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第1章1 モルド町

第1章 モルド町



 モルド町へは一本道だった。一応道があって、それを辿っていくだけでよかった。

 しかし、町かあ~。町ってどんなところだろう。豊作村とあまり変わりがないのかな? それとも、やっぱり発展していたりするのだろうか。未知なる世界に身体が疼く。

 大水車の町、モルド町。水車なんて、僕、絵本の中でしか見たことがないぞ……。実物をこの目で見られるのかと思うと、少しわくわくした。あんなにも鬱屈とした気分で村を出てきたというのに、今の僕はこの旅の始まりを楽しんでいる。やっぱり、あの泉には、何か不思議な力があったに違いない。そうでなければ、こんな風にドキドキすることもうきうきすることもなかっただろうから。あの泉は洗い流してくれたんだ。僕の悲しみを、少しだけ。

 だんだんとモルド町が近づいてくる。小さな町だとはサーシャから聞いていたけど、僕からしたら大きな町だ。遠目から見ると、町の中央に大きな川が流れてるのがわかる。その川に沿って、水車がいくつも並んでいる。

 さあ、もうすぐだ! というところまで来たそのとき、目の前にザッと何かが現れた。

「! 魔物か!」

 魔物たちの群れが、僕の前に立ちはだかる。僕はバイオリンを胸から出すイメージを浮かべた。すうっと現れるバイオリン。それを手に取って、音を鳴らす。昨晩のあのときみたいな、軋んだ音は出なかった。バイオリンの透明な音色が辺りに鳴り響く。僕は火をイメージした。瞬間、辺り一面が業火で覆われた。聞こえるのは、魔物たちの断末魔の叫び。

 やがて、火が消えると、魔物たちは全滅していた。というか、消炭もなかった。草むらは黒く焦げ、こんな風にしちゃってまずかったかなあ、だなんて思ってると、ちらりと物陰に何かが見えた。

「何者だっ!」

 僕がバイオリンを構えて言うと、それ――いや、その子はおずおずと顔を出した。

 年齢は、8歳くらいだろうか。緩やかにウェーブした長い金髪の少女がそこにいた。なんだ、人間か、と思い、僕はバイオリンを胸にしまうと、その子に近づいた。

「こんなところにいたら危ないよ。君、モルド町の子?」

「……うん」

 その子はもじもじしている。僕が「どうしたの?」と聞くと、彼女は俯きがちにこう言った。

「また、お父さんとお母さんに怒られちゃう……勝手に町の外に出るなって、散々言われてるのに……」

 泣きそうになってる彼女に、僕はその頭へポンと手を置くと、にこりと笑って言った。

「君のお父さんとお母さんには、僕も一緒に謝るよ。だから、行こうよ。道案内を頼みたいんだ。僕、ここらへんに来るのは初めてだからさ」

 そう言うと、その子は顔を上げた。

「一緒に謝ってくれる? 本当?」

「本当だよ」

「お父さんとお母さん、許してくれるかなあ」

「許してくれるさ。だって、かわいい子供のことなんだし、こうして無事だったわけなんだからさ。でも、もう一人で町の外には出ちゃいけないよ」

 努めて優しい声音で言うと、少女は少し涙目になりながら頷いた。

 少女は控えめに僕の手を握った。僕も、その手を握り返す。

「君、名前は? 僕はルナ」

「アリスっていうの」

「アリスちゃんかあ。いい名前だね」

 それからは魔物も出ず、町まですぐに行けた。

 町の中に入って、僕は新鮮な驚きを味わった。

「わあ、すごい! なんか見たことないものがたくさんある! ねえ、アリスちゃん。あそこにある、透明な箱みたいなのは何?」

「電話ボックスだよ。ルナお兄ちゃん、電話、知らないの?」

 当たり前のことを聞くなとでも言わんばかりの態度に、僕は苦笑いした。豊作村にはなかったもんなあ、電話なんてものは。

「電話って、何ができるの?」

「遠くにいる人とお話しができるの」

 なるほど。サーシャの石のようなものか。使い方はあとで誰かに教えてもらうとしよう。

 と、そのとき、遠くからアリスちゃんの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。アリスちゃんがびくりとして、僕の後ろに隠れる。その人は、だんだんこっちへ近づいてくると、僕たちの前に立った。

