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第2章4 脱出

第2章 脱出




 隣の牢屋から、ごそごそと音がした。どうやら、アンネが目覚めたらしい。

「ルナ? あたし、まだ生きてる?」

「生きてるよ。安心して」

 アンネが安堵の息を漏らしたのが気配で伝わってきた。

「それで、どう? 何か策は思いついた?」

「からっきしだね。お手上げだ」

「何よ、それ! あたし、死にたくないし、誰も死なせたくないわよ! ミオも、もちろんルナだって!」

 アンネがそんなことを言うのは意外だった。ミオはともかく、僕に対しては、ツンデレのツンの部分しかない女の子だと思ってたから。

「あ~どうするかな~」

「ルナなら、魔法でこんな牢屋、ぶっ壊せるんじゃない!?」

「そりゃあ、確かにできなくはないよ。でも、そんなことをしたら、余計心証を悪くするだけだよ。それに、手錠がかかってる状態でバイオリンは弾けないしね」

 ……と、そこで閃いた。

「ねえ、アンネ。アンネのカスタネットなら、手錠がかかってても使えるんじゃない?」

「まあ、使えるとは思うけど。でも、あたしにこの牢屋の破壊をするのは無理よ。第一、外には兵士が見張りとして立ってるのよ? 音でバレるわよ」

「僕が都合のいい嘘をついて、兵士をどっかにやるから、その隙にアンネは自分と僕の手錠と足枷、牢屋の鍵を破壊するんだ」

「……勝算はあるんでしょうね? 外にいる見張りの兵士が、都合よく一人であると確信が持てない以上、危険な博打だと思うけど」

「わからない。やってみないと。でも、やる価値はある」

 アンネは少し黙った。

 けれど、「わかったわ」と、力強い声が返ってきた。

「おーい! 兵士さーん!」

 僕は大声で兵士を呼ぶ。中に入ってきた兵士は、いかにも怠そうだった。この兵士なら、なんとかなるかもしれない。

「僕、トイレ行きたいんですけど……」

「トイレぇ? お前たちがこの牢屋から出ることは、宮様によって禁じられてるんだ。我慢しろ」

「いいんですか? 漏らしちゃっても。僕のおしっこ結構臭いんですよ」

 我ながら最低の言い分だった。兵士はチッと舌を打って、

「今袋を持ってくるから待ってろ」

 と言って去っていった。

 それを見届けて、僕は小さくアンネの名前を呼ぶ。隣でカチカチッと音がして、硬い金属物が床に落ちた音がした。その次には、ガシャンという音が聞こえた。おそらく、足枷を外した音だろう。外から兵士がやってくる気配はない。

 次に、牢屋の鍵が破壊される音がして、アンネが僕の前にひょっこりと姿を現した。アンネは僕の牢屋の鍵を破壊すると、手錠、足枷も同様に破壊した。

「とりあえず、これで自由ね」

「うん、そうだね」

「で、ここからはどうするの?」

「スピード勝負だ。今のうちに逃げ出そう!」

 僕たちは急いで牢屋の扉を開ける。だが――

「お前たち、何をしている!」

 向こうからやってきたのは、兵士だった。ちくしょう、見つかったか!

 アンネがカスタネットを構える。僕がバイオリンで応戦してもいいけど、僕の魔法のコントロールがきかない以上、使うのはリスキーだ。こいつだけではなく、他の兵士たちにもバレる可能性がある。

「仕方ないわね! あんたも、気絶してもらうわよ!」

 アンネがカスタネットを鳴らそうとする。だが、兵士は慌てた様子で、「待ってくれ!」と言った。その声には、なぜか聞き覚えがあった。

「僕は君たちの敵じゃない!」

 兵士がそんなことを言うものだから、こっちは余計に警戒する。

 だが、その兵士は、顔まで隠れていた甲を脱いだ。そして、その下にあった顔は――

「あ、アルマさん!」

 その下から現れたのは、アルマさんだった。

「いやあ、黙っていてすまなかったね」

 アルマさんは笑顔で言う。

 そういや、ミオのことは、この宮殿関係者しか知らないと誰かが言っていたっけ。でも、アルマさんは知っていた。

 それは、アルマさんが他でもない、ここの兵士だったからだ。

「とりあえず、ここはもう安全だ。僕が他に兵士が来ないように取り計らった。牢屋の中で話そう。僕にも君たちに話したいことがある」

「信用ならないわね! そう言って、またあたしたちを牢屋に閉じ込めるつもりなんでしょ!?」

 アンネの言葉に、アルマさんは神妙な顔をして言った。

「信じてもらえないかもしれないけど、僕は君たちの味方だ。そして、君たちにお願いがあるんだ。絶対に君たちの自由は奪わない。どうか、信じてほしい」

 頭を下げられて、僕とアンネは顔を見合わせる。そこまで言われたら、話を聞かないわけにはいかないよなあ……。お願いっていうのが、一体なんなのかも気になるし。

「わかりました。お話、聞かせてもらいます」

「本当かい!?」

「ええ。他の兵士が来る前に、早く牢屋へ入りましょう」

 僕たち三人は、再び牢屋に入った。

「ちなみにですけど、さっきの怠そうな兵士もアルマさんだったんですか?」

「いや、違うよ。僕が、見張りは疲れただろうから交代するって申し出たんだ。元々見張りは二人いてね。でも、ここからは僕一人で十分だからってさ。あの二人、相当怠かったのか、あっさり承諾してくれたよ。兵士の中にも、真面目な奴と不真面目な奴がいるからね」

