7 王宮に招かれました
その後も私はレナルド様のためにランチのサンドイッチを作った。
いつもより早起きをしなければならないので、週に2日ほどだ。
レナルド様は酷いのは見た目だけで味は良いことを知ってしまったので、2回めからは何の躊躇いもなく私のサンドイッチを口に運んだ。
私がどうかと尋ねれば、「美味い」と答える。
そして代わりに食堂のランチを私に譲ってくれた。
初めのうちは私がバスケットの中からサンドイッチを取り出すたびに騒ついた周囲も、そのうち慣れてしまったのかあまり関心を向けられなくなった。
こうなってしまうと、わざわざ手をかけて美味しくなさそうに見えるサンドイッチを作る意味がわからなくなってきた。
普通に作るほうがずっと楽だけど、いきなり綺麗なサンドイッチを持っていくのは不自然すぎる。
ランチを作ること自体やめてしまおうかとも考えたのだが、私が作ったものを食べるレナルド様を見たいという欲求が勝った。
だけど、レナルド様はもうすぐ学園を卒業するから、サンドイッチを作るのもそれまでだ。
卒業後、レナルド様は本格的に王太子殿下の側近としてお仕事をはじめるのだろう。
そうなれば、今までのようには会えなくなってしまう。
いや、その前に婚約解消されて、2度と顔を合わせることはなくなるのだろうか。
恋愛小説の中では、卒業パーティーが断罪の場になるのが定番だった。
あのレナルド様が多くの人目のあるところで私に婚約破棄を告げるとは思えないが、やはり卒業と同時にというのは区切りをつけやすいかもしれない。
もうすぐすべて終わるのだと思うと、気持ちが沈んだ。
そんなある日、王太子殿下から王宮に招かれた。
「エリーズがフィヨン嬢に会いたがっているんだ。よかったらレナルドと一緒に来てくれ」
オードラン公爵令嬢エリーズ様は、王太子殿下の婚約者だ。
王太子殿下より1歳上なのですでに学園は卒業され、今は日々、王宮でお妃教育を受けていらっしゃるのだとか。殿下とはこの秋にご結婚の予定。
だけど、レナルド様と婚約解消目前の私が王太子殿下の婚約者にお会いしていいのだろうか。殿下もそれはわかっていらっしゃるはずなのに。
レナルド様の表情を窺えば、案の定、眉が寄っていた。王太子殿下も気づかれたようだ。
「レナルド、おまえ、どうせ休日は部屋に篭りきりなんだろ?」
レナルド様、やはり休日は人妻と濃厚な時間を過ごしていたのね。
でも、今回は王太子殿下が仰り出したことですから1日、いえ半日だけでも私にください。
「私も是非オードラン公爵令嬢にお会いしたいと思っておりました」
「何なら、フィヨン嬢がひとりで来ても構わないが」
レナルド様は嘆息してから承諾した。
次の休日、レナルド様が屋敷まで迎えに来てくださった。
学園の制服以外の格好でレナルド様と会うのは本当に久しぶりだった。
「いつも屋敷まで送っていただいていましたが、こうして迎えに来ていただいて一緒にお出かけするのは初めてですね」
そして、きっとこれが最後だ。
「そうだな。すまない」
レナルド様が申し訳なさそうな表情になった。
「別に責めているわけではありませんわ。レナルド様はお忙しいのに私のことまで色々と気にかけてくださいました。例えレナルド様が学園を卒業して会えなくなってしまっても、感謝の気持ちは忘れません」
私は寂しい気持ちをグッと堪え、笑顔で言い切った。
「その卒業後のことなんだが」
「はい」
いよいよ婚約解消の日が決まったのだろうかと、私は身を固くした。
「今までのように帰りに屋敷まで送ることはできなくなるから、毎朝、屋敷から学園まで送る」
「……はい?」
婚約解消はまだなの?