「アリス! 心配したんだぞ! また町の外に勝手に出て!」

 その男性は、プンスカと怒っていた。アリスちゃんがじっと僕を見上げてくる。

「あの~、アリスちゃんのこと、どうか許してあげてはくれないでしょうか? 魔物は、追っ払いましたし」

「んん? 君は……?」

「ルナ・スカーレットと申します。道中、アリスちゃんと出会って、この町まで道案内をしてもらったんです」

 そう言うと、彼は僕をじっと見つめて、それから手を握ってきた。

「そうか、そうか! 君が魔物からアリスを守ってくれたんだな! 感謝してもしきれないぞ! ありがとう!」

「いや、そこまで感謝されるようなことでは……ほら、アリスちゃんも、言うことがあるだろ?」

「……ごめんなさい、パパ」

 豊かな金色の口髭をはやしたその男性――もとい、アリスちゃんのお父さんは、アリスちゃんを抱き上げた。

「本当にありがとう。ええと、ルナくん。君は魔法師なのかい?」

「はい。一応、ですけど」

「アリスも運がよかったなあ。偶然魔法師さんが通りがかるなんて。これに懲りたら、もう勝手に町から出てはいけないよ」

「うん、パパ。アリス、約束する」

 穏やかな家族の会話。僕は、自分の家族のことを思い出す。僕たちも、こんな風に見えていたのかな。

「ああ、自己紹介がまだだったね。私はピエール・シュミット。それで、よかったらなんだけど、今から家に来ないかい? 妻のアリソンも、アリスのことを大層心配していてね。君がアリスを助けてくれたんだって言ったら、きっと喜ぶに違いないんだ。よし、決定だ!」

 そう言うと、ピエールさんは僕の腕を掴んで、僕を引きずるように歩き始めた。

「あ、あのっ、ちょっと!」

「はははっ! アリスを助けてくれた恩人だ! ルナくん、君はいずれ偉大な魔法師になるぞ!」

 ダメだ、この人、話を聞いちゃいない。

 まあ、でも、いっか。この町に来てどうすればいいかまで、サーシャは言わなかったし。

 僕はそのままアリスちゃんの家へと連行された。

 その家を見て、僕は感嘆の声を上げた。町に入ってから思っていたことだったが、この町、建物が煉瓦造りなのだ。豊作村では木でできた家が主流だった(というか、そういう家しかなかった)から、僕は素直に感動した。

 ピエールさんが家の扉を開ける。すると、バタバタと駆け寄ってくる誰かがいた。

「アリス! アリスは!?」

 ベルベットの髪をした女性が、ピエールさんに抱えられているアリスちゃんを見て、「ああ、よかった……」と呟いた。

「ルナくん、妻のアリソンだよ」

「あ、その、はじめまして。ルナ・スカーレットと申します」

 アリソンさんは、僕をじろじろ見ると、「あなた、魔法師さんね!」と言った。

「うちのアリスを助けてくれたのね。まあ……どうやってお礼をしたらいいのかしら……」

「いやいや、お礼だなんてとんでもない! 僕はただ、魔物を倒しただけで……」

「ご馳走を振る舞えばいいのかしら……いや、それとも……」

 夫婦揃って人の話を聞かない人たちだなあ!

 でも、まあ、ご馳走が食べられるなら、それでもいっか。

 と、思ってると、おもむろにピエールさんが言った。

「ルナくん、君は旅人かい?」

「ええ、まあ」

「夜はどこで過ごす気なんだい?」

「宿に泊まろうと思っています。お金なら、少しはありますから」

 ピエールさんの目がキラリと光った。

「それなら、家に泊まればいい! 幸い、客室も綺麗にしてあるしな! アリスの命の恩人だ、それくらいのことはさせてくれ!」

「ええっ!? いいんですか!?」

「もちろんだとも! さあ、ゆっくりしてくれていいんだぞ! ほら、アリスも嬉しいだろう?」

 アリスちゃんは、顔を少し赤くして頷いた。かわいらしいことだ。

「ところで、君は魔法師なんだったね」

「はい」

「優秀な魔法師なんだろうね、ルナくんは」

「いやあ、そんなことはないですよ。僕、実のところ、魔法というものがまだよくわかってなくて。僕にあるのは、このバイオリンだけですよ」

 そう言ってバイオリンを出すと、ピエールさんとアリソンさんは、まじまじとバイオリンを見た。

「綺麗なバイオリンね。こんなにも美しいバイオリンは初めて見たわ」

「ああ、まったくだ。美しい代物だ。……ところで、ルナくん。君は、自分については知っているのかい?」

「え、僕について、ですか……?」

 僕が聞くと、ピエールさんが頷いた。

「この世界には、魔法師じゃなくても魔法が使える人たちがいる。君にも覚えはないかい? そういう人たちはみんな、簡単な火の魔法や水の魔法を使ったりしているだろう? この町の水車だって、あれは魔法で動かしているんだよ。だから、自分にある魔法力の量を知ることは、自分を知ることに繋がるんだ。この町では、そういう魔法が使える人たちは、魔法力の量によって、職業が与えられていると言っても過言ではない。

