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第2章3 上層の闇

第2章 上層の闇



 兵士たちに連行された僕とアンネは、宮殿の離れにある牢屋に閉じ込められた。手錠に足枷をつけられて、粗末なベッドがあるだけの牢屋。

「あーもう! どうしてあたしがこんな目に合わなきゃいけないわけー!?」

「絶対アンネが暴れすぎたからだよ……」

「何よ! ルナだって共犯じゃない! 自分だけ悪くないって言いたいの!? そもそも、あたしが行こうと言ったときに行ってれば、捕まらなくて済んだかもしれないでしょ!」

 ごもっともだった。

 それでも、僕は聞きたかったんだ。彼女――ミオに、魔法のコントロールのし方を。ミオなら何か知ってると思ったんだ。

 まあ、結果は「努力すべし!」の一言で済んじゃうものだったんだけど……。

 そのとき、扉が開いた。牢屋に兵士がやってきたのだ。

「表にいた兵士たちを倒したのもお前たちか?」

 兵士の質問に、どう答えようか僕が迷っていると、隣の牢屋にいるアンネが「ええ、そうよ!」と言った。あと先考えてからもの言えよなあ、本当!

「この一件で、宮様は大変お怒りだ」

「宮様?」

「この宮殿の主人だ。貴様たちのやったことは反逆にも相当する重罪だと。死刑もやむなしとのことだ」

「し、死刑ですって!?」

「死刑!?」

 たかが(と言っていいのかわからないが)宮殿に荒っぽい不法侵入をしただけで、死刑になるなんて! そんな街があってたまるか!

「僕たちは宮殿の中へ入っただけですよ!? それなのに死刑なんですか!?」

 僕が聞くと、兵士は淡々と言った。

「貴様たちは見てしまった。あの地下を。違うか?」

「そりゃあ、見ましたけど」

「あの地下で見たものを口外されると困るのだ。だから、口を封じるには殺すしかないとの、宮様のご決断だ」

「僕、誰にも言いません!」

「あ、あたしもよ!」

「いいや、信用ならん。あのお方は外界との接触を禁じられた身……その禁を破らせた貴様たちは死刑に相応しい」

 そう言って去っていこうとする兵士を呼び止めて、僕は聞いた。

「あの、ミオはいつからあそこにいるんですか……?」

「貴様には関係のないことだ。あと、あのお方の名前を軽々しく呼ぶな」

 そう言って、兵士は牢屋から出て行った。

「嫌~っ! 死にたくない! 死にたくない! こんなところで! このアンネ様が!」

「うるさい、アンネ! 今どうしたらいいか考えてる!」

 僕は頭をフル回転させて、この難局をどう乗り切るかを考える。

 ……ダメだ、何も策が浮かばない!

 と、そのとき、また扉が開いた。兵士だった。

「宮様が貴様たちに会いたいと御所望だ。ついてこい」

 僕とアンネは、おとなしく兵士たちに囲まれてついて行った。

 宮殿の四階、あの玉座があった場所へ連れてこられると、地面に座らせられ、頭を兵士に踏まれた。

 これ、僕だから平気だけど、プライドの高いアンネにはものすごい屈辱だろうな……。

「宮様、彼らが件の侵入者です」

 宮様と呼ばれた太った女性は、宝石をギラギラつけた下品な指輪をかざして、「ほほほっ」と笑った。

「私の名前はルージェ・アフェクメント。貴様たちの名前はなんというのかしら?」

 ルージェの質問になんか答えたくない。そんな思いで黙っていると、「答えろ!」と兵士が叫んで、頭をゴリゴリと踏まれた。

「……ルナ・スカーレットです」

「アンネ・ロワベージュ……」

「そうかい、ルナに、アンネ。私はねえ、貴様たちに聞きたいことがあって、ここへ呼んだのよ」

 ルージェはまた下品に笑う。頭を踏まれているせいで、その顔はよく見えない。

「貴様たちは、ミオを見たかしら?」

 見てません、は通用しないよな。あの場で捕まったわけだし。

「見ました」

「ほほほほほっ! これであの役立たずにも、いい思い出が一つできたってものね」

「役立たず、ですって……?」

 その言葉を聞いた瞬間、頭に血が上った。

「ミオは自分の自由を犠牲にして、この街を守ってるんですよ!? それを役立たずだなんて、なぜそんな酷いことが言えるんですか! ミオがなんのために今までずっとあそこにいたのか……!」

「おい! 口を慎め、無礼者!」

「まあ、よいよい。ちょうどいいのよ。貴様らの始末も、ミオの始末も同時に行ってしまえば」

 隣でアンネが「ひっ」と声を上げる。だが、僕にはもっと気になる言葉があった。

 ミオを始末する……? どういうことだ。ミオはこの街の守護者なんじゃないのか?

