5 デートも嫌がらせのうちです
翌日、たまたま廊下でレナルド様を見かけたので、私のほうから近寄っていった。
レナルド様のお許しを得たので少し大きめの声でお名前を呼びながらだったため、周囲の視線が痛かった。
さらに、昼休みになると食堂でレナルド様のもとに押しかけ、その隣でランチを食べた。
もちろん王太子殿下もご一緒なので内心では緊張しきりで、ランチを味わえなかった。
それにしても、レナルド様はもっと婚約者に振り回されて迷惑だという素振りをしてくれてもいいのに。
あまり感情を表に出さない人だとはわかっているけれど。
「レナルド様、今日も屋敷まで送っていただけますか?」
「もちろん構わない」
ああ、もう。即快諾では私が我儘を言っているように見えなくなってしまうじゃない。
もしかして、レナルド様が思わず表情を大きく変えてしまうような嫌がらせを考えることも私の役割だというのかしら。
翌日、今日こそレナルド様から「いい加減にしろ」と言われるのではないかと思いつつ、トレーを持ってレナルド様のいる席に向かうと、王太子殿下のお姿がなかった。
「今日は王太子殿下はご一緒ではないのですか?」
「私たちの邪魔をしたくないから別の者たちと召し上がるそうだ」
レナルド様の示したほうを見れば、確かに王太子殿下が別の方々とランチをとっていらっしゃった。
「でしたら、レナルド様もあちらにいらしてください。私もクラスメイトと食べますから」
私がそう言うと、レナルド様の眉が寄った。
「リリアーヌの目的は私ではなく殿下だったのか?」
レナルド様の機嫌を損ねることはできたみたいだけど、何か違う気がする。
「まさか、そのような畏れ多いこと」
「だったら、私とふたりでもいいな?」
「はい、もちろんです」
正直、王太子殿下がいらっしゃらないほうがランチを味わえてありがたい。
でも、私のせいで今度はレナルド様から王太子殿下を遠ざけるような形になってしまうなんて。どう考えても邪魔なのは私のほうだったのに。
いや、これでますます勘違い我儘令嬢らしくなってよかったのだろうか。
「リリアーヌ、今日の帰りも送る」
「え、今日もですか?」
しかも、なぜレナルド様から言い出してしまうのですか。
「何か用事があるのか?」
「いえ、このところ毎日なので」
「嫌なのか?」
「嫌なわけありませんわ」
むしろレナルド様が嫌がるべきところだ。
あ、これならどうかしら。
「いっそのこと、これから毎日送っていただけませんか?」
さすがに断られるはず。
「いいのか?」
レナルド様は言葉の選択を間違えている。
それでは、まるでレナルド様のほうが望んでいるみたいだ。
「やはり無理ですよね。レナルド様はお忙しいのですから」
「リリアーヌを送るための時間くらいどうとでもなる」
レナルド様がそう来るなら、私は精一杯勘違い令嬢らしい答えを返さなければ。
「ありがとうございます。レナルド様が私のためにそこまでしてくださるなんて、嬉しいです」
本当に私のためならどんなによかったか。そう思いながら私は笑顔を浮かべた。
わかっている。レナルド様は想い人を手に入れるために私を利用しているから、気を遣ってしまうのだと。
だからレナルド様の微かな笑みも、私ではなく想い人に向けられたものだ。
こうして、レナルド様と私は昼休みは毎日ふたりでランチを食べて、放課後にはバルニエ家の馬車で一緒に帰るようになった。
私とすればレナルド様と過ごせる時間が増えて嬉しいのだけれど、レナルド様は私といても頭の中は人妻のことでいっぱいなのではと思うと寂しい。
こんな風にふたりの時間を重ねていくうちに、人妻から私に心変わりしてくれないだろうか。
何の取り柄もない私ではその期待は薄いとわかっているけれど、つい考えてしまう。