「でも、それではレナルド様はかなり遠回りになるのではありませんか?」
「大したことはない。その代わりというわけではないが、頼みがある」
「何でしょうか?」
バルニエ侯爵を一緒に説得してくれ、とか?
「これからもランチを作ってほしい」
ランチって、あの美味しいけど見た目は酷いサンドイッチのことですか? あれでいいんですか?
「王宮にも食堂はありますよね?」
「ああ。だから、毎日とは言わない。今までと同じく週2回くらいで構わない」
つまり、まだ婚約を解消できそうにないから、王宮でも婚約者の勘違い我儘ぶりを印象づけねばならない、ということだろうか。
「わかりました」
私が頷くと、レナルド様は口元を緩ませた。
やがて、馬車は王宮に到着した。
私が王宮を訪れるのはこれが2度めだ。
といっても、前回は3年前にたくさんの貴族子女が招かれて薔薇園で開かれたお茶会に参加した時なので、足を踏み入れたのは庭園だけ。
さらにいえば、私は薔薇よりも何種類も用意されていた焼菓子のほうが気になってしまい、途中で懐紙で包める分だけいただいてこっそり会場を抜け出し、運良く見つけたベンチに座ってゆっくりとそれを堪能したのだった。
さすがに王宮のお茶会で出される焼菓子は美味しくて、とても感動したことをよく覚えている。そして、今日もちょっと期待していたりする。
そんなわけで、王宮の建物内に入るのは私は初めてなのだが、レナルド様は慣れた様子で案内も請わずにどんどん奥へと入っていった。
時おりすれ違うメイドや騎士から咎められることもない。
もちろん王宮はかなり広いので、レナルド様を見失ったら私はきっと迷ってしまうだろう。
でも、レナルド様は私に合わせてゆっくり歩いてくれた。
私と一緒に歩く時のレナルド様はいつもそうだ。ランチを食べ終わって教室に戻る時も、放課後に教室から馬車へ向かう時も、初めての顔合わせでバルニエ家のお庭を案内してくれた時だって。
そうして、レナルド様だけを頼りに廊下を進み、階段を上がり、また廊下を進んだ先に王太子殿下のサロンがあった。
その中で王太子殿下とオードラン公爵令嬢が待っていらっしゃった。
オードラン公爵令嬢は嫋やかで美しく、まさに淑女といった印象の方だ。
オードラン公爵令嬢のお姿も薔薇園のお茶会の時にお見かけしていたが、ご挨拶するのは初めてだ。
ちなみに、王太子殿下のお姿を初めて拝見したのも同じお茶会でだった。
「レナルド様がなかなか会わせてくださらないからどんな方なのかと想像が膨らんでいたのだけれど、こんなに可愛らしい方だったのね。なるほど、出し惜しみするわけだわ。でも、これからは長い付き合いになるでしょうから、よろしくね。ええと、リリアーヌと呼んでいいかしら? 私のこともエリーズと呼んでちょうだい」
レナルド様と私が婚約解消する予定であることはご存知ないらしい。
「はい、エリーズ様、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」
「そんな風に固くならなくていいのよ。とにかく座って、美味しいお茶とお菓子があるからのんびりしていってね」
エリーズ様は外見の印象とは違って明るく笑ってよく話す方だった。
お隣にいらっしゃる王太子殿下が普段より柔らかい表情をされていて、政略結婚のための婚約者でも愛情は育まれるのだなと羨ましく思った。
美味しいお菓子をいただきながらのエリーズ様とのお喋りは思いのほか楽しかった。
さすが王太子殿下の婚約者だけあってエリーズ様は聡明で様々なことを知っておられ、私ももっと勉強して色々なことを学びたいという意欲が湧いてきた。
私がそう口にすると、エリーズ様はお薦めの本なども教えてくださった。
「リリアーヌも将来は侯爵夫人になるのだから、きっと役に立つはずよ」
「はい」
私が侯爵夫人ではなく料理人になったとしても、知識は無駄にはならないはず。




