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桜拐い

作者: 鴇月



主人公 (N君) 文学部。顧問のA先生が好き。

A先生 主人公の初恋の人。近々結婚する。


いっそ、桜にでも拐われた方がよっぽどましだ。

僕は、桜をじっと睨み付けた。春もあと数ヵ月さえしたら夏へと移り変わり、あのじっとりとした暑さに悩まされるのかとますますじっと桜を睨み付けた。新入生が坂をぜいぜいと息を荒げて、僕を追い越して行った。

僕が桜を睨み付けたのには、訳がある。

名を伏せるが、Aという先生が好きなのだ。

が、所詮は生徒と教師なので気持ちなど伝えれず先生が結婚するという報告につい先日は良かったですねとベタな答え方しか出来なかった。

先生が好きに成る程ならば、余程良い人なのかもしれない。でも、僕はそんな知らない奴に取られるくらいならこの桜が吹雪を起こして、先生を拐った方が良いと思う。桜なら何故か許せそうだからかもしれない。

僕は心の中で、そう吐き捨てると坂を駆け上がった。


神様のイタズラというよりは悪ノリだろうか。

放課後の図書室で、僕と先生は二人きりになった。書類の整理にふんぎりがついて暇になったのか、先生はにっと笑って僕を見ると、

私は結婚したら、学校を離れるかもしれないと言った。僕は先生があまりにも唐突に言うものだから、棚に直しかけていた少し分厚い辞書を手から滑り落として自分の足へと叩きつけてしまった。

そんな僕を見て先生は笑った。

「そんなに動揺して、先生が居なくなるのが嫌なの?」先生は当然僕がどう思っているかも、はたまた今の発言に本気で動揺したことも知らない。じんわりと胸が痛んだら何故か同じタイミングで涙が出てきた。それは、足に本を落としたからとか立場を利用して、からかわれているようでたまらなく悔しいからとかじゃなくて、もしもそうなるのならば、もう先生がこの高校の何処にも居なくなるという事があり得るのが怖いから。まだ気持ちに整理なんてつけてなかったのに唐突に現実に直面したせいかわっと

泣き出した僕に今度は先生が動揺した。

「ご、ごめんね!驚くよねいきなりこんなこと言ったりしたら。足、平気?」

先生が、辞書の落ちた僕の左足に触ろうとしたとき、僕は先生の手を取った。

まずいとか、嫌われるとか色々とよぎったがそれよりも早くに、無意識のうちに手を取った。

「先生はずるいですね。本当にずるい。」

「どうして?」

遠くから野球部の掛け声がしている図書室で僕は先生の手を取って先生を見据えた。まじまじと見つめる間、お互いに無言だったが、僕が口を開いた。

「僕は、先生が…。」

「駄目だよ。」

言い終わる前に、先生は僕の手を軽く振り払って顔を背けた。あんまりだ、だから先生はずるいんだと言おうとした。けれど振り向いた先生は泣いていた。

「K君、駄目だよ。」

その言葉にひどく苦しくなって僕は先生を残し、鞄を手に図書室を出た。

………。

あの日から、授業以外に会うことも部活にも行かなくなった。

桜は吹雪など起こすわけもなく、葉桜になる。

先生のあの泣いた訳など、子供で未熟で、臆病な僕は聞けない。先生はきっと春休み後には居ないだろう。それは、僕のあの出来事のせいかもしれないし冗談が本当になったのかもしれない。

足の痣は夏まで消えそうにもない。

僕は桜ににっと笑って、どうか拐わないであげてと心のなかで呟いた。

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