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第2章2 生贄

第2章 生贄



 街の上層を歩く人たちは、みんなスーツにドレス姿をしていた。豊作村では決して見られなかった光景だ。物珍しくて、ついじろじろと見てしまう。そんな僕に、しかめっ面を見せる彼彼女たちから、僕はふいと目を逸らした。

「あーん! いいなあ、いいなあ! あたしも、あんな綺麗なドレス、着てみたい! あたしのような美少女には、きっと似合うと思うのよね!」

「自分で美少女とか言う? アンネって自分が思ってるよりかわいくないよ」

「何よ! ちょっと見た目がいいからって、人を見下すような発言をする奴なのね、あんたは!」

「見下してはいないけどさあ……アンネには、今の服装が似合ってるよ」

 僕が言うと、アンネは少し頬を赤らめて「そう?」と言った。

 そこ、照れるとこなのか? 女の子の心理は僕にはわからない。

 通りすがりの女性に教えてもらった宮殿への入り口を探して、僕たちは歩き回る。何せ、この宮殿、馬鹿みたいに大きいのだ。ぐるりとその周りを回って、ようやく入り口が見つかった。

 入り口には、二人の兵隊が立っていた。僕たちはそろそろと門に近づく。

「むっ、誰だ!」

 兵隊の一人が槍の切っ先をこっちへ向けたので、僕とアンネは両手を上げた。

「僕たち、旅の者なんです。綺麗な宮殿が見えたものですから、間近で見てみたくって」

「旅の者がおいそれと近寄っていい場所ではない! 帰れ!」

 取りつく島もないというのはまさにこのことだ。僕は「ですよね~……」と言って背中を向けようとした。

 そのときだった。カチカチッと音がして、僕がそちらを見ると、兵士たちの頭上の木が兵士たちに向かって倒れてきていた。

「ぐわああああああっ!」

 木に押し潰された兵士たちは、身動きが取れないでいる。

「アンネ! だから、一般人に魔法は使うなって言っただろ!」

「あんたの言うことなんか聞かないわよ! さあ、突入よっ!」

 アンネが門の鍵を壊す。中へ走っていくアンネに、僕は「あーもう!」と叫んで、後を追った。

 しかし、あの的確な鍵を壊すだけの魔法。アンネは本当に魔法のコントロールができてるんだな、と思わされた。僕も、早くアンネと同じことができるようにならなきゃな……。

 宮殿の扉の前にも、兵士たちが立っていた。そっちへまっすぐ走っていくアンネに気づいた兵士たちが、「侵入者か!」と言って槍を構える。だが、アンネはそれをものともしない。またカスタネットを鳴らすと、今度は小さな雷が兵士たちの頭上に落ちた。バタバタと倒れていく兵士たち。

「これで中に入れるわね!」

「はあ……はあ……ちょっと君、やりすぎなんじゃない?」

「あたしのママはよく言ってたわ! 人生やりすぎるくらいがちょうどいいって!」

 アンネの家の教育方針は間違ってるんじゃないかと思う僕だった。

 宮殿の中に入ると、そこら中に兵士がうろうろしていた。同じように、なぎ倒していくアンネ。

「魔法が使えない一般人なんかに、このアンネ様が負けるわけないでしょ! さあ、会いに行くわよ、その生贄の魔法師とやらに!」

 振り返って、笑った顔を見せるアンネ。僕としても、ここまで来たからには、その魔法師と会っておきたい。

「侵入者あり! 侵入者あり! 全員警備につけーっ!」

 そんな声が聞こえてきて、宮殿内を兵士たちが走り回ったりし始めた。兵士たちにエンカウントした瞬間、魔法で気絶させていくアンネ。

 あ~これ、間違いなくお尋ね者になるパターンだよなあ……。こんなに派手に暴れられるとは思ってもみなかった……。

 宮殿内を、大暴れするアンネ。一階から二階に上がり、そこで待ち受けていた兵士たちもぶっ飛ばしていく。それから、三階、四階へ。もう意識のある兵士はいないんじゃないかってくらいの数を倒して、アンネはご満悦だ。

