0.終わりで、始まり
-3月のとある金曜日。
「おはよう」
「あ~なっちゃんおはよ~相変わらず朝に弱いね~」
「ん。眠いんよ。」
「ちょっと髪に癖ついてるところもかわいいから私得でしかないんだけどねっ」
「んー。」
「明日さ~どっかでかけない?」
「どっかってどこよ」
「ん~どうしようかな~本当どこでもいいんだよね」
「そう」
「そうそう!じゃあとりあえずモールの駅直通口の前で9時に待ち合わせしよっ。春休み始まったら本格的に受験勉強しなきゃいけないしさ~。」
「ん。」
「じゃあ明日私8時になっちゃんにモーニングコールするからちゃんと機内モード外して寝てね!」
「ん。」
なつきは家に帰ると
「明日9時か。もうちょっと寝たいな。まあでも、仕方ないか。」
いつもゆうみの誘いに無気力に乗っているように見えているかもしれないが、内心は誘われること自体に嬉しさを感じていた。自分から誘うことはないのだが。
「9時だから起きるのは8時ね。目覚まし目覚まし。機内モード外して。ん。おやすみなさい」
~・~・~・~・~・~・~
「ピピピピッピピピピッピピピピ…」
「んーもうあさ、、、」
寝ぼけ眼で時計を見ると、既に8時13分だった。
「…えープチ寝坊だ…。とりあえず顔洗って着替えて、ご飯抜きでもいいから家出よ
あ、ゆうからの着信は…あれ、来てない。えっどうしたんだろう。ゆうが寝坊してるとか?
とりあえず電話鳴らしてみよ。」
「プルルルルル、プルルルルル…」
「ん。出ない。珍しいな。こんなこと今までなかったのに。…とりあえず集合場所行って、家に行ってみよ。で、今は支度。」
途中少し眠気と戦いながら思考した結果。起床後ものの10分で家を出た。
なつきが待ち合わせ場所に着いたのは集合時間ぎりぎりの8時59分だった。普段お寝坊で遅刻魔のなつきがぎりぎりとはいえ、集合時間に間に合うのは奇跡的ともいえることだった。マイペースななつきが今日急げたのは、ゆうみから電話が来ず心配だったからであった。
そして、集合場所で待つこと15分。いよいよ本気でゆうみが心配になり、ゆうみの家の方に行こうかと思い始めていた。その時、わずかにモールの館内のアナウンスが聞こえてきた。その声が自分の名前を呼んでいるように聞こえるのである。最初は自分のことではない、と思っていたが3回繰り返されるアナウンスとたった今まで待っていた連れの名前まで聞こえてきたため、自分のことであるとわかった。
モールのインフォメーションまで行くと、恥ずかしさ半分、申し訳なさ半分という顔をしたゆうみが待っていた。
「ごめんっ。携帯失くしちゃって…」
「そうだったのか。よかった。モーニングコールがなかったから心配した」
「そうだよね。本当ごめんね。ご心配おかけしました。しかも、入り口広いからどの辺にいるかわかんなくて、果ては館内アナウンスで呼び出すっていうね。ここに同じクラスの人いたら月曜絶対突っ込まれるだろうな~」
「そうだね。で、携帯は今もないんだよね?」
「うん。ないね~いつ失くしたのかもわからないんだよね」
「えっ、え~。確かにゆう鈍いから落としても気づかなもんね。」
「ちょっと待ってよ!今さりげディスった!」
「うん。全然さりげなくじゃなくて、普通に言ったけど。」
「もー、いつもそうやって人のこと馬鹿にするんだから~ひどい~」
「はいはい、ごめんね。今日は携帯探すことにしようよ。携帯失くしてそんな焦ってない感じなのゆうぐらいだと思う」
「また、馬鹿にされた…ショック…。うん、でもやっぱり私もこれでも焦ってるよ。今スマホ落としていろいろ情報とか抜き取られたり、悪用されたりすることあるみたいだし…」
