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第4章2 謎の魔導書

第4章 謎の魔導書



 夢を見た。巨大な岩に押し潰される夢だ。なんて悪夢だ……と思いながら、意識がだんだんと浮上していく。すると、腹にずっしりとした重みを感じた。手でその腹の辺りに触れてみると、温かな感触。

 僕はパチっと目を覚ました。ヤンファンが、超至近距離で僕の顔を見ていた。

「うわああああああああっ!」

「はっ! 何!? なんなの!?」

「うーん、朝から騒々しいよ、ルナ」

「ろ、ロデカ、びっくりしちゃったっ!」

 僕以外の一同は寝ぼけ眼のまま、僕のほうを見る。そして、「やあ!」と言ったヤンファンを見た。

「あ、あんたねえっ! また勝手に入ってきたわけ!?」

 一瞬にして覚醒したらしいアンネが、ヤンファンに掴みかかろうとせんばかりにヤンファンににじり寄る。

「まあまあ。何も盗んでないって」

「そういう問題じゃないのよ!」

 ロデカもどうやら完全に起きたらしい。寝ぼけているのはミオだけだ。ヤンファンは僕の上からどくと、ミオに近づいた。

「ああ、プリンセス……目覚めには、王子様のキスが必要だったね……」

「やめなさいよ、この変態男! ミオにそれ以上近づいたらあたしが許さないわよ!」

「もう、アンネちゃんは頭が固いな。だからモテないんだよ」

「モテっ……! よ、余計なお世話よ!」

「声だってうるさいし」

「余計なお世話よー!」

 騒々しい朝を迎えた僕たちだった。

「いやあ、昨日はよく眠れなかったんだ! 俺の愛しいお姫様のことを考えると、目が冴えちゃってね!」

「あたしはあんたに永遠に眠っててほしかったわよ!」

「まあまあ、そう言わずに。ね? ミオちゃん」

「いや、僕は……」

 相変わらず困惑してるミオ。

 まあ、そりゃそうだよな。こんな得体の知れない男から熱烈なアプローチを受けても困るだけだ。僕だって困る。

「ミオったら、タチの悪い男に目をつけられたみたいね」

「そうだね」

 僕に近づいて小声で言ったアンネに、僕はそう返した。

「で、ヤンファン。何か用があって来たの?」

 僕が聞くと、ヤンファンは満面の笑顔で言った。

「マイプリンセスに会いにきたに決まってるじゃないか!」

「悪いけど、帰ってくれない? 僕たち、今日は本屋に行くから」

「本屋? ああ、それなら俺、昨日見つけたよ。よかったら案内するぜ」

「あんたの力なんて借りないわよ!」

「アンネちゃんは強情だなあ。女は慎ましやかなほうがいいんだぜ?」

「じゃじゃ馬でもいいでしょうがー!」

 なんて喧しい朝なんだろう。なんか頭が痛くなってきた。

「まあ、冗談はともかく、だ」

 ヤンファンが言う。

「お前らは、この街に魔導書が売られてるってのは知ってるか?」

「魔導書? 知らないけど……どんなものなの?」

 僕が聞くと、ヤンファンは「魔導書も知らないなんて……」と呟いた。

「魔導書っていうのは、持ってたり使役したりすると、自分の魔法に付加価値を持たせることのできる書物のことだ。滅多にお目にかかれるもんじゃないが、この街にはあるらしいぜ」

