11 彼は婚約者には色々と過ぎる
王太子視点後編です。
レナルドとともに薔薇園の茶会の出席者名簿を見て、その中から条件の合う者を拾っていった。
おそらく私たちより歳下で、レナルドに面識のない令嬢。
念のため私たちと同年代まで範囲を広げるとしても学園に通っている者は除外できるので、結局、私たちのリストに残ったのはほとんど歳下の令嬢だけになった。
問題は2つめの条件のほうで、レナルドはいつも令嬢たちに囲まれているのだから面識のある者は多いだろうと思いきや、興味のない令嬢の顔をいちいち覚えているような人間ではないので、茶会に招かれていた学園入学前の令嬢たちはほとんど確認しなければならなかった。
こんな人間が、1年も前に1度見かけただけの令嬢の顔を見分けられるのかと、また不安を覚えた。
放課後の時間に余裕のある時に、レナルドにリストに載った令嬢の顔をひとりひとり確かめさせていった。
ちなみに、どの令嬢はどこに行けば顔を見られるのかという情報は王太子の権限を使って密かに集めたものだ。
お忍びに使うような地味な馬車から令嬢を覗いてはリストの名前を消すの繰り返しに、私は何をやっているのかと疑問を抱くことも多々あった。
当然のことながら茶会の名簿が家格順に記載されていたので私たちのリストも同じ並びになっていたが、リストの名前が残りわずかになっても令嬢は見つからなかった。
屋敷からほとんど出ないせいで顔を見られなかった令嬢も何人かいたし、いっそのこと同じ顔触れでまた茶会を開いてしまおうかとも考えた。
しかし、ようやくその時はやって来た。
新しくできたという菓子屋の前でその令嬢の姿を目にした瞬間、レナルドが息を呑み、身を乗り出した。
「彼女なのか?」
私が尋ねると、レナルドは令嬢から目を離さぬまま頷いた。
「フィヨン子爵令嬢リリアーヌ、か。フィヨン家は確か嫡男のはじめた新事業が上手くいったとかで注目されていたな。リリアーヌ嬢にも縁談があるのではないか?」
揶揄い半分にそう言うと、思いきり睨まれた。
「彼女を名前で呼ばないでください」
まったく面倒くさいやつだな。
「馬車を出せ」
御者に向かって命じるとレナルドが情けない表情になったが、無視してやった。
バルニエ侯爵はレナルドの望む相手が子爵令嬢と知って少しだけ渋ったようだが、おそらくは振りだ。
レナルドはフィヨン嬢との婚約の許可を得る代わりに、休日には嫡男として領地経営に本格的に取り組めと命じられた。
私の側近になると決めたことも含め侯爵の思う壺という感じだが、レナルドにとってはフィヨン嬢が婚約者になる以上に重要なことはないのだろう。
やはりフィヨン家には令嬢の縁談がいくつか持ち込まれていたようだが、さすがに侯爵家からというのはバルニエ家だけだったらしく、フィヨン子爵は娘の婚約者にレナルドを選んだ。
こうして、無事にレナルドとフィヨン嬢との婚約が決まった。
バルニエ家とフィヨン家の初めての顔合わせが行われた翌日、レナルドは普段よりぼんやりしていた。
「顔合わせは上手くいったのか? 愛しのフィヨン嬢はどうだった?」
「眩しくて、顔を見られませんでした」
「……は? おまえ、大丈夫か?」
思わずそう口にしていた。
恋い焦がれた相手との出会いをようやく果たせて、壊れたか?
「大丈夫です。我が家の庭に薔薇しかなくても、リリアーヌは私との婚約を了承してくれましたから」
ますます意味がわからないが、どんなに言動が怪しかろうと侯爵家の嫡男を子爵家の令嬢が拒むなどできないだろう。
それに、レナルドなら多少の問題は顔で誤魔化せる。
「話はしたんだな?」
「少しだけですが」
レナルドがわざわざ少しと言うなら、話もほとんどできなかったのだろう。
それなのに、よく名前を呼ぶ許可を得られたものだ。
「まあ、結婚までは3年あるし、そのうち慣れれば顔を見て話せるようになるだろう。しっかりやれよ」
「はい。正式に婚約したら、毎日リリアーヌに会いに行きます」
「毎日は多すぎる。引かれるぞ」
それに、私に仕えるという約束を忘れてないか?
