第1章3 初めての仲間
第1章 初めての仲間
「そういや、あんた、複合魔法は使えるの!?」
町へ向けて走りながら、アンネが言った。
「複合魔法? 何それ?」
「魔法師のくせに複合魔法も知らないなんて、あんたってばほんとにバカね! いいわ、あたしが見せてあげる!」
不敵な笑みを浮かべるアンネ。
僕はまだ魔法師なりたてほやほやだけど、アンネのほうはどうなのだろう。魔法について知識があるということは、僕よりも魔法師としてのキャリアは長いのだろうか。
そうこうしているうちに、町へと辿り着いた。僕たちがいるのが西側だから、北側まで急いで向かう必要がある。逃げ惑う人々たちの合間を縫って、僕とアンネは進んでいく。
北側へ来ると、家々が燃えていた。魔物は町内へと進んできてるらしい。
ピエールさん、アリソンさん、アリスちゃん……! きっと無事でいてくれ……!
「ルナ! 何をぼさっとしてるのよ! 魔物はもう近くにいるのよ!?」
「わかってるよ、そんなこと!」
僕はバイオリンを現せる。頭の中に水を浮かべて……そう、あのときの母さんみたいに……!
「ウォーネ!」
どばっと水が溢れ出し、魔物の群れを町の外へと押し流していく。
そのとき、前方でひらりと水の流れをかわした人がいた。マキさんだった。
「マキさん! 大丈夫ですか!」
「ルナくん! アンネちゃん! よかったわ、二人が来てくれて! いつもの襲撃より、魔物の数が多いのよ!」
「あたしに任せて! ルナ、ちゃんと見てなさいよ! これが、複合魔法ってやつよ!」
アンネがカスタネットを鳴らす。すると、炎と水の柱が出現した。
「一見相反する二つに見えるけど、これを、こうすれば、こうよっ!」
その柱は絡み合って、魔物の群れへと一直線に向かっていった。魔物がその光線に貫かれて、バタバタと倒れていくのが見える。
「これが、複合魔法……!」
「そうよ! これこそが複合魔法よ! どう? すごいでしょ!」
ふふん、と得意げになっているアンネ。だが、まだ魔物はたくさんいる。
「ルナくんはちょっと下がっていてちょうだい」
とマキさんが言った。
「え、なぜです? 僕も戦いますよ!」
「あなたの力は強大すぎる。町の人を巻き込みかねないわ。町の人の避難が済んだら、思う存分働いてもらうから」
振り返って、にこりと微笑むマキさん。僕は頷くと、一歩後ろへ下がった。
「戦場で逆にお荷物になるようじゃ、魔法師として失格ね!」
「うるさいなあ! 君は憎まれ口しか叩けないの!?」
「まあ、そこで指を咥えて見てればいいわ! あたしの華麗な戦い様を!」
カチカチッとアンネの手元から音が聞こえた。「メテオ」だ。町に迫りくる魔物が燃えて、倒れ伏す。
マキさんもサックスを吹き、雷の魔法で敵を殲滅していく。
この二人の戦い方は、確かな経験と知識に基づいたものだ。そう思わせるくらい、アンネとマキさんは連携を取れているし、二人とも魔物たちに一線を越えさせない。
これが、魔法師の戦い方なのか! 僕はこれまで力だけでゴリ押ししてきたけど、大切なのは共に戦う相手との連携なんだ!
僕も一人前の魔法師になりたい……! 初めてそう思った。これまで、自分の運命を否定したがっていた僕が、初めて運命を肯定した瞬間だった。
だが、戦場の中央――魔物たちが、何かに群がっている。その鋭い爪が振り上げられて、見えたのは、爪に貫かれたアリスちゃんだった。
「あ、アリスちゃんっ!」
僕は思わず駆け出そうとした。しかし、アンネに襟首を掴まれる。
「離してよ、アンネ! アリスちゃんが!」
「もう死んでるわよ! 見ればわかるでしょ!?」
死んでる。その言葉に、目の前が真っ暗になった。僕は呆然と前を見る。アリスちゃんの首にかかっているロザリオのネックレスが、虚しく揺れていた。
僕が、僕が最初から戦っていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。僕さえ戦っていれば、アリスちゃんを守れたかもしれないのに!
