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10 彼には何かが足りない

王太子視点前編です。

 レナルドがいつもと違って見えたのは薔薇園の茶会の時が最初だった。


 茶会がはじまって早々にレナルドは薔薇園から消えた。

 これだけなら、人の集まる場を好まないレナルドにはよくあることだった。


 ずいぶんたってから薔薇園に戻ってきたレナルドは、すぐに数人の令嬢たちに囲まれた。

 これもいつもどおりだが、レナルドにそれを嫌がる様子がないのはあいつらしくなかった。

 といっても、令嬢たちに囲まれている状況を楽しんでいるわけではなく、心ここにあらずでまったく気づいていないだけのようだった。


 さらに変だったのは、普段ならほとんど食べないはずの焼菓子にやたらと手を伸ばしていたこと。

 時おりどこかを見つめているようでもあったが、レナルドの視線の先に何があるのかまではわからなかった。

 私と一緒にいたエリーズも、「今日のレナルド様はどうしたの?」と訝しんでいた。




 私とレナルドの付き合いは古い。

 ただし、最初に引き合わせされたのも、それから折々に顔を合わせてきたのも、王太子の側に置くに同じ歳の侯爵家嫡男は相応しいという大人たちの思惑によるところが大きい。


 とはいえ、同様に私の側に侍らされた数人の高位貴族の子息たちの中で、私がレナルドに最も信頼を寄せたのも事実だ。

 レナルドは私が王太子だからとご機嫌取りのための言動を一切しない。むしろ「少しくらい敬え」と言いたくなるほどに。


 口数が少なく、表情をほとんど変化させず、何事にも興味のなさそうなレナルドを馬鹿にする者もいた。

 だが、いざ打てば響くような反応を見せるのはレナルドで、おそらく頭は悪くないはずだと私は思っていた。

 それに、付き合いを重ねるうちにわずかな表情の変化からレナルドの感情を推測することもできるようになった。

 ゆえに、将来はレナルドを私の側近として重用するつもりでいたのだが、レナルドはそれさえも興味を示さず、「殿下に仕えるのは面倒そうだから嫌です」などと言う始末だった。


 もちろんレナルドの父であるバルニエ侯爵は息子を王太子の側近にしたいので、本人の意思に関わらずレナルドはたびたび王宮の私のサロンに来ていた。

 薔薇園の茶会の後、その頻度があきらかに増えた。


「レナルド、茶会で何かあったか?」


「……別に何もありません」


 様子のおかしかったのが私の気のせいだとは思えないが、レナルドに話すつもりがないようなのでそれ以上尋ねることはしなかった。

 しばらくするとレナルドが顔を見せる頻度は元に戻った。




 その年の秋、私とレナルドは学園に入学した。


 その直後に行われた最初の試験に私はかなりの自信を持って臨んだのだが、結果は次席だった。

 首席を取ったのはレナルドだ。

 頭は悪くないはずだと思ってはいたが、首席を奪われるとは予想外で愕然とした。


 しかし、成績にもやはり興味のなさそうなレナルドは、学園でもらしくない行動をはじめた。

 女生徒たちの顔をやけにチラチラと見るのだ。


 令嬢たちに囲まれても迷惑そうなだけだったレナルドもようやく女性に興味を持つようになったのだろうか。

 それにしては、レナルドの顔は冴えない。


「あまり令嬢たちの顔を見るな。誤解されるぞ」


「誤解?」


「おまえに好意を持たれたと思う者もいるかもしれない」


 ただでさえレナルドは女性に好まれる顔をしているのに、そんな勘違いをされたら面倒な事態になるのは想像に難くない。

 本人にそのあたりの自覚がないのだから尚悪い。


 その後、レナルドに女生徒たちを気にする様子はなくなった。




 レナルドが珍しく神妙な面持ちで私のサロンに現れたのは、それから半年ほど後のことだった。


「薔薇園の茶会の出席者名簿はあるのでしょうか?」


 レナルドの唐突な問いに、私はしばらく忘れていた茶会後のレナルドの奇異な行動の数々を思い出した。


「あるはずだが、それがどうした?」


「見せていただきたいのです」


「理由は?」


「父から、そろそろ私の婚約者を決めると言われました」


 私は首を傾げた。

 レナルドは侯爵家の嫡男なのだから父親が婚約者を決めるのは当然。年齢を考えれば遅いくらいだ。


「それと茶会の名簿に何の関係があるんだ?」


「茶会で出会った令嬢と婚約をするために、彼女がどこの誰なのかを知る必要があるのです」


 私はレナルドの顔をまじまじと見つめた。


「どこの誰かもわからない相手と婚約するつもりなのか? バルニエ侯爵は何と?」


 王宮の茶会に参加していたなら、それなりにしっかりした家の娘ではあろうが。


「どこの誰なのかわかってから言え、と」


 侯爵は頭ごなしに「駄目だ」とは言わなかったらしい。その気持ちは何となく理解できた。

 何に対しても興味のなさそうなレナルドが心を奪われたのだ。相手がどんな令嬢なのか、とても気になる。


 それはともかく、茶会からおよそ1年もしつこく想い続けながら何もしなかったことには呆れるばかりだった。

 だからこそ、侯爵もレナルド自身で探すよう促したのだろう。

 さらには、レナルドが私を頼ることも予想していたに違いない。


「私はおまえに茶会の名簿を見せてやることができる。その令嬢を探すのに力を貸してやってもいい。それなりの見返りは求めるがな」


 レナルドと真っ直ぐ視線が合った。

 表情は変わらないが、私の言葉の意味は理解したはずだ。


「彼女と婚約できた暁には、殿下に生涯お仕えします」


 ずっと渋っていた件をあっさり翻されて、拍子抜けした。


「おまえがそこまで惹かれるとは、いったいどんな令嬢なのだ?」


「彼女は薔薇園の先にあるベンチで菓子を食べていました。私は偶然そこを通りかかりました」


 薔薇園から姿を消していた間に出会ったということか。

 令嬢も茶会を抜け出していたのは褒められたことではないが、とりあえずそれは置いておく。


「それで、おまえから話しかけたのか?」


「いえ、話はしていません。少し離れたところから彼女が菓子を食べるのを見つめていただけです」


「見ていただけ? それなら令嬢のほうはおまえに……」


「まったく気づいていませんでした」


 頭痛がした。


「それ、出会ってないぞ。勝手に盗み見ただけだ」


「……そうですね」


 その違いをあまり気にする様子のないレナルドに、私のほうが不安になってきた。


「なぜ話しかけなかったんだ?」


 そうしていれば、事は簡単に進んだだろうに。


「思いつきませんでした」


 そんな馬鹿なと思うが、レナルドならありえるか。


「話もしていないのに婚約を決めていいのか? 後でやっぱり違うと思っても、婚約の解消は簡単にはできないからな」


「婚約解消などしません」


 そう言い切る自信はどこから来るのか。


「その令嬢の何がそれほど良かったのだ?」


「菓子を食べている時の表情が幸せそのもので、ずっと見ていられました。あれを思い出すたびにこのあたりが温かくなって、でも次にはどうしようもなく虚しくなるのです」


 そう言いながら、レナルドは胸に手を当てた。


「なるほど、確かに恋のようだな」


 私の言葉にレナルドが瞠目した。


「恋? 私が、彼女にですか?」


「なぜそこでおまえが驚くのだ。だから婚約したいのだろうが」


 レナルドはしばし胸を押さえたまま呆然としていたが、やがてポツリと呟いた。


「そうか。この気持ちが恋しいということか」


 私はそっと溜息を吐いた。

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