「それをわざわざ僕たちに伝えにきたの?」

「だって、お前、本屋行きたいんだろ? 俺も行きたいし、ちょうどいいじゃん。だから、この優しい俺が案内してやろうって言ってんだ。悪くない提案だろ?」

「そんなこと言って、ミオと一緒にいたいだけでしょ!」

「あらら、バレちゃった?」

「バレバレよ!」

 アンネとヤンファンがギャーギャーと言い争いを始める。内容が平和なだけに、放っておいても問題はなさそうだけど。

 ちなみに、先ほどから喋らないロデカは、部屋の隅でぷるぷる震えていた。どうやらヤンファンが怖いらしい。

「俺の目的は、強力な魔導書を手に入れて領主様の元へ帰ることなんだ。直々のご命令だよ。そんなわけで、お前らと利害が合致してるわけ」

「別に、僕たちは魔導書がほしかったわけじゃないよ」

「ありゃ? そうなのか? でも、持ってて損はしないぜ。ていうか、もう気になってんだろ?」

 確かに、気にはなる。

 その魔導書に、魔法のコントロールのし方とか書いてあれば、僕は一歩前進できるわけだし。

「その魔導書を持っていれば、あたしの魔法もより強力になるってわけ!?」

「さあね~。魔導書にも相性があるからな。自分に合った魔導書を見つけるのは、なかなか至難の業だぜ」

「あっそ! あたしなら、ちゃあんと見つけてみせるわよ! ミオとロデカも気になるわよね!?」

「うん。僕も、もっとみんなの役に立ちたいから。魔法が強くなるっていうのは、魅力的だな」

「ろ、ロデカも、もっと強くなりたいっ」

「じゃあ、決まりよ! 早速行くわよー!」

 そして、一旦部屋からヤンファンを追い出して、着替えを済ませた僕たち(ちなみに、女性陣が部屋で着替えているので、僕は狭い浴室で着替えることをいつも余儀なくされているのだった)は、外に出る支度をした。

「んじゃ、行こうか」

 ヤンファンが前を歩き出す。

「あんた、しれっとあたしたちの中に入ってるけど、なんなの!?」

「何言ってるんだよ、俺ら、もう仲間みたいなもんだろ? 人との縁は大事にしたほうがいいぜ」

 頬を膨らませるアンネ。怒ったときに頬をぷうってさせるの、アンネの癖だよな。

 そして、街中をうろうろすること二時間。

「見つからないじゃない! 本屋!」

「あれれ~? 昨日はこの辺りにあったはずなんだけどなあ……」

「ヤンファンは忘れんぼさんなのか?」

「そうさ! 俺は忘れんぼさんなんだ、マイプリンセス!」

「ひいっ! ろ、ロデカ、この人苦手だよっ!」

 これだけ探しても見つからないなんてことは、普通はないだろう。

 こんなにも大きな街だし、それこそ大きな書店とかあってもいいはずなのに。

 と、そのときだった。

 ――ドクン――

 胸の奥にしまってあるバイオリンが、何かを僕に訴え始めた。僕は目を横にやって、路地裏のほうを見る。

 ――ドクン、ドクン、ドクン――

 あそこに、何かあるのか……?

 ふらふらと路地裏へ向けて歩き出した僕の背中に、「ルナ!」とミオが声をかけた。でも、その声は僕の足を止められなかった。後ろから慌ててついてくるみんなの足音がする。

 そして、その路地裏。

 そこに、小さな書店があった。

「へえ、こんなところにも本屋あったのか。俺、昨日は全然気づかなかった、というか、気づく前に行き倒れちゃったというか」

 僕は扉に手をかける。軋んだ音と共に、扉が開いた。

 古臭い書物の匂いが充満していた。中に入ると、バイオリンの鼓動はますます激しくなっていく。

「わあ、すっごいな、これ! 魔導書ばっかりだぞ!」

 そんなヤンファンの声も耳に入らない。

「ロデカは本が苦手だから、外で待ってるんですって!」

「そうなのか。ロデカは本が苦手なのか」

 アンネとミオの声だって、僕の耳には届かない。

 僕は狭い書店の奥へと進んでいく。

 ――ドクン――

 一際大きく胸が鼓動を打った。ふと見上げると、何やら虹色の石の飾りが背表紙についている魔導書が見えた。僕はそれを手に取る。表紙にも石がはめ込まれていた。でも、相当な年代物なのか、紙なんかはボロボロだ。

 その本を手に取った瞬間に、胸の鼓動が止んだ。バイオリンが求めていたものはこれなのか?