「殿下は毎日オードラン嬢に会っているではありませんか」
「会うのは学園か、エリーズが妃教育で王宮に来るついでがほとんどだ。おまえもフィヨン嬢が入学するまで待て」
レナルドの顔に不満が浮かんだ。
私からするとずいぶんレナルドは表情が豊かになったと思えるが、当分の間、フィヨン嬢はわかりづらくて苦労するかもしれない。
正式な婚約の後、レナルドは週に2日ほどフィヨン家に赴いているらしかった。
様子を尋ねると、何回フィヨン嬢の顔を見られたかなどという報告をされた。正直、それはどうでもいい。
「フィヨン嬢はどんな様子なんだ?」
「気のせいか、よく視線を感じます」
フィヨン嬢からの視線なら気づいても嫌がらないのだな。
レナルドのような中性的な顔を好まない令嬢も中にはいるが、とりあえずフィヨン嬢は安心して良さそうだ。
「他には?」
「花を持っていくと喜んでくれますが、茶会の時のような幸せそうな表情にはなりません」
「お茶会の時はお菓子を食べていたのでしょう。だったらお花よりお菓子を持っていったら?」
エリーズの言葉に、レナルドはハッとした様子だった。
いや、そのくらいもっと早く気づけよ。フィヨン嬢の顔を確認したのも菓子屋の前だっただろ。
「どこか良い店を知っていますか?」
「苺タルトの美味しいお店があるわよ」
次の訪問時に苺タルトを手土産にしたところ、フィヨン嬢は望んでいた表情を見せてくれたようで、それからレナルドは美味しい菓子の情報を熱心に集めるようになった。
そうこうしているうちに、フィヨン嬢が学園に入学してきた。
改めて間近で見たフィヨン嬢は可愛らしくはあるが決して目立つ感じではなく、なぜレナルドには彼女が眩しく見えるのか不思議だった。
むしろ、これからレナルドが磨いて光らせねばならないというのに、そのあたりわかっているのだろうか。
レナルドとフィヨン嬢の仲はどこかよそよそしい。レナルドは彼女に近づきたいのだが、未だ手も握れずにいるからだろう。
おかげでフィヨン嬢はレナルドの気持ちに気づかぬままのようで、常に遠慮して一歩引いている様子が窺えた。
淑女としては好ましい態度だが、相手はあのレナルドなのでフィヨン嬢から積極的に動いてほしくもあった。
だが、レナルドの話から想像していたよりもフィヨン嬢は婚約者に対して好意を持っているようだった。やはり顔だろうか。
一方、クラスではレナルドが人間らしく見えるようになったと評判だった。
レナルドに「婚約者を教室に連れてきて紹介しろ」と言う者もいたが、レナルドが応じるわけがない。
私がフィヨン嬢に近寄ることさえ嫌がり、「会いたい」と言うエリーズの言葉もやんわり拒むのだから、独占欲はかなり強そうだ。
私は密かにレナルドに想いを寄せていた令嬢がフィヨン嬢に危害を加えないか心配していたのだが、これといって問題は起こらなかった。
こんなことも本来ならレナルド自身が気を配るべきなのだが、あいつは相変わらずフィヨン嬢以外の令嬢が自分をどう見ているかに無頓着だ。
早くフィヨン嬢がレナルドを上手く操縦してくれるようにならないだろうか。
レナルドに「フィヨン嬢は王太子の側近として真面目に働く人間を好むのではないか」と言ってみたところ、面倒がっていた雑事も進んで引き受けるようになったから、かなり期待しているのだが。




