7.日常と成長
あの後からずっと誰かが夢の中でメアリのことを呼ぶ声がする。でも肝心の名前は良く聞こえないし、顔も見えない。ただ、「おいていかないで」「待って…」という声だけが続く。
その声が悲しそうだけど、切実にメアリのことを求めていることが分かる。ただ、切なくて何かがずっと心に引っかかっている。
それでも、日々は流れ、メアリは16歳になっていた。
さらに、メアリは貴族や、商家、市井まで広い身分の子供たちが通う学園に入学もした。もともと受けていた教育のおかげで、学園に通う必要はほとんどなかったが、交流を広げ、学園でしかできない経験を求めて学園生活を充実させようと奮闘している。
王子リチャードとは月に何回か共に勉強や、国内外の情勢の話を主に行い、メアリは完璧なご学友の一人と化していた。
~休日の昼下がり~
「ごきげんよう、リック様」
「やあ、メアリ。今日イーサンは家の用事で授業には参加できないそうだから、授業を受けるのは私たち二人だ」
「まあ、そうなのですね。」
そんな話をしながら、授業を受ける王城の一室にたどり着き、周りに見知った侍女しかいなくなった。
「ふぅ~、外行の態度はもう違和感しかないわ~」
「ははは、うんそうだね。僕も違和感しかないな」
「でも、うっかり公の場で砕けすぎると、お嬢様方に睨まれちゃうからね。あと、うちの父にもね。はは」
「まあ、僕は別に公の場でも砕けてもらっても構わないけどね」
「いや、威厳は必要ですよ、しっかり王子!」
「はいはい…。君は面白いな~」
「そういうあなたもね、リック」
すっかり二人はくだけた関係になっていた。12歳と13歳の時に出会い、4年間共に勉学に励み、時には共にいたずらを仕掛けたり、お忍びで王都に出かけたりといろいろなことを経験した仲だ。
「やあやあ、今日はお二人さんだけかい?」
「こんにちは、ウィルソン先生。今日イーサンは家の用事で欠席なので僕ら2人だけです。」
「そうかい、じゃあいつものように始めましょう」
そして、ウィルソンは授業内容があらかた終わるといつもリチャードとメアリと雑談をする。
この日も、
「最近お二人は町に行きましたかね?」
「ええ。先週の授業がお休みの日に行ってまいりました。」
とメアリが答え、
「私は最近行けていないですね」
とリチャードが答えた。
最初こそ、貴族令嬢と王位継承者が町へふらっとお忍びで通っているなどと言ってもよいものなのかと迷い、顔を見合わせて答えに困っていた。しかし、この先生は自身も貴族でありながら、下町に行くことも大事な経験であると理解している、しかも下町好きな、貴族社会では珍しい性質を持つ人物であり、今では二人にとってなんでも相談できる貴重な大人の一人となっている。
「メアリ嬢は、何か買いましたかな?」
「最近話題の揚げ物の屋台に行ってきましたわ。」
「おお~あそこに行ってきたんですな。なかなか年頃のお嬢さんはあの類の屋台には近寄りたがらないんだがね、味は確かだからね。さすがメアリ嬢。」
「はい、とっても美味しかったです!」
「そうでしょうそうでしょう。少し男臭い感じもあるが、店主の奥さんがまた良い人で気の使える人でね、いい店ですよ。」
「…私も今度行きたい。」
王子が羨ましそうに言う。
「そうですね。お時間があるときに行ってみてください!先生のおすすめに外れありませんし、私も保証しますよ!」
とメアリが答えた。
先生がいるときは二人ともなんとなく敬語でしゃべることが多い。
「じゃあ、今度行くとき一緒に行ってくれないか?」
「ええ、いいですよ。私は時間が合えばいつでも。」
「いいですな~青春ですよ。今しかできないことたくさんしてくださいね。」
「はい!」
「はい。」
「ではまた、来週お会いしましょう」
「「ありがとうござました」」
先生が部屋から出た後も、二人はお茶をしながらしゃべるのがいつものルーティーンだ。
「先週町へ行ったと言っていたが、オリバーだったかな、その少年にも会ったのかい?」
「ええ、会ってきたわ。町へ行くときは必ず会いに行っているわね。」
「…その、オリバーとはどんな関係なの…?」
「う~ん難しい。言い表しにくいわ。ざっくり言えば友達ね!」