 まあ、いい。とりあえず買ってみよう。僕はレジに魔導書を持っていく。すると、店員さんが不思議そうな顔をした。「こんな本、うちにあったっけな……」彼はそう言ったが、首を捻っただけで簡単に売ってくれた。

 それから僕は、ミオと一緒に本を探した。この書店にあるのは魔導書だけではないらしい。ミオが好きそうな神話の話などが載っている本を一冊と、ミオが直感で選んだという魔導書を買う。アンネも、じっくりと本棚を物色して、好みの本を見つけたらしく、それを買っていた。

 書店から出ると、ヤンファンはすでに外にいた。ロデカをからかって遊んでいたらしい。涙目のロデカに抱きつかれて、アンネがまた怒るという展開を迎えてから、僕たちは宿に戻った。

 宿に戻って、僕たちはさっそく戦利品たちを袋から引っ張り出した。まず、ミオが買ったのを見ようとしたとき、アンネが出し抜けに言った。

「なんであんたまでここにいるのよ!」

 そこには、当たり前のようにヤンファンがいた。ヤンファンは、昨日僕たちが買ってきたフルーツを勝手に食べながら、「いいだろ、別に」としれっと言った。

「よくないわよ! ミオに寄り付く変な虫はあたしが払うわ!」

「俺とミオちゃんは、運命の赤い糸で繋がれてるんだぜ!? アンネちゃんごときにこの糸が切れるはずがない!」

「そんな糸なんてはなっから存在してないわよ、この夢見がちバカ男! いいから帰って!」

「まあまあ、アンネ。書店は僕が見つけちゃったけど、案内しようとしてくれてたのは事実なんだから」

「ルナがそんなんだから、こいつが調子に乗るのよ!」

 ぷんすか怒るアンネは置いといて。

 僕とミオは魔導書を開いた。そこには、水の魔法について書かれていた。

「水の魔法かあ。僕、水の魔法は結構得意だよ」

「じゃあ、これでもっと強くなれるかもしれないね」

「うん。ありがとう、ルナ」

「さすがは俺のお姫様! 直感で選んだものが、自分に合ったものだったなんて!」

「あんたは黙ってなさいよ!」

 次に、アンネが買った魔導書を開く。そこには、火の魔法について書かれていた。

「あたし、火の魔法が得意だから、これを選んだの! もっと威力のあるメテオを放てるようになりたいしね!」

「そっか。アンネもいい本が買えたんだね」

 そして、次に僕が地味に買っていたロデカへの本を開く。本が苦手だというロデカも、近寄ってきて本を見る。

 そこには、魔法陣について書かれていた。

「ロデカ、魔法陣の書かれた書物、燃やされちゃったって言ってただろ? だから、新しいの買ってきたんだ。余計なお世話だったかな」

「そ、そんなことないよっ! ロデカ、嬉しいっ!」

 満面の笑顔のロデカに、心温まる僕だった。

「ちょっと、ヤンファン! あんたのも見せなさいよ!」

 アンネが言う。だが、ヤンファンは首を横に振った。

「悪いけど、これは戦争用の魔導書なんだ。人においそれと見せられるもんじゃない。わかってくれ」

「何よ、それ! つまんない! じゃあ、最後はルナの魔導書ね!」

 僕は魔導書を開く。だが――

「……何よ、これ! 読めないじゃない!」

 そこに書かれていた文字は、見たこともない文字だった。異国の魔導書でも買ってしまったのだろうか。

 でも、バイオリンは確かにこの本を示していた。だから、間違ってないはずだ。

「あんた、よく読みもしないで買ったわね!」

「あはは、まあ、そうなんだけどさ……」

「読めない魔導書なんて役に立たないわよ!」

 と、そこでヤンファンが近づいてきて、開かれた魔導書を覗き込んだ。

「これは……古代アカデメリス語だな」

「ヤンファン、読めるの?」

「読めるわけないだろ。今じゃ、この文字が読める人間はこの世界にもごくわずからしいぜ」

「どうすんのよ、ルナ!」

「どうするって言われてもなあ……」

 僕はなんとなしにページに手で触れた。

 その瞬間だった。

 魔導書が光り出し、部屋を虹色に染めた。

「きゃあっ! 何!?」

「何があったんだ!?」

「はわわわわっ! ロデカ、怖いよおっ!」

「おい、ルナ、ルナ! 大丈夫か!」

 みんなの声が聞こえてくる。けれど――

 ――最後の一人……――

 ――選ばれし者……――

 ――七人の賢者たち……――

 そんな声が頭の中に反響して、僕はきつく目をつむった。

 そして、次に目を開けたとき。

 僕は、まったく知らない場所に立っていた。


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