どうして、僕はいつも大切なところで、選択を誤るんだろう。
「アリスちゃああああああああんっ!」
気づけば、手にバイオリンを握っていた。複合魔法――雷と炎のイメージを浮かべて、僕は弦を弾いた。
「死ね! サンダレスフレム!」
その瞬間、空からとてつもない雷が落ちてきて、あたり一面が炎に包まれた。魔物たちの断末魔の悲鳴が上がる。
「すごい……これが、ルナくんの力……」
ぼそりと呟いたマキさんの声は、もう僕には届いていなかった。
僕は焼け野原になった戦地へ走る。アリスちゃんのいたあたりに立って、僕は「それ」を見下ろして、愕然とした。
金色のロザリオのおかげで、なんとかアリスちゃんだと判別できる死体。死体は、黒焦げになっていた。もう、かわいかったアリスちゃんの見る影もない。
「あーあ。やりすぎなのよ、あんた。あんな勢いで燃やしたら、こうなるに決まってるじゃない」
アンネの言葉に、僕は膝から崩れ落ちた。
せめて、アリスちゃんの遺体を、ピエールさんたちに届けたかった。でも、僕の勝手な行動で、それは叶わなくなった。
どうして? なぜ僕は、また間違えた? どうするのが正解だったんだ? なぜ僕が思う「正しいこと」は、いつも「間違っていること」なのだろう?
項垂れている僕の肩に、マキさんが手を置いた。
「ルナくん。幸い、町の人があなたの魔法に巻き込まれることはなかった。あなたは正しいことをしたのよ」
僕は思わずマキさんの手を振り払っていた。
「違う! こんなの、正しいことじゃない! アリスちゃんを、こんな……こんな風にして……!」
涙が溢れた。愛嬌があって、僕を素直に好きでいてくれたアリスちゃん。もう顔すら見られない。
そのとき、後ろからバタバタと走ってくる人たちがいた。振り返ると、ピエールさんとアリソンさんだった。
「うちのアリスが見当たらないんです! マキさん、何か知りませんか!?」
「私たち、心配で胸が潰れそうなんです!」
僕は涙を流したまま、振り返った。ピエールさんと目が合う。
「ルナくん? 何を泣いているんだい? さっきの魔法、ルナくんだろう? おかげで町の人たちは救われたよ! それで、アリスを知らないかい?」
僕は、震える手でアリスちゃんだったものを指さした。それを見て、ピエールさんとアリソンさんの顔から色がどんどん失われていった。
「これは、アリスのロザリオ……まさか、アリス……っ!」
アリソンさんが、黒焦げの死体の手を持つ。しかし、それはバラバラに砕けていって、アリソンさんの手には燃えカスしか残らなかった。
「そんな……アリス、アリス……っ!」
死体に縋り、慟哭する二人を見て、僕の胸は刃で切り裂かれているような痛みを覚えた。ああ、苦しい……全部、僕のせいなのだから。
「ピエールさん、アリソンさん。アリスちゃんは、私たちの目の前で、魔物によって殺されました。そして、それを見たルナくんが、魔法を発動させたわけです。雷と炎の魔法を。その結果、死体はそのような状態になってしまいましたが、ルナくんは町を守るためにやったことなんです」
「……違いますよ、マキさん。僕は、アリスちゃんが殺されたのを見て、自我を忘れて、憎しみのあまり、何も考えずに魔法を使ってしまったんです。アリスちゃんがそんな風になったのは、僕のせいです。僕が、全部悪いんです……!」
マキさんと、ピエールさんにアリソンさんが黙り込んでいる中、一人だけけろりとしている少女がいた。
「バッカじゃないの!? 死んだら人間は土に還るだけよ! 黒焦げだろうがなんだろうが、死んだもんは死んだ! それで終わりでしょ!」
それを聞いて、僕は思わずアンネの胸ぐらを掴んでいた。
「君、それでも人間かよ! 大切な娘の死体すら見られない親の気持ちが、君にはわからないのかよ!」
「わ、わかるわけないでしょ! 実際、あんたもわかってないんじゃないの!? あたしたち、誰の親でもないのよ! 自分が経験できない痛みなんて、わかりっこないわ! それにね、あたしだって、守れるもんなら守りたかったわよ! でも、守れなかった! どうしようもないじゃない! 時間は巻き戻せないのよ!」