 いいのか? それで。

 この宮殿の警備、案外ザルだったりして。

 それなら、僕たちにとってはありがたいんだけど。

「そういや、ルナくん、おしっこしたいんだっけ。はい、袋」

「いや、嘘に決まってるじゃないですか」

「なんだ、そうだったのかい。兵士から袋を手渡されて、あの少年のおしっこは臭いらしいからって聞いたんだけど」

 嫌なことを伝えるなと思う僕だった。

 それはともかく。

「話というのは、一体なんなんですか? アルマさん」

 僕が話を切り出すと、アルマさんは表情に翳りを見せた。

「あのお方が……ミオ様が、処刑にあうというのは、本当の話なのかい?」

 僕とアンネは頷く。

「あたしたち、あのルージェとかいうクソババアから聞いたもの。あたしたちと、ミオを死刑にするって」

「一体なぜ! ミオ様は、この街の守護神と言っても過言ではないお方なのに!」

「もう用済みだって言ってましたよ。というか、アルマさんも言ってたじゃないですか。もうミオがこの街を守る必要はないんじゃないかって。僕たちを案内してくれてたときですよ」

「そりゃあ、言ったけど……でも、死刑にされるだなんて、思ってもなかったんだ!」

 アルマさんは頭を抱える。その姿からは悲壮感が漂っていて、僕たちは何も言えなくなる。

「アルマさん。アルマさんは、ミオと何か接点があるんですか?」

 僕が尋ねると、アルマさんは顔を上げた。

「ミオ様は、僕がその出産に立ち会ったんだ。天使のような、かわいらしい赤子だった。僕はそれを見て、ミオ様がこれからあの地下に幽閉されることを憂いたものだよ。あんなにかわいい子供の運命が、利己的な大人たちによってもう定められてるだなんて、ってね。それに……」

 アルマさんは何か言いかけて、口を噤んだ。

「それに、なんなのよ」

「いいや、なんでもないよ。それで、君たちにお願いというのは、どうかミオ様を助けてほしいってことなんだ」

 アルマさんの言葉に、アンネがふふんと笑って、

「元よりそのつもりよ!」

 と言った。アルマさんの顔が明るくなっていく。

「ところで、アルマさんは、ミオの死刑の話をどこで聞いたんですか?」

「宮殿の兵士たちが噂していてね。最初は嘘だと思ったよ。だから、君たちに直接確認したかったんだ。何か聞いてないかってね」

「ビンゴだったわけね!」

「まあ、そうなるね。僕としては、ただの噂であってほしかったけど……」

 アルマさんは言う。

「君たちが、宮様と謁見したことは僕も知っていた。宮殿に侵入した誰かが君たちだとは思わなかったけど、僕も君たちに気絶させられた兵士の一人だったからね。その姿はバッチリ見ていたわけだ」

「そ、その節は大変申し訳なく……」

「いいんだ。ミオ様に会いたくてやったことなんだろう? ミオ様には会えたかい?」

「ええ、会えました」

「どんな様子だった?」

 そう聞くアルマさんに、僕は淡々と思ったことを述べた。

「なんだか、すべてを諦めてるって感じで……見た目も綺麗にしてもらえず、あの蔦に吊るされてる……かわいそうだなって思いました」

「そうか……ミオ様は、今そんな状態に……うっ」

 突然、アルマさんが泣き出して、僕とアンネはおろおろした。

「ちょっと! いきなり泣かないでよ! 男でしょ!?」

「す、すまない……ミオ様が、あまりにもおかわいそうで……!」

 僕は疑問に思う。たかが出産に立ち会っただけの子供に、そこまで情がわくだろうか。

 アルマさんとミオの間には、まだ何かあるんじゃないか?

