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6 私にも特技があります

 翌日、教室でレナルド様と私のデートがさっそく噂になっていた。


「リリアーヌ様、昨日、バルニエ侯爵子息とカフェにいらしたそうですね」


「ええ、私が強請ったらレナルド様が連れて行ってくださったのです」


 私を囲んだクラスメイトたちが目配せし合った。きっと私の勘違いぶりに皆様が呆れているのだろう。


「まったく、リリアーヌ様とバルニエ侯爵子息は本当に仲がよろしいですわね」


 あら、反応が予想と違うわ。


「でも、私がどのケーキにするか迷っていたらレナルド様は3つも頼んでくださったのに、私がほとんど食べてしまったのですよ」


「惚気は結構ですわ。バルニエ侯爵子息がリリアーヌ様にだけお優しいのは皆知っていますから」


「ケーキもふたりで仲良く分け合って食べていらっしゃったのでしょう」


 別に惚気たわけではないのに。

 ケーキは私がひとり占めするべきだったのかしら。


 レナルド様は3種類を一口ずつしか食べていなかったのに「十分満足した」と言っていた。

 本当は甘いものなんてあまり好きではなくて嫌々私に付き合ってくれたのだろうに、別れ際には「また行こう」なんて社交辞令まで言うものだから、私まで本当に勘違いしそうになった。


「レナルド様は私の我儘を仕方なく聞いてくださるだけですから」


「婚約者なら当然ではありませんか。男性からすると、少し我儘なくらいが可愛いのだそうですよ」


 それが本当だとしても、もうすぐレナルド様に婚約を解消される私には関係ないことだ。


「でも、きっと私は子爵家の娘のくせに侯爵家の嫡男を振り回すなんて勘違いも甚しいと思われていますわ」


 周囲が皆キョトンとした顔になった。


「どなたがそんな酷いことを言ったのです? まさかバルニエ侯爵子息ではありませんわよね?」


「誰かに言われたわけではありませんが、皆様そうでしょう?」


「誰もそんなこと思うはずがありませんわ」


 誰も思わないないなんて、私の今までの努力は何だったの。

 私が呆然としかけた時、「そういえば」と声があがったので、縋る気持ちでそのクラスメイトを見つめた。


「3年生にいる従姉に聞いたのですが、無口無表情で何を考えていらっしゃるのかわからなかったバルニエ侯爵子息が最近ようやく人間らしく見えるようになったとかで、3年生の皆様がリリアーヌ様に一目置いているそうですよ」