僕はアンネを睨みつける。アンネもまた、僕を睨みつけてくる。
だが、そのとき、後ろからそっと抱き締められて、僕はハッとした。その腕は、ピエールさんだった。
「いいんだ、いいんだよ、ルナくん。君は町の人たちを守った。魔法師として、立派に戦ったんだ。アリスは尊い犠牲となったんだ。それだけなんだ……」
そう言うピエールさんの声は震えていた。明らかに、そう思おうとしているのがわかる。それだけに、僕の心はズタズタにされた。
「ごめんなさい、ピエールさん、アリソンさん……」
「謝ることはないわ。ルナくん、あなたは魔法師なんだから」
無理に笑顔を浮かべているアリソンさん。その心に、どれほどの痛みを抱えているのだろう。
「……すみません。僕、帰ります」
僕はピエールさんの腕の中から出ると、一人その場を離れた。
「メソメソしちゃって、バッカみたい!」
アンネの憎まれ口なんて、もう僕には聞こえていなかった。
その日、僕はピエールさんたちの家には行かず、宿で寝泊りした。とても、あの二人の家に行くことなんてできない、合わせる顔がない。
ごめんね、アリスちゃん。本当にごめん。君を、両親の元へ、顔がわかるまま返してあげられなくてごめん。
ベッドにもぐって目を閉じる。また涙が一筋流れた。
目を覚ますと、窓から明るい日差しが差し込んでいた。今日もどうやら快晴らしい。どうして血みどろの日のあとには、いつだって太陽は大地を煌々と照らすのだろう。見たくないものまで見えてしまうから、やめてほしいのに。
宿から出て、しばらく歩くと、後ろから「ルナくん!」と声をかけられた。振り返ると、ピエールさんとアリソンさんがいた。
「二人とも、どうして……」
「帰ってこないから、心配したんだよ」
「そうよ。この町でのあなたの帰る場所は、私たちの家でしょう?」
その優しさがあまりにも眩しすぎて、僕は思わず二人に抱きついた。二人はしっかりと僕を受け止めてくれた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
「君が謝ることはない。何も謝らなくていい」
「この人の言う通りよ。あなたは何も間違ってない。魔法師としての責務を果たしただけなんだから。もっと誇りに思ってもいいのよ?」
優しく髪の毛をすかれながら、僕は町中だというのにぐずぐずと泣いた。ピエールさんもアリソンさんも、そんな僕を温かく包み込んでくれた。
そのとき、ポケットに入ってる宝石が光った。「ちょっと、すみません」と言って、僕は二人から離れると、宝石に耳を寄せた。
「サーシャですね。お久しぶりな感じがします」
「ええ、ルナ様。あなたに伝えなければならないことがあって、ご連絡した次第でございます」
「連絡ですか?」
「ええ、そうです」
なんだろう、嫌な予感しかしない。
「それで、連絡というのは……?」
「ルナ様が発動させた強力な魔法が、ミリアに感知されました。はっきりとモルド町と断定したわけではないようですが、恐らく付近を騎士団たちがうろつくでしょう。その前に、次の町へ移動すべきです」
「わかりました。次の行き先はどこですか?」
「この町から馬車に乗って南へ向かうと、ミオフィオール街という大きな街があります。そこなら、姿を隠しやすいでしょうし、行き先としても妥当でしょう」
「ありがとうございます。行ってみます」
「私はいつでもルナ様のご無事を祈っております。では、これにて……」
「ええ、サーシャもお元気で」
通信はそこで終わった。僕はピエールさんたちのほうへ振り返ると、無理に笑顔を浮かべて言った。
「すみません、僕、もう行かなくちゃ」
ピエールさんたちは顔を見合わせて、悲しそうな顔をした。
「行ってしまうのね」
「ええ。僕、旅人ですから」
「寂しくなるなあ。でも、仕方ないな」
そう言って、ピエールさんは大きな手で僕の頭を撫でてくれた。
