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4 我儘とは何をすればいいのでしょうか

 翌日、学園に向かう馬車の中で、私は困っていた。

 決意は固めたものの、勘違い我儘令嬢とは具体的に何をすればいいのかしら。

 こんなこと、誰にも相談できないし。


 確か恋愛小説の中では、クラスの皆で仲間外れにするとか、ランチトレーを持って歩いている時に足をかけて転ばせるとか、大事な試験のある日に物置小屋に閉じ込めるといったことが嫌がらせとして行われていた。


 1つめはクラスが違うし、王太子殿下の側近候補を仲間外れになんてできるわけない。

 2つめは万が一にもレナルド様が怪我をしたら大変だし、食べ物を粗末にするなんて言語道断。

 3つめも、私のせいでレナルド様が首席から滑り落ちたりしたら私のほうが立ち直れなくなりそうだから駄目。


 結局、何をすればいいのか思いつかないうちに馬車は学園に到着してしまった。


 まあ、レナルド様を振り回すためにはレナルド様に会わなければいけないのだから、とりあえず休み時間にレナルド様の教室に行ってみよう。




 2時間目の授業の後、私はさっそくレナルド様のいる教室に向かった。しかし、そこに辿り着く前に気がついた。

 1年生の私にとって3年生の教室はかなり敷居が高いということに。

 いや、ここで躊躇してはいけない。私は勘違い我儘令嬢なのだから、「レナルド様の婚約者である私がここにいるのは当然でしょ」という顔で教室に踏み込まなければ。


 私は3年生の教室の前で立ち止まると、1度深呼吸をしてから震える手で扉を開けた。

 レナルド様の姿はすぐに見つかった。


「バルニエ侯爵子息」


 私がレナルド様を呼びながら教室の中へ入っていくと、レナルド様はこちらを振り返って目を瞠り、椅子から立ち上がった。

 周囲からもジロジロ見られているのがわかる。


「リリアーヌ、どうした?」


 しまった。何も口実を考えてこなかった。


「理由もないのに会いに来てはいけませんでしたか?」


「いけなくはない」


「よかった。でも、もう次の授業が始まってしまいますね。残念ですが、戻ります」


 本当はもう少しくらい余裕があると思うけど、足も震えて立っているのが辛いのだ。


「そうか。そのあたりまで送ろう」


 レナルド様は先に立って歩き出し、扉を開けてくれた。

 もしかして廊下に出た途端、「教室にまで押し掛けてくるな」なんて冷たく言われるのだろうかと思ったのに、実際にレナルド様の口から出てきたのは私を気遣うような声だった。


「本当に何もないのか?」


「ありませんわ」


「もしも自分の教室に居づらいなら、いつでも私のところに来い」


 レナルド様は何か勘違いしているようだ。

 そういえば、昨日はランチをひとりで食べていたから、クラスで仲間外れにされているのではと心配されていたのだろうか。


「本当に違うんです。たた、バルニエ侯爵子息のお顔を見たくなってしまっただけで」


「そうか」


「ご迷惑でしたよね。申し訳ありません」


「別に迷惑ではない」


「ありがとうございます。そろそろ行きますね」


「ああ」


 自分の教室に戻りながら首を傾げた。

 今のやり取りで、私はレナルド様を振り回す我儘令嬢に見えたのだろうか。よくわからない。


 それにしても、やっぱり3年生の教室に入っていくのはとても緊張する。これを毎日続けるのは、私には無理だ。

 食堂で見かけた時に私から近づくほうがいいかもしれない。




 その日の昼休みに食堂に行くと、ちょうどランチを受け取る列の中にレナルド様がいらっしゃって、あちらも私に気づいた。

 私がクラスメイトと一緒にいたからか、レナルド様の表情に安堵が浮かんだように見えた。


 私はランチを受け取ってから、クラスメイトとは分かれてレナルド様がいるほうへと向かった。

 レナルド様の向かいにいらっしゃった王太子殿下が先に私に気づかれた。


「おや、フィヨン嬢」


「私もご一緒してよろしいでしょうか?」


「ああ、構わないよ」


 王太子殿下が和かに答えてくださると、レナルド様がサッと立ち上がった。

 今度こそ冷たく追い払われるのかとトレーを握りしめたが、レナルド様は私のために椅子を引いてくれただけだった。


「おまえ、フィヨン嬢のためならそういうこともサラリとできるんだな」


 揶揄うように仰った王太子殿下を、レナルド様がジロリと睨んだ。

 さすがのレナルド様も、美しい人妻の前では緊張して上手く動けなくなってしまうのだろうか。


 駄目だ。今は人妻のことは忘れないと、またランチの味がわからなくなってしまう。

 今日は食堂の人気メニューで私も大好きなシチューなのに。


 レナルド様もシチューを食べていらっしゃった。

 王太子殿下のランチは王宮で調理したものが運ばれてくるそうだ。


「立場上、仕方のないことだが、私もたまには温かいシチューを食べたいよ」


 そんな風にぼやかれる王太子殿下に少しだけ同情する。


 だけど、レナルド様ばかりか王太子殿下と一緒にランチをいただくのもやはり緊張する。

 3年生の教室に入った時以上の視線も感じるし。

 ああ、せっかくのシチューを味わえない。


 こうなったら、せめて周囲に私の我儘勘違いぶりを見せつけないと。


「バルニエ侯爵子息、今日も屋敷まで送っていただけませんか?」


「ああ、それなら、迎えに行くから教室で待っていてくれ」


 レナルド様に迷わず即答されて、むしろ慌ててしまった。


「よろしいのですか? 他にご用事などは?」


「殿下に王宮に呼ばれているから、屋敷に寄って紅茶を飲む時間はない」


「お忙しいのでしたら、私は送っていただかなくても……」


「別にいいぞ、少しくらい遅くなっても」


「紅茶も飲める」


 どうしよう。私の一言でおふたりの予定を変更させてしまった。

 いや、これで間違いなく私は勘違い我儘令嬢と指差されることになっただろうから、よかったのかもしれない。

 でも、これは心臓にかなり悪い気がするわ。




 帰り道、馬車の中でレナルド様が言った。


「今日のあれがリリアーヌの言っていた『自分の役割』なのか?」


 ああ、やはりあんなあからさまでは気づきますよね。


「はい。あまり上手くできなくて申し訳ありません。しかも、王太子殿下まで巻き込むような形になってしまって」


「殿下のことは気にしなくていい。謝ることもない」


「ですが、今日のやり方ではちょっと違うような気がして」


「実は、私もあれでは足りないと思って、1つ提案がある」


「何でしょうか?」


 何か私にでもできそうな嫌がらせを教えてくれるのだろうか。


「リリアーヌも私を名前で呼べ」


「へ?」


 レナルド様の提案があまりに予想外で、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。

 心の中ではとっくに「レナルド様」と呼んでいたけれど、レナルド様は私なんかに名前で呼ばれたくないだろうと思って口にするのは遠慮していたのに。


「私がお名前でお呼びしてもよろしいのですか?」


「当然だろう」


 確かに、婚約者を「バルニエ侯爵子息」と呼ぶより「レナルド様」と呼ぶほうが我儘令嬢には相応しいか。


「わかりました。では、これからは『レナルド様』と呼ばせていただきますね」


 私がそう言うと、レナルド様は微かに笑って頷いた。

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