 予想とのあまりの違いに愕然とした。




 昼休み、私は八つ当たり気味にレナルド様に言った。


「レナルド様、今度は美味しいチーズケーキのお店を聞いたんです。また一緒に行ってくださいますか?」


「すまない」


 あら、とうとう断られるのね。


「次の店は私が探すつもりだったのだが」


 違ったわ。


「それから、今週いっぱいは殿下を手伝わねばならない。週明けでもいいか?」


「もちろんです。それなら、明日は迎えも家の者に頼みますね」


「その必要はない」


「でも、お忙しいようですし」


「ケーキを食べに行く時間も作ろう」


 どうして、そうなるのだ。まさか、また殿下の予定を変えてしまうのだろうか。


「来週で結構です。私より殿下を優先してください」


「わかった。だが、屋敷までは送るからな」


 レナルド様が先回りしてしまうせいで私が我儘を言えないって、どういうことかしら。

 でも、今さら「レナルド様と人妻の幸せのためにやっているのだから、もっと婚約者に嫌々付き合っている感じを出して」と言うのも癪だ。




 こうして、毎日レナルド様と並んでランチをとり、屋敷まで送ってもらうのに加え、週に1度ケーキを食べに行くようになった。


 それにしても、食堂で偶然、王太子殿下とレナルド様の会話を聞いてしまってからもうずいぶんたつのだけれど、婚約解消されるのはいつなのだろう。

 まだバルニエ侯爵が許してくださらないのだろうか。

 もう人妻は諦めて、このまま私と結婚してくれないかしら。


 レナルド様は今では放課後の時間は毎日私に割いてくれている。休日には人妻と濃厚な時間を過ごしているのかもしれないけど。

 婚約した直後より話しもするし、表情も変わるようになったと思う。人妻の前ではまったく別人のようなのかもしれないけど。

 人妻だけが占めていたレナルド様の心の中に、今は少しくらい私の居場所があったりしないだろうか。ないわよね。


 かくなるうえはさらなる嫌がらせをと考え、私の秘かな特技を繰り出すことにした。




 ある日の昼休み、私は小さめのバスケットを抱えて食堂に入った。

 近頃レナルド様がいつも座っている席に姿を見つけ、真っ直ぐそちらに向かう。

 レナルド様の前にはもちろんランチのトレーが置いてあった。この日のメニューは美味しそうなチキンソテーだ。


「レナルド様、お隣よろしいですか?」


「ああ」


 私はいつものようにレナルド様が引いてくれた椅子に腰を下ろしてから、バスケットを開けた。


「あの、今日はレナルド様のためにランチを作ってまいりましたの」


 そう言いながらバスケットの中からランチボックスを取り出すと、蓋を開いてレナルド様に差し出した。

 その中身はお世辞にも美味しそうとは言えないであろう酷い見た目のサンドイッチだ。うん、かろうじてサンドイッチには見えると思う。

 レナルド様もわずかに瞠目した。


「これを、リリアーヌが?」


「はい」


 周囲にいる方々が私のサンドイッチを見て騒ついた。

 さすがにこんな見た目のサンドイッチを突き返したところで、レナルド様を悪く言う人なんていないはず。


 さあ、レナルド様、早く「こんなもの食べられるか」と怒ってください。

 そうしたら私は食堂から駆け出して、中庭あたりでこのサンドイッチを食べますから。


 だけど、優しいレナルド様は迷っているのか、サンドイッチを見て固まったままだった。

 仕方ない、私から引き下がろう。


「余計なことをして申し訳ありませんでした。どうぞ気にせずそちらを召し上がってください」


 私がサンドイッチをバスケットに戻そうとすると、レナルド様の手がランチボックスをガシッと掴んだ。


「いや、これをもらう」


「え?」


 驚く私の目の前で、レナルド様はサンドイッチを手に取り頬張った。

 何だか涙目になっているような。そこまで無理しなくてもよかったのに。


 正直に言うと、本当にレナルド様にサンドイッチを食べられてしまったのは、ちょっと拙い。

 レナルド様はサンドイッチを咀嚼しながら何かを考えるような表情になっていた。

 自分の手にあるものと、口の中で感じている味のギャップに理解が追いつかないのだろう。


 やがてサンドイッチを呑み込んだレナルド様が言った。


「美味い」


 周囲が再び騒ついた。きっと皆、レナルド様が私に気を遣っていると思っただろう。

 でも、おそらくレナルド様の言葉は本心からのものだ。

 その証拠に、レナルド様は手にあったサンドイッチをあっという間に平らげると、2つめに手を伸ばした。


 そう、私の唯一と言ってもいい特技は料理だ。


 昔から美味しいものを食べることが好きだった私はそれだけでは飽き足らず、しょっちゅう屋敷の厨房に入り込んでは美味しい料理がどんな風に作られるのかを眺め、ついには料理人たちに調理法を教わるようになった。

 今では、この先何かあっても調理の仕事を探せば生きていけるのではと思えるくらいだ。

 さらに、お菓子の作り方も習得中だったりする。


 とはいえ、貴族の娘が料理をするなど良い顔をしない方も多いだろうから、このことを知っているのは家族と我が家の使用人たちだけ。


 今日のサンドイッチはあくまでレナルド様に突き返されて自分で食べることを前提に作ったものだから、見た目は酷くても味は完璧に仕上げた。

 いや、私とすれば見た目も美味しそうなものを作るほうが簡単で、これはものすごく苦労して作ったサンドイッチなのだ。


 レナルド様に私の作ったものを食べてほしいけれどその機会はないだろうと思っていたのに、こんな形で叶ってしまった。

 美味しいと言ってもらえたことは嬉しい。でも、どうせなら見た目も完璧なものを食べてもらいたかった。


 だけど、美味しい食堂のランチが目の前にあるのに無理矢理とんでもない見た目の手作りランチを食べさせるというのは、なかなかの嫌がらせかもしれない。

 実際の味はレナルド様にしかわからないわけだし。

 しばらく続けてみようか。


「ああ、リリアーヌはこれを食べてくれ。まだ手はつけていない」


 レナルド様がランチのトレーを私のほうに移動させた。

 申し訳ないと思いつつ、勘違い令嬢らしくにっこり笑ってお礼を言い、見た目どおりに美味しくて温かいチキンソテーをいただいた。

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