「そうなんだ…。君にしては珍しくはっきりしない回答だね。僕にも紹介してくれないし…」
「そうだったわね。何だか彼をあなたに紹介することでとんでもなく大きな問題とか秘密につながってしまうかもしれないと思って、なかなか紹介できなかったの…。」
メアリの返答に対して、
「…それはおかしくないかい?君は僕と彼のことを信頼していないの?僕と彼それぞれのことを信頼していたら、二人の成り行きに任せておけばいいことだろう?慎重になるのも分からなくないけど」
と、珍しくリチャードは少し感情的に言った。
「…そうね。……あなたのことも、彼のことも信頼してる。でも、いろんなことを考えたら……一番大きな問題はあなたが彼と関わっているって知った時の周りの反応だったわ…。いつの間にか、私は身分に囚われていたみたい。そうなりたくないって思っていたのに。」
と、メアリは落ち込みながら言った。
「君がそうなるのも分かるよ。貴族社会に身を置くとそうなってしまうものだよ。しかも、デビューして、社交の場にでることが増えればなおさらね。でも、僕は彼と知り合いになって、それがほかの人に知れても何も問題はないと思ってる。自分の王族としての力を過信しているわけではないけど、それでも、そんな評判で人のことを切り捨てる人間の方が問題があると思うから、きっと何とかするだろうし、そうなったら何がなんでも何とかしてやるくらいの気概はある。」
「はあ…そうよね。ごめんなさい。」
「うん。でも、君は僕が指摘した時にしっかりと受け入れてくれるだろう。言えばわかってくれるって思うから言ってしまったんだ。傷つかないでくれよ。」
「…ええ、ありがとう。大丈夫。人の話聞いて、自分を見失わないように気を付けるわ。」
「うん。」
「じゃあ今度、町に行くとき彼を紹介するわ。いつもの恰好で行くでしょ?」
「うん、そのつもり。」
「分かったじゃあとりあえず、友達を紹介するって伝えとく。」
「よろしく。詳しい予定が分かったら連絡するよ。いつも合わせてもらってすまない。」
「いいえ。当たり前のことだわ。忙しいあなたの方に合わせるのは普通のことよ」
「ありがとう。じゃあまた」
「またね。」
そう言って、メアリとリチャードはそれぞれの帰途についた。
メアリは家に帰ると真っ先に自室へ向かった。いつもは廊下ですれ違う侍女や執事とおしゃべりをし
てから部屋に向かうのだが、今日は違った。メアリが落ち込んでいる時のサインだ。唯一侍女のアンはメアリの部屋まで付き添い、部屋着に着替える手伝いを行う。
「…はあ、つらいわ。自己嫌悪で辛い」
「自己嫌悪ですか…。」
「私は自分のことを過信しすぎていたのかもしれない。そのせいで、ダメージが大きいわ。」
「そうなのですね。」
アンの返答はメアリを気遣うような声色であった。
アンはメアリが落ち込んでいる時は、メアリから何も言ってこない限り自分から聞かないということを決めている。さらに、部屋を出ろと言われない限りメアリの視線にさりげなく入る範囲でい続けるということも。それはアンなりの励まし方であり、へたに言葉で慰めたり、励ましたりすることよりも根本的なところで支えになりたいと考えるゆえのものであった。そして、メアリもいつもは着替えを手伝った後は、「勉強するから」とか、「本を読むから」と言ってアンにも休ませようとするが、落ち込んだ日は着替えのあとは何も言わない。
そうやってメアリはアンに支えられてきた。普段しっかり者と思われがちなメアリが甘えられる時間、空間。
アンが静かに部屋にいる中で、メアリは紙に自分の感情を書きつけたり、整理したいことを書く。それが終わると本を読み、紙にメモをする。静かな時間。アンもずっと立っているとかえってメアリに座ることを勧められてしまうので、時々、部屋の隅の一人掛けのイス座る。
メアリは一通り自分で思っていたことを終えると、ベッドに寝っ転がって寝始めた。
そうしているうちに、夕飯の時間がやってきて、メアリが落ち込んでいる日はメアリの好きなものが並ぶようになっている。
メアリはそのことに気がつくと、温かい気持ちになって、落ち込んでいる場合ではないな、この人たちを守れる、笑顔にできる存在になりたいと強く思うのだった。
ありがとうございました。