「今や、この街の軍事施設はミオの力なしでも十分やっていけるだけの力がある。あの子は用済みなのよ。わかるかしら、坊や」

「あんまり、わかりたくないお話ですね……! この街のためにあんなところに閉じ込められているミオを、用が済んだら殺すというんですか……!」

「その通りよ。ミオを生かしておいて、この宮殿で自分がどんな目に合っていたかをペラペラ吹聴されるのも厄介だもの。そして、貴様たちよ。貴様たちは、ミオの境遇を知ってしまった。だから、殺される。殺す。それだけなのよ」

「そんなことってない!」

 僕が叫ぶと、後頭部に痛みが走った。しかし、僕は続ける。

「ミオを知ってしまったからなんだっていうんです? 仮に僕たちが必ず口外しないと言ったら、生かして帰してくれるんですか?」

「貴様がそれを確かに守るのなら、貴様たちの命だけは助けてやっても構わないわ。だが、ミオは殺す。それだけよ」

「ミオにだって約束はさせられます!」

「仮にミオが黙っていても、ミオの一族が黙っていないからねえ。私は、ミオの一族もろとも根絶やしにしてやろうと思っているのよ」

 この女、悪魔だ……!

 クソッ! 手錠さえかかってなければ、バイオリンで燃やしてやりたいくらいだ、こんな女……!

「ほほほほほほほっ! わかったかしら? 坊や、お嬢ちゃん。貴様らには、もう死しか待っていないのよ。それまでは、せいぜいあの牢屋で怯えて過ごすことね。ほほほっ、ほほほほほっ!」

「この、クソババア! ミオを殺すなんて、僕が絶対にさせないからな! ミオもアンネも、そして僕も、誰も死なせない! お前が僕には敵わないってこと、証明してやるからな!」

「威勢のいい坊やだこと。ほほほっ。さあ、兵士たち、連れてお行き!」

 どうやら話は終わったらしい。髪の毛を掴まれ、顔を上げさせられ、見たルージェの姿は、いかにも醜悪だった。

 牢屋に戻されて、僕とアンネは無言だった。あのアンネが無言だなんて珍しい、と思っていると、「ねえ、ルナ」という声が聞こえた。

「何? アンネ」

「あたしたちにはさ、不法侵入っていう罪があるから、死刑には納得してないけど、まあ、まだわかるわ。でも、ミオは何も悪いことしてないじゃない。この街を守るのが僕の仕事だって、微笑みながら言ってたじゃない。それなのに、それなのに……っ! そんなミオが、殺されるなんて……っ!」

「アンネ……」

 泣いてるのか? アンネ……。

 モルド町でのアリスちゃんの一件で、アンネは冷酷な女の子だって思ってたけど、実は違うのかもしれないな。

 本当は、思いやりがあって、人の痛みに共感できる奴なんだ。表現のし方が下手くそなだけで。

「ねえ、ルナ! 助けられないの!? このまま、ミオが死ぬのを、黙って眺めてることしか、あたしたちにはできないの!?」

「助けたい気持ちは僕にだってあるよ。でも、今の僕たちに何ができる? 僕たちだって、死刑を待つだけの身だよ。きっと死刑は、あの地下で行われるんだろうし」

「どうしてそう思うのよ」

「あそこは、制御魔法で魔法が使えない空間だろ? だから、魔法師である僕たちを殺すにはうってつけの場所ってわけだ。ミオは、僕たちが殺される様を見てから、殺されるんだろうな」

「でも、あんた、啖呵切ったじゃない。誰も殺させないって。ルージェに向かって。あの言葉は嘘だったの? あたし、ルナならきっとなんとかしてくれるって、信じて、安心したのに!」

「あれは本心だよ! でも、策がないんだ! 現状じゃね!」

 言ってるそばから、拳が震えてきた。手錠がカチャカチャと音を立てる。

「ミオ、短い時間だったけど、あたしたちと話せて楽しかったって言ってた」

「言ってたね」

「あたし、もっとミオと話したい。ミオの、本当のミオの姿が見たい! 生贄としてのミオじゃなく、少女としてのミオの姿を……!」

「それは僕だって同じさ。ミオは、あんな目をするような子じゃないんだよ、きっと……」

 そう、あんな目。何もかも諦めたかのような、暗い瞳。

 あんな少女が、ずっと蔦に吊るされて、髪の毛なんか伸びっぱなしで地面につくほどあって、外にも出られずにいるなんて。アンネみたいに、ドレスを着てみたい、だとか、お洒落がしたい、だとか、そんなことを思っていてもおかしくない年頃なのに、ミオは外を知らないから、それらの楽しみを何も知らないんだ。

 そんな酷い話が、あってたまるか……!

 でも、現実問題、僕たちに今できることはないのは事実だ。アンネの牢屋のほうから、寝息が聞こえてくる。泣き疲れて眠っちゃったんだな、アンネ。今だけは安らかに眠ってくれ、だなんて、まるで死ぬのを受け入れているようじゃないか。

 アンネを死なせたくないのは当然だ。そして僕だって死にたくない。けれど、少し話しただけのミオのことを、どうしてここまで死んでほしくないと思うのだろう。彼女がかわいそうだから? さっき、アンネと話してたみたいに、本当の少女としてのミオが見たいから? わからない。わからないけど、死んでほしくない、この気持ちだけは本当だ。

 ミオ、僕たちは、こんな短い時間だけじゃ、まだまだ君と話し足りないんだ。もっと吐き出してよ。つらいならつらいって言ってよ。そうしたら、僕たちが助けにいくから。

 ――そう、助けにいくから。

「……僕は諦めない。僕も、アンネも、そしてミオも、全員で助かる。その道を探す!」

 僕は両頬を叩くと、頭を抱えながら策を捻り出そうと考え始めた。


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