 だが、それを聞いても、教えてくれないだろう、アルマさんは。言えることなら、とっくに言ってるだろうから。

「それで、あたしたちは、具体的にどうすればいいのよ?」

 話が現実の問題に戻ってくる。アルマさんは涙を拭って、

「この牢屋を出て、まっすぐ行ったところの裏庭に、宮殿の中に通じる勝手口がある。鍵は僕が開けておいた。そこから、君たちは宮殿に入れるよ」

「それで、ミオを助けに行けばいいってことですね」

「頼めるかな」

「このアンネ様にまっかせなさーい! 絶対、ミオを助け出して見せるんだから!」

 アルマさんは微笑んで、「頼んだよ」と言った。

「その前に、一つだけ言っておくことがある」

「なんですか?」

「君たちが牢屋から出たとなれば、兵士の責任が問われる。僕が逃したことにすれば、僕も死刑になるだろう」

「じゃあ、あたしたちが勝手に逃げ出したことにするわよ。今度はあたしがトイレに行きたがったことにすればいいじゃない」

「君たちにこれ以上の罪を被せるのは気が引けるんだが……」

 アルマさんに、僕は微笑みかけた。

「不法侵入にミオとの勝手な出会い、これ以上罪を背負ったって、僕たちの死刑は変わらないんですから、どうってことないですよ。アルマさんは、僕たちに気絶させられたことにしておいてください」

「……ありがとう。ルナくん、アンネちゃん」

 僕とアンネは立ち上がると、牢屋の扉に手をかけた。

「アルマさんは、ここで気絶しているふりをしておいてください。あとは、僕たちがなんとかします」

「本当にありがとう、二人とも! どうか、ミオ様を救ってやってくれ……」

「ちなみに、ミオと僕たちの死刑執行の時間はわかりますか?」

「正確にはわからない。けど、宮様のことだ。あのお方はせっかちだから、早ければ今晩……あの地下で、死刑は行われるんだろうね」

「なんで地下だとわかるのよ!」

「あそこでは魔法が使えないからさ。君たちは魔法師なんだろう? だったら、魔法を使えない空間で殺すのが一番だ」

「ルナの言った通りってわけね!」

「わかりました、それだけ聞ければ十分です」

 僕たちは扉を開ける。

「健闘を祈ってるよ、ルナくん、アンネちゃん」

「任せなさい!」

「ええ、必ず、ミオも救い出すし、僕たちも生き延びてみせます!」

 そう言って、僕たちはアルマさんを中に残して外に出た。

 アルマさんに言われた通り、僕たちはまっすぐ裏庭を目指す。裏庭について、そこに兵士が誰一人としていなかったのを見て、これもアルマさんの計らいかと僕は思った。

「ここが、その勝手口みたいね」

 粗末な木の扉がそこにあった。僕たちはお互いに顔を見て、一度頷くと、音を立てないように扉を開けて宮殿の中へ入った。

「あのエレベーター、使えるかしら」

「まず無理だろうね。そこは絶対兵士が守ってるはずだよ。どこかに、地下に通じる場所があればいいんだけど……」

 しまったな。地下に通じる道をアルマさんに聞いておくべきだった。でも、知ってたら必ず伝えてくれていたはずだ。アルマさんも知らないんだ。

 宮殿内は、兵士たちがうろうろしていた。見つからないように、陰に隠れながら僕たちは進む。

「地下に通じる道なんだから、二階や三階にはないはずだよ」

「となると、一階のどこかにそれはあるってことね」

 隠れながら、僕たちは宮殿を一周した。でも、見つからない。

「そもそも、そんな都合よく地下に通じる道があるのかな」

「何よ、男のくせに諦めるのが早いわね。だからあんたはダメなのよ」

 アンネが壁にもたれる。

 と、そのときだった。アンネの後ろの壁が回転して、アンネが姿を消した。僕は驚いたが、ピンときた。

 ここだ! ここに違いない!

「そうか、隠し通路か!」

 僕も壁を押して、その向こうへと移動した。驚いたらしいアンネはしりもちをついていた。

 アンネに手を差し伸べる。しかし、アンネはそれを無視して自力で立ち上がった。本当に素直じゃないというか、人を――というより、僕を頼りたがらないというか……。

「見つけたわよ! 隠し通路!」

「しーっ! アンネ、声が大きい!」

 僕たちは歩き出す。薄暗い空間の中を。

 そこには、なんだか不気味な雰囲気が漂っていた。なんだろう、人の気配はするんだけど、動いていないというか……。

 床には何本も管のようなものがあって、足を引っ掛けて転んだらまずいと思い、僕はアンネの手を握った。

「何よ」

「いや、床にいろいろあるから、転んだりしたら大変だろ? それに、暗いから離れちゃっても困るし」

「……何よ」

 アンネは不服そうだったが、僕の手を振り払ったりはしなかった。

 やがて、向こうにぽうっと光が見えた。一体なんだろうと思って近づく僕たち。

 それは、大きなガラスの球体だった。中は発光する不思議な水で満たされていて、それが光の元らしい。

 だが、そんなことより……。

「きゃあっ!」

 アンネが悲鳴を上げた。僕も、驚きで声が出なくなった。

 その幾つも並ぶ球体の中。

 そこには、人間の死骸が入っていたのである。


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