と、そのとき、向こうからミナミくんとマキさんがやってきた。
「すっげーよ! ルナお兄ちゃん! あんなすごい雷と炎を操れるなんて!」
「いや、そんなことは……」
と、そこでピンときた。僕は、魔法を操るということができていないんじゃないか? あのときのミリアみたいに、出現させたものを自在に操るということができてない。
これは鍛錬が必要だな……。もう二度とアリスちゃんの悲劇を繰り返さないためにも、僕は上へ向かっていくしかない。
「ルナくん、行くのね」
「はい、マキさん」
「最後にこれ、渡したかったの」
マキさんが手渡してきたのは、アップルパイの入った箱だった。
「元気が出るおまじない、かけておいたから」
にこりと微笑むマキさん。自然と僕の顔にも笑みが浮かんだ。
ピエールさん夫妻、マキさん、ミナミくんに見送られて、僕はその場を去った。次は南か……。海とかあるのかな。僕、海なんてみたことないぞ。
なんてことを考えていると、ごちんと頭に石がぶつけられた。こんなことをするのは一人だけだ。
「何するんだよ、アンネ!」
「何するもどうするもないわよ! 何あたしに黙って出て行こうとしてるのよ!」
「そんなの僕の勝手だろ!?」
「勝手じゃないわよ! あたしたち、もう仲間なんだから!」
「仲間って……えっ?」
僕がぽかんとしていると、アンネはふんぞりかえって、胸に手を当てて言った。
「あんたみたいなひよっ子魔法師が一人旅だなんて無謀だわ! だから、このアンネ様がついていってあげる! 感謝なさい!」
「いや、頼んでないし!」
「もう決定事項なのよ! 親にも魔法師としての修行の旅に出るって言っちゃったから、もう後戻りはできないし! さあ、行くわよ、ルナ!」
「いたたた! わかったから、僕の髪の毛を引っ張るのはやめろってば!」
ギャーギャーと騒ぎながら、僕とアンネはモルド町を出た。アンネは勝手なやつだけど、なんでだろう、話してると、つらかったことも苦しかったことも、少し安らぐ気がする。それは、彼女の傍若無人っぷりに対する呆れの感情がそうさせるのかもしれないけど。
でも、一人よりは二人のほうが心強いのは確かだ。
「次はどこへ行くのよ!?」
「南の……って、痛い痛い! だから、髪の毛引っ張るのやめろって!」
これからは二人旅だ。どんな旅になるのか、僕にもさっぱりわからない。
けれど、なんとなくだけど、道は拓けているような気がするんだ。
モルド町を離れて、馬車を呼び止めてそれに乗り込む。
次の行き先――ミオフィオール街。一体どんなところなのか、楽しみだ。
一方、その頃王都では――
「残念ながら、ミリア様の視力はお戻りになりません。身体の怪我の治癒にも時間がかかるでしょう」
そう言われて、わたくしは唇を噛んだ。あのクソガキめ……! あたくしから、光を奪うなんて!
「それで、魔力探知のほうはどうなんだ。別に、儂は貴様じゃなくてもいいのじゃぞ、ミリア。魔力探知ができる魔法師は他にもいるからのう」
「お待ち下さい、王様! このわたくし、必ず突き止めて……」
「でも、貴様は大雑把な方角と場所しかもうわからぬではないか。引退しどきかもしれないのう」
このクソ狸! 覚えてらっしゃい、わたくし、受けた侮辱は忘れませんことよ!
「しかし、ミリアをここまで追い詰めたその少年の名前もわからぬとは……豊作村だなんて名前の村なぞ、地図にはなかったからのう。戸籍もなかったんじゃろうな。あのオルガとミナバがいたというのは意外じゃったが……。おい! オルガの姓はなんというのじゃ!」
「はっ! ヴァン・ジークムンドだったかと!」
「よし! ジークムンドという名前の子供を探すのじゃ! よいな!」
「ははーっ!」
王が話している途中だというのに、全身の痛みで意識が薄れていく。
「か、必ず、わたくしが、殺してみせますわ……! 忌々しい、悪魔の子!」
ぷっつりと意識が途絶えた。
わたくしはまだやれる、あの子供はわたくしが殺す――必ずや、このわたくしが……!