表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/27

第5章4 反抗

第5章 反抗



 寝覚めは最悪だった。寝汗をびっしょりとかいていた僕は、浴室でシャワーを浴びた。

 シャワーを浴び終えて、濡れた髪の毛のまま部屋へ戻ると、召使さんが朝食を運んできていた。当然だが、口にする気にはなれない。僕はほかほかと湯気を立てているスープを見て腹をぐうと鳴らした。その腹を叩いて、僕は備え付けてある本棚へと向かった。

 本棚には、斉国の言葉で書かれた本ばかりが入っていた。何か読めそうな本はないかと探していると、ふと目に入ったのは、古びた一冊の本だった。その本を手に取って、ページをめくってみる。

「これは……古代アカデメリス語……?」

 文字は読めなかったが、絵が描かれていた。

 七人の人間と、その中心に描かれている太陽。

 ――七人の賢者……――

 ――最後の一人……――

 ――神が残せし最後の……――

「…………っ!」

 僕は思わず本を取り落としていた。あれは夢だったはずだ。

 でも、こんな偶然の符号がありえるだろうか?

 そのとき、扉が開いて、召使さんが入ってきた。今日も手をつけられていない食事を見て、召使さんは少し悲しげな顔をすると、お盆を持って去って行った。

 アンネやミオ、ロデカは無事だろうか。心配すぎてどうにかなりそうだ。もしあの三人に何かあったら、僕は今度こそヤンファンとリーフェンを殺しかねない。どうか、無事でいてくれ、と願うことしかできなかった。

 ヤンファンは、アンネとミオは無事だと言ったが、あんな奴の言うことなんか信用できない。それに、ロデカについては何も教えてもらってない。全員が無事だとわからないとなると、僕は気が気じゃないのだ。

 僕は昼ごはんにも手をつけなかった。お盆を下げにきた召使さんが、僕のほうを見た。

「食べ、ないと、力、出ない、よ?」

 たどたどしい言葉でそう言う召使さん。

「いいよ、ほっといてくれよ。さっさと出て行って」

「でも……」

「出て行けってば!」

 召使さんがびくりとした。彼女はまた泣きそうな顔をしたあと、お盆を持っていなくなった。

 あーあ、八つ当たりなんかして、僕って最低だ。わかってるんだ。

 でも、何かに当たり散らして発散しないと、頭がおかしくなりそうなんだ。

 僕はもう一度古書を手に取り、ページをめくり始めた。

 七人の人間が、楽器の前に立っている絵があった。その中に、バイオリンがあった。

「七人の賢者、か……」

 あれは夢だと思ってたはずだったのに、今になってあれは現実だったのだと思い始めている僕がいた。

 いや、でも斉国なんかに、なぜこんな本が?

 僕は本棚に本をしまうと、ベッドに横になった。

 何も食べていない上に、何も飲んでないせいで喉がからからだ。僕は洗面台で水道水を飲む(さすがに水道水にまで薬は盛らないだろう)と、またベッドに横になる。

 寝ることしかやることがなくて、僕は眠った。見た夢は、昨晩と同じ夢だった。

 だが、ミリアの顔からヤンファンの顔に変わったとき、嬉々として刃を振り下ろしている僕がいた。

 そうだ、僕はヤンファンが憎いんだ。

 そして、顔はリーフェンに変わった。またしても刃を振り下ろす僕。

 殺してやる……そのときの僕の頭の中には、それしかなかった。

 夜ご飯にも、僕は手をつけなかった。召使さんが悲しそうな顔をしている。

 なかなか去らない彼女に、僕は「何?」と聞いた。

「食べ、ないと、身体、壊すよ?」

「いいんだよ、ほっといて」

「私、心配、だよ?」

 心配。そんな言葉を、この状況下で、斉国の人間から聞けるなんて。

 なんという皮肉だろう。

「心配なんかいらないよ。斉国の人間からの心配なんていらない」

 僕が言うと、彼女は泣き始めた。少なからずおろおろする僕。

「どうして君が泣くのさ」

「私、誰も、死んでほしく、ないよ」

 リーフェン側の人間のくせして、何を言い出すんだ、この召使さんは。

「ちょっと食べないくらいじゃ、人間は死なないよ」

「でも、心配、だよ。私たち、一生懸命、作ってる」

「そう。無駄な努力をご苦労様。さっさと消えてくれるかな」

 僕が言うと、彼女は泣きながらお盆を下げていった。

 なんだか悪いことをしてしまったような気がして、もやもやする。

 リーフェン側の人間に対して、こんなことを思う必要なんてないっていうのに。

「悪者側の善人って、タチが悪いよなあ……」

 そう呟いて、僕はベッドへ向かった。

 ベッドで丸くなっていると、トントンと扉が叩かれた。またヤンファンか、と思い、僕は、

「帰れ! お前と話すことなんて何もない!」

 と叫んだ。

 だが、聞こえてきた声は違う声だった。

「これはこれは……随分な挨拶じゃのう」

「っ! リーフェン……!」

 リーフェンは扉の向こうで笑っている。

「何をしにきた!」

「そなたに言いたいことがあってな」

「さっさと言えよ!」

 リーフェンはくすくすと笑いながら言った。

「そなた、ご飯を食べてないようじゃな」

「当たり前だろ! お前たちが出す料理なんか、食べられるか!」

「それは残念じゃ。味には自信があるんじゃがのう……」

 そんな呑気な会話をしにきたわけじゃないだろうに、この女は焦らすようなことをしてくれる。

「みんなは無事なのか!? アンネは!? ミオは!? ロデカは!?」

 リーフェンは余裕たっぷりに答えた。

「みんな無事じゃよ。人質のほうにも、そなたたちと同じような部屋を用意させた。快適に過ごしてもらっとるはずじゃ。それだけは信じてもらってよいぞ」

 それより、とリーフェンが言う。

「そなた、ちゃんと食事をとれ。そうでないと、いざ戦地へ赴いた際に、力が出せんぞ」

「だから、食べないって言ってるだろ!」

「かっかっか! みんな、やることが一緒じゃのう」

 やることが一緒……?