「そうだよ。交番とか、電車会社に落とし物問い合わせたりした?」
「実はね、昨日の夕方家に帰った時はあったの。いったん帰ってからは外出てないし、失くすとしたら家でしかないじゃない?」
「…うん。そうだね。いつから無くなったの?」
「夜も22時までは携帯いじってたからその時はあったの。それで、普段みたいに枕元に置いて寝たつもりだったんだけどね、朝になったらなくなってたの。どっか家具と壁とかの隙間に落としたのかとか思ってみてみたんだけど、ないの。それで、今考えてるのは、夜に、家に泥棒が入ったとか、かなって。」
「んー、泥棒か…それ本当だったら結構危なくない?ちゃんと家族にも聞いた?」
「う~ん一応聞いたけど、お父さんは今日も仕事で朝早かったし、お母さんは夜勤明けで聞けるはずもないし、兄はいつも私の話真面目にきかないからな~。」
「そうだった、そういう家の雰囲気なの忘れてたわ…」
「まあ、もう一回家の中探すし、親にも話してみるから、とりあえずは大丈夫!」
「ん。わかった。」
「モーニングコールなしで、待ち合わせ15分以内に居たってことは朝食食べてないでしょ~?」
「うん。そうだよ。急いできたから。ゆうの奢りで」
「ゔ、それを言われると。仕方ない!今日は私が奢らせていただきます!」
「ゆう、天丼食べたい。」
「いや、私はパンケーキの気分!」
「てんどん」
「…はいはい、わかりました。今日は天丼ね。でも次はパンケーキだよ?!」
「ん。承知した」
二人はその日食事をした後、弾丸で映画を見て、ウィンドウショッピングをしたのち解散した。
それが、なつきがゆうみと会った最後の日だった。
次の日の朝、突然ゆうみは心停止し、亡くなったのだった。
「知らぬ間に、たくさん甘えていた。
こういうことを言うのは自分のキャラではない、とか本当に今そんなことは死ぬほどどうでもいいし、それでいっそ死んでしまって彼女に会いに行きたい。そんな気持ちがぐるぐるとなつきの脳に回った。ただ、認められなくて、思考が追いつかない。涙も出ない。
そこにあったのは無だった。ひたすらに喪失感だけが彼にまとわりついた。
それでも、世界は回る。朝がやってきて、それぞれの場所で動き、夜になれば勤めから解放されてそれぞれの場所に帰っていく。その繰り返しだ。
彼女がいて、その隣に僕がいたあの日々のことを僕は、単調な繰り返しだなんて思ったことはなかった。なのに、彼女がいなくなった今、それは僕にとって現実になっている。
当たり前にあるものだと思っていたものを失くした。決して当たり前ではなかった。失ってから気づく、とかいう言葉を今まで自分はいつも少し冷めた態度をとっていた。でも、どうしてもそうなってしまった。認めたくない気持ちと、それでも、事実だと理解はしている脳とのギャップがうっとうしい。すべてどうでもいいと思っている反面、どこかそういう細かい所に囚われている自分が心底面倒くさくて、嫌でたまらない。いや、きっとそういった自己嫌悪をやめたら、きっともっとゆうを感じられる。ゆうを今もこれからも想っていられる。そんなことわかっているのに…。これは恋だったのか、自分でもよくわからない。でも、ある種の愛が僕らにあったことは確かだ。僕の愛おしい人。君のことが大好きだよ。君が僕にいつもくれたやさしさや勇気を僕は絶対に忘れない。そして、僕はまだ諦めたわけじゃないよ。いつかまた必ず出会って、君とちゃんと恋をするよ。それまでは、君の持つやさしさと勇気を忘れずに自由に思い通りに、気ままに待っててよ。
だけど、パンケーキは僕と一緒になるまで、食べないでいて。」
ありがとうございました!