 それで、提案なんだが、この家には、魔法力を測る機械があるんだ。よかったら、測ってみないかい?」

 僕自身の魔法力の量、かあ……。

 こっちは一度命を狙われた身だからなあ。数値を知るのが少し怖い。

 でも、確かに、自分のことをよく知ることは大切なことだろう。

「わかりました。測らせてください」

「よし! じゃあ、二階へ行こう!」

 僕はピエールさんについて、二階へと上がる。後ろからアリスちゃんがとてとてとついてくる。

「はは! アリスはルナくんのことがよっぽど気に入ったんだな!」

「もう、パパ! からかわないでっ!」

 顔を真っ赤にして言われても、かわいいだけだ。歳下の子って、かわいいよなあ。

 そして、測定器のある部屋まで辿り着くと、僕はその機械をまじまじと見つめた。腕を筒のようなものにいれるだけの簡単な機械だった。

「さあ、ここへ腕を入れてごらん」

 僕は腕を入れる。ウィーンと鳴り出した機械が、淡く光って、何やら僕の腕に圧をかけてくる。不思議な感覚だ。

「おかしいな、そろそろ測定結果が出てもおかしくはない頃なんだが……」

 ピエールさんがそう言ったそのとき、ビビーッ! と機械が鳴った。

『測定不能。魔力量が多すぎます。測定不能。魔力量が多すぎます』

 それを聞いて、静まり返る室内。ピエールさんは驚いた顔をしてるし、アリスちゃんも不思議そうな顔をしている。

 そのあと、何回か測り直してみたけれど、結果は同じだった。

 扉が開いた。入ってきたのはアリソンさんだった。アリソンさんは微笑んで言った。

「測定器の音、一階まで聞こえてきたわよ。この機械は精巧で、どんな人の魔力も測れるはずなんだけど……。どうやら、私たち、ものすごい魔法師さんを招いてしまったみたいね」

 アリソンさんは微笑んでいた。

「あのバイオリンからも、強大な力を感じたわ。天下無敵ってところかしら? ルナくんにとっては、どんな魔物も一瞬で退治できちゃうでしょう?」

 確かにその通りだったから、僕は何も言えなかった。いや、この先もっと強い魔物が現れる可能性はあるけど……。

 夜になって、僕とピエールさん一家は食卓についていた。アリソンさんが気合を入れて作ってくれたご馳走は、どれも美味しかった。これが、母の味か、だなんて思う。僕は母さんを思い出して、少し潤みかけた目を欠伸で誤魔化した。

「眠いのかい? 客室は好きな部屋を選んでくれればいい。ゆっくり寝ておいで、ルナくん」

 ピエールさんの優しい目元。僕は今度は父さんを思い出す。温かな家族。一等尊いもの。壊されてしまった僕の家族のことを思うと、ピエールさん一家は永遠に幸せであってほしいと思った。そう願った。

「ルナお兄ちゃん、寝るの?」

「うん。結構歩いたからね。ちょっと疲れてるかなー、なんて」

「アリスも一緒に寝ていい?」

 アリスちゃんからのかわいいお願い事を、僕は笑顔で承諾した。

「アリスは本当にルナくんが大好きになったんだなあ。初恋か?」

「もうっ! パパってば!」

 顔を赤くして否定するアリスちゃん。やっぱりかわいいなあ、と思う。

 客室はこざっぱりとしていて、綺麗だった。アリソンさんが、毎日掃除をしているのかもしれない。

 僕とアリスちゃんはベッドに入ると、二人向き合って寝転んだ。

「ねえ、ルナお兄ちゃん。ルナお兄ちゃんは、旅人さんなんだよね」

「そうだよ」

「じゃあ、いつかはこの町を出ていっちゃうの?」

「んー、まあ、そうなるんじゃないかな」

 僕が言うと、アリスちゃんは黙り込んでしまった。目がうるうるしている。こんなにも自分に好意を寄せてくれている少女を置いていくのは心苦しいけど、僕は前へ進まなきゃいけない。

「ごめんね」

 僕の言葉に、アリスちゃんは「いいの」と言った。

「アリス、ルナお兄ちゃんがどこかへ行っちゃっても、ルナお兄ちゃんのこと、忘れないから。またいつか、この町に来てくれるって信じてるから」

「……そっか」

 僕はアリスちゃんの頭を撫でた。

「さあ、寝よう。明日も朝からアリソンさんお手製の朝ごはんが食べられるんでしょ?」

「ママの作るご飯はみんなおいしいの。でも、今夜ほど豪華なご飯は滅多にないよ」

「そっかあ。それは楽しみだね。……じゃあ、おやすみ、アリスちゃん」

「うん。おやすみ、ルナお兄ちゃん」

 アリスちゃんが目を閉じる。すうすうと寝息が聞こえてきたところで、僕は改めてあの機械のことを思い出していた。

 測定不能なほどの僕の魔力。あの忌々しいミリアが言っていた言葉。それらを思い出して、僕は身震いした。

 僕、本当にとんでもない奴なのかもしれないな……。

 なんだか、実感がわかないけど、僕は自分が特別であることをもっと自覚したほうがいいのかもしれない。

 そんなことを思いながら、僕は眠りについた。

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