 まさか、アンネやミオ、ロデカも食事に手をつけてないのか!?

「信用されないというのは悲しいことじゃな」

「どの口で言ってんだ、この年増!」

「妾はまだ十九歳じゃぞ。そなたとそう変わらんじゃろう」

「四歳も差があったらもうおばあさんなんでね……!」

「まあ、よい。そなたには、伝えることがあって来た」

 ようやく本題に入るってことか。

 前置き長いわ!

「明日の敵襲で、あの小娘二人を戦地に行かせる」

「なっ……!」

 僕は驚いて一瞬声が出なかった。

「アンネとミオが行くなら、僕だって行く!」

「わがままを言うでない、小僧。そなたは妾の切り札じゃ。もっと大規模な侵攻があったときに、利用させてもらうとするかのう。かっかっか!」

 僕は扉をドンと叩いた。何もできない自分が恥ずかしかった。

「伝えたかったことはそれだけじゃ。よく眠ることじゃな」

 そう言って、リーフェンは去って行った。

 クソッ、アンネとミオが戦場に……!

 なぜ二人がピンチのときに、僕はそばにいられないんだ!

 二人は明日、人殺しを余儀なくされる。

 間違いなく、心の傷になるだろう。

 そんな目には合わせたくないのに。

 つらい思いをしなきゃいけないなら、それは僕だけでいいのに……。

 やっぱり、こんな部屋で大人しくしているよりも、ここから抜け出す方法を考えるべきだ。

 この部屋を、明日アンネたちがいないだろう時間を見計らって爆破するか、それとも誰かを――たとえば、あの召使さんを殺して、こっちが本気だとリーフェンたちに思わせるか……。

 まあ、選ぶとしたら前者だよなあ。

 あの召使さんを殺したほうが、僕の本気度合いがわかりやすそうな気もするけど。

 僕は布団に入ると、決意を固めた。

 明日、僕はここから脱出する。この部屋を爆破する。

 ロデカはきっとここから遠い部屋にいるはずだ。メテオくらいなら、ロデカを巻き込む心配はないだろう。

 と、そのとき、召使さんが部屋に入ってきて、何かいい香りのする瓶をテーブルに置いて出て行った。

 アロマでも焚いてよく寝ろってか。子供扱いしやがって!

 だが、その香りを嗅いでいるうちに、どんどん眠くなってきて。

 気がつけば、僕は眠っていた。

 目を覚ました僕は、相変わらず食事には手をつけなかった。召使さんは悲しげな顔をしている。彼女は何も言わずにお盆を下げていった。

 それからしばらくすると、トントンと扉が叩かれた。

「誰だ」

「俺だよ」

 ヤンファンか……!

 今度は何を言いにきた!?

「なんの用だ」

「お前、飯食べろよ。もう五日も何も食べてないんだぜ?」

 五日……五日!?

 僕の体感時間では、まだこの部屋に閉じ込められてから三日くらいのはずだ。

 五日って、どういうことだ!?

「お前、僕に何をした!?」

「あのお香、よく眠れただろ」

 僕は振り返って、お香の瓶を見る。

 そういうことか……あのお香は、僕を強制的に眠らせるためのお香だったんだ!

「やりやがったな、この野郎!」

「おっと、怒るなよ。お前に伝えたいことがあって来たんだよ、俺は」

 ヤンファンが言う。

「アンネちゃんとミオちゃんは無事だ。怪我もない」

「嘘じゃないだろうな!?」

「俺はそんな悪趣味な嘘はつかない」

 それを聞いて、少しほっとした僕。

「だが、戦場ではまったく役に立たなかったな。誰も殺さないんだからよ」

 そうか……アンネもミオも、誰も殺していないのか……!

 あの二人は、人を殺すような人間じゃなかったんだ! 

 信じてたぞ、僕は!

「まあ、その分お前に働いてもらうぜ。俺が言いたかったのはそれと……あとは、まあ、飯を食えってことくらいだな」

「お前たちは信用できない。お前たちの出したご飯なんか、食べられるわけがない……!」

「弱った身体で戦場へ行って、下手をしたら死ぬのはお前だぜ? 死にたくないなら飯を食え。じゃあな」

 ヤンファンはそう言うと去って行った。

 僕はテーブルに向かうと、お香の瓶を引っ掴んで、思い切り床に叩きつけた。

 ガシャーン! と派手な音が鳴る。

 それを聞いたのか、召使さんが部屋に飛び込んできた。

 そして、僕と割れた瓶を見ると、僕に駆け寄って来て、僕の手を取ってじろじろ見始めた。

「だい、じょう、ぶ? 怪我、ない?」

 彼女の瞳には僕を心配する気持ちがありありと込められていた。

「ないよ、大丈夫」

「よか、った」

 彼女はそう言うと、ささっと床を片付けて、部屋を出て行った。

 ……僕は一瞬でも、彼女を殺そうと考えたのか。

 この孤独の中で、唯一僕を心配してくれる彼女を。

「僕って、最悪だな……」

 そう呟いて。

 僕はベッドへ向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