「これでゆっくり散策できるわね!」

 アンネがにこりと笑って言った。いや、笑い事じゃないんだけど……。

 まあ、でも、ゆっくり散策できるのは楽でいい。僕たちはいろんな部屋の扉を開けたり閉めたりして、中を散策した。

「街を守る魔法師だっていうくらいだから、一番上にいるんじゃない?」

 とアンネが言ったので、一番上の、玉座のような椅子がある部屋をくまなく探してみたが、それらしき魔法師は見つからなかった。

「もう逃げられちゃってるんじゃないかなあ」

「そんな根性なしの魔法師なんて、魔法師とは言えないわ。そもそも、おかしいのよ」

 アンネの言葉に、僕は立ち止まる。

「普通、侵入者がいて、それが魔法師だと知ったら、当然魔法師が相手になるはずでしょ? でも、魔法師は現れなかった」

「ということは、つまり……」

「生贄、っていうのは本当みたいね。その人は、自分じゃ動けない場所にいるのよ!」

 僕たちはもう一度宮殿内をくまなく探してみたが、魔法師は見つからなかった。

 いや~、しかし……。

 積み重なっている兵士たちの気絶した身体。これはお尋ね者どころじゃ済まないかもしれない。

 うう……アンネについてくるんじゃなかった……その魔法師に会いたいのは僕も同じだったけど!

 これから先、僕たちどうなっちゃうんだろう。ただの不法侵入じゃないだけに、どんな罰が待っているかと考えると恐ろしい。

 僕が少し先の未来を憂いていると、アンネがピタリと足を止めた。僕も立ち止まる。

「エレベーターみたいね」

「そうだね。でも、それがどうかした?」

「バッカね~ルナって! 隠したいもんは、大概は地下にあるってもんよ!」

 アンネがエレベーターに乗り込んで、僕も後に続いた。一階と書かれたボタンの下の、何も書かれていない謎のボタンを何回か押し続けていると、エレベーターが動き出した。

 ウィーンという音を立てて、地下へもぐっていくエレベーター。この先にいるのか? その、生贄の魔法師とやらは。

「あーあ。こんな派手に暴れて、出るときはどうする気?」

「またあたしが兵士たちを撃退するわ!」

「そのあとだよ。僕たち、お尋ね者になっちゃうよ? もうこの街にはいられなくなっちゃうだろ」

「じゃあ、街を去ればいいじゃない!」

 街に入る前に、海へ行っておくべきだったかと、今更になって後悔する僕だった。

 チン、と音がして、エレベーターが止まった。扉が開いて、僕たちは前へ進む。小さな電球がいくつかぶら下がっているだけで、中は薄暗かった。

 古臭い臭いがする。どこか、森を思わせる場所だ。通路はこんなに狭いのに、何か広大な場所にいるかのような、そんな錯覚を受ける。

 コンクリート造りで、無機質な壁がどこまでも続いていた。この先に、本当に魔法師はいるのだろうか。ここまで来て、散々やらかして、収穫がありませんでしたでは、僕の気が済まない。

 いるんだ。この先に、必ず。彼、あるいは、彼女は。生贄となった、悲惨な運命の上を歩くその魔法師が。

 にしても、長い廊下だ。そこまでして隠したいものなのか? 生贄の存在は。いっそ街の人に事実を公表して、神か何かだと言って崇め奉ったほうが自然なんじゃないかと思うんだけど……。もしかして、非人道的な行為が行われてたりするのだろうか。僕はまだ見ぬ魔法師が不憫でならなかった。

 なんとなしに僕は壁に触れた。そして、びっくりして手を離した。「どうしたのよ」と聞くアンネに、僕は指を差す。

 壁に、蔦がこびりついているのだ。それも、奥に向かって、だんだんと蔦の量は夥しい量になっていく。

「生贄を捧げるのには、うってつけの場所じゃない! きっといるわよ! その魔法師!」

 鼻息を荒くして言うアンネに、僕は改めて生贄という単語について考える。

 生贄。供物。昔、父さんから聞いたことがある。大昔には、大雨が続いた日には、生きた子供を川に流して、雨が止むように祈る風習があったんだって。だとすると、ここにいるかもしれない魔法師も、自由を奪われて、生きたままずっとここにいるんじゃ……。