ああ、駄目だわ。レナルド様の幸せのために頑張ろうと決めたはずなのに。
気を取り直して、私はレナルド様への嫌がらせの参考にしようと、また友人から恋愛小説を貸してもらった。
今度も主な登場人物はヒロインとヒーロー、それにヒーローの婚約者の令嬢だった。
しかし以前のお話とは違って、ヒロインがヒーローを奪うために様々な画策をし、でも最後にはその悪事がヒーローによってすべて暴露されてヒロインは破滅し、令嬢がヒーローと幸せになるという内容だった。
ヒロインに絆されたかに見えたヒーローが婚約者に「私が愛しているのはずっと前から君だけだ」と告げる場面では、ついレナルド様と私に置き換えて感情移入し泣いてしまった。
その後、私たちの場合は逆で、婚約者である私が奪おうとする側なのだと思い出して今度は落ち込んだ。
ヒロインはヒーローとの仲を誤解させるために人目のある場所でわざと転んで抱きついたり、強引にキスをしたりしていた。そんなことをレナルド様にするなんて、恥ずかしすぎて私にはとても無理。
さらに令嬢を貶めるため、階段からわざと落ちて「令嬢に突き落とされた」と偽証していたけれど、私はそこまで体を張る気にはなれない。
そんな感じで、やはり小説の嫌がらせは参考にならなかった。
あとはもう私でも思いつくことをやるしかない。
どうせなら私の本当の望みをレナルド様にぶつけてしまおうか。
小説を友人に返した私は、昼休みの食堂でランチをとりながらレナルド様に切り出した。
「レナルド様、クラスメイトに美味しいケーキを食べられるお店を教えてもらったのですが、今度一緒に行きませんか?」
私の望みは、1度くらいレナルド様とデートをすることだった。
今度こそレナルド様は拒むだろうけれど、私はしつこく食い下がるつもりでいた。
「ケーキ?」
「はい。レナルド様、甘いものお嫌いではありませんよね」
いつも私と紅茶を飲みながらお菓子を食べているのだ。まあ、私のほうがたくさん食べるけど。
「それなら、今日行くか」
「え、いいのですか?」
レナルド様にあっさり受け入れられ、私は嫌がらせのためのデートであることを忘れて喜びの声をあげてしまった。
その日の放課後、私はレナルド様と一緒にクラスメイトに聞いたカフェを訪れた。
カフェの中は可愛らしい雰囲気で、席を埋めているのはほとんど若い女性だった。学園帰りの女子生徒の姿もチラホラ見えた。
いくら中性的な顔立ちでもレナルド様は店内でとても目立っていたが、本人はあまり気にしていない様子だった。注目されることには慣れているからだろうか。
メニューを見ると、美味しそうなケーキが何種類も並んでいて、なかなか選べなかった。
「どれとどれで迷っているんだ?」
「苺ケーキとチョコレートケーキですが、こちらのムースケーキも捨てがたくて」
「飲み物は紅茶でいいのか?」
「はい」
レナルド様は店員を呼ぶと、3種類のケーキと紅茶を2つ頼んだ。
しばらくしてケーキが運ばれてくると、私の前に3つのお皿を並べてくれた。
「レナルド様は食べないのですか?」
私がそう尋ねると、レナルド様はフォークを手に取って苺ケーキを一口分切り分け、口に運んだ。
「美味いぞ。リリアーヌも早く食べろ」
「はい。いただきます」
ケーキの誘惑には勝てず、私も苺ケーキを食べた。
「美味しい」
私が思わず頬を抑えて感嘆の息を吐くと、レナルド様の口元が緩んだように見えた。
この笑顔は純粋に私に向けられていると感じるのは、思い上がりだろうか。
「レナルド様、ムースケーキも食べてください」
そう言ってムースケーキのお皿をレナルド様のほうに押してから、私は苺ケーキをさらに口にする。
「ああ」
レナルド様は私に言われるままムースケーキを、次にはチョコレートケーキも食べた。
でも、結局3つのケーキの大部分は私のお腹に収まった。