ない。


――譬えどんな事情があろうと、俺はずっと冬休みの友達でいるつもりだよ。みんなを心配するお前が、人として好きだから。


 この言葉が喉に突っかかっている。彼女の陰鬱な表情に阻まれてしまう。


 どうしようもなくもどかしい。


 いつもの明るい顔、みんなを心配する母性の塊のような優しい顔を見せてくれさえすれば、すぅーっと想いを伝えられるのに。





 その時、先に口を開いたのは冬休みの方だった。


「……僕がいても、みんな冬に休まないじゃないか」




――え?


 思考が止まる。その声には、聞いている人間をグサグサと指していくような攻撃力があった。優しさよりも、尖りがあった。


「僕がいても、みんな仕事や勉強に忙しいじゃないか。君もだよ、古角こすみ君」


 その追及に俺はただ、彼の言葉をそのまま、心の中に刻み付けていくことしかできなくなってしまう。


「忘れたの? 古角くんも、冬休みを勉強に使う予定だったんだよ」



「僕たちがいても、みんなちっとも休んでくれないんだ。だったら、僕たちがいなくなることでみんなが休めなくなって……。それじゃさすがに無理だからって、みんなが強制的に新しい休みを作るようにするしかないんだよ!」


「それ以上は辞めろ!」

 すかさず夏休みさんが制止する。



 しかし、冬休みの思いの告白は止まらない。そしてその後に続いた言葉は、俺の心にすっぽりと穴をあけたのだ。友達を誘拐された時のより、はるかに大きな穴を。


「休み期間に休まないのは、休暇を捨てたのは、冬休みを誘拐したのは――」




「――君たちの方じゃないか」

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