 そのうちに、開けた場所に出た。壁中が蔦に覆われていて、えもいえぬ神秘的な雰囲気を醸し出している。

 そしてその中央。

 一人、少女がいた。彼女は全裸で、蔦に両腕を絡めとられて、天井から吊るされていた。青く長い髪の毛は地面に達する長さで、その顔の頬骨のあたりに、サファイアのような宝石がいくつかついている。

 彼女は緩慢な動作で顔を上げた。そして、僕たちの姿を認めると、少し微笑んだ。

「あれ、珍しいな。君たち、ここの街の人じゃないね」

 澄んだ声だった。その声は、この空間によく響いた。

「はじめまして、魔法師さん」

「あたしたち、旅の者よ! よろしく!」

 僕たちがそう言うと、彼女は憂げな笑みを浮かべて、「よろしくはできないな」と言った。

「君が、その、生贄ってやつ?」

「誰に聞いたんだ? 僕が生贄であることは、宮殿関係者しか知らないはずだけど」

 アルマさん、宮殿の関係者だったのか……?

 そうならそうと、教えてくれればよかったのに。

 だが、ここでアルマさんの名前を出すのは躊躇われた。

「別に、風の噂で聞いただけだよ」

 と僕が言うと、彼女は、

「最近の風の噂は、どんな秘密でも運んでいってしまうのかな」

 と言った。

「君、名前は?」

 僕が尋ねると、彼女は首をふるふると振った。

「名前なんて、ないも同然だよ。まあ、強いて言うなら、ミオ、かな」

 彼女――ミオは、曖昧な笑みを浮かべたままだった。

「僕の存在を知ってるなら、僕の役目についても知っているだろうという前提で話すよ。僕はこの街を守ってるんだ。魔法師としての、全魔力を絶えずこの蔦に注ぎ続けて、街がいつまでも平和でいられるように……ってね。それが、僕の生きる意味」

 ミオは続ける。なめらかに。

「君たちが僕のことを誰から聞いたかは知らないけど、早く逃げたほうがいいよ。直に兵士たちが来る。宮殿内の侵入者……宮殿のどこにもいないとなったら、あとはもうここしかないからね。逃げたほうがいいよ」

 ミオの言葉に、アンネが「行きましょ、ルナ」と言った。だが、僕にはまだ聞きたいことがある。

「ねえ、ミオ。僕は、魔法のコントロールがうまくできないんだ。君には、何か解決策が思いつく?」

 そう聞いた僕に、ミオは少し黙ったあと言った。

「君は、強力な魔法師だね。それも、とてつもなく、強力な魔法師だ。その君が、魔力のコントロールができないっていうのは、ちょっと危険すぎるかな。でも、こればかりは慣れていくしかないよ。近道なんて存在しないんだ。魔法は芸術と同じだよ。最初は拙くても、練習を重ねるうちに、上達していく。そういうものだ。僕から言えることは、このくらいかな。……じゃあ、さよなら。少しだけだけど、話せて楽しかったよ」

 ミオがそう言った瞬間、ざざっと音が聞こえて、振り返ると兵士たちが槍を構えていた。

「君たちには逃げてほしかったけど……残念だ」

 アンネがカスタネットを取り出す。カチカチッと音を鳴らして、魔法を――

「……えっ?」

 アンネが驚きの声を上げた。

「どうしたんだよ、アンネ!」

「魔法が使えないのよ! こんなことってある!?」

 魔法が使えない!? さっきまでは使えてたのに!?

「ああ、そうそう。言い忘れてたよ。この空間は、制御魔法で魔法が使えないようになってるんだ。ごめんね」

 後ろからミオの声が聞こえた。魔法を封じる制御魔法――そんなものがあるなんて!

「捕えろーっ!」

 わあああああっ、と兵士たちが僕たちへ向かってくる。

 そして、なす術もなく、僕たちは捕まった。


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