第78話 道具屋
一方、ラムルが、武器屋にいた頃、リンとホノカは、二人で街を散策していた。
「あれよ、あれ!」
リンは、いかにも怪しげな看板を指さしながら、小躍りしていた。
「えっ、いや、でも、あれは・・・。」
店の入り口の上に掲げられた看板には、道具屋と書かれた文字の端から何かの液体が垂れ下がった様に作られ、魔女が大なべをかき回している意匠が隅に添えられていた。
そんな看板を掲げた店に入るのかとホノカは狼狽えていた。
普段は凛とした佇まいを崩すことのないホノカには珍しいことだった。
「さあ、ホノカはやく、はやく!」
リンは、そんなホノカの様子に気づくこともなく、無邪気にその手を引っ張って店に入ろうとし、ホノカは、そのリンの様子にドン引きしつつ、わずかな抵抗も虚しく店の中に引きずり込まれてしまった。
店内には、植物の葉や根、動物や魔物の内臓らしきものが詰まった瓶がずらりと並び、別の棚には調味料や液体が入った小瓶、魔石や宝石を入れた小箱が置かれている。天井からは薬草の束が吊り下げられ、中央のテーブルには短剣や短杖などが雑多に置かれていた。入口の左側や奥のカウンター横には杖や剣が、カウンターの上には指輪などのアクセサリー類が並び、その奥の棚には立派な背表紙の本が収められている。
「うん、さすがは、薬師と冒険者の街の道具屋だね!!」
リンは目をキラキラさせながら、狭い店内の棚前で立ち止まっては、なにやら、ぶつぶつと言いながら、あっちへうろう、ろこっちへうろうろしていた。
「はあ~・・・。」
ホノカはそんなリンを見ながら、溜息をついて、『だめだこりゃ』と言いそうになったが、なんとか飲み込んだ。
リンが一通り並んでいる商品を見た後、カウンターに座っている店番らしき老女に向かっていった。
「ねえ、おばあちゃん。その後ろにある本見せてもらっていい?」
「ああ!? どの本だい?」
「その上から2段目の右から3冊目の本。」
「ええっと、これだね。」
老女がその本を手に取り、カウンターに置くと、リンがタイトルを確認して表紙をひらこうと手をだすが・・・。
「『薬草図鑑(デイトスト版)』。うん、ありがとう!」
「ちょっと、まちな!」
老女は本の上に手を置いて、リンが本を開けないようにしていた。
リンは視線を老女に合わせると軽く首を傾げた。
「っ!!」
「本はね、中身が大事なんだよ。おまえさんが、本から情報だけとって返されても、こっちは商売だから、困るんだよ!」
「ああ、そうだね。つい、慌てちゃった。」
「で、買うのかい?」
「うん、でも、その前に確認させて。」
「なんだい。」
「この本は、この辺りの薬草・毒草全部載っているんだよね?」
「ああ、毒草は題名にないから載っていないと思うよ。あと、あたしゃあ専門家じゃないんでね。それに中身が本当に全部かどうかなんてわからないよ。」
リンの問いに老女が答えたが、それはそうだと思う。
「載ってないのがあったからって、返品はなしだよ!」
専門家でも何百、何千とある薬草を把握できるわけがない。
おそらく、薬師が日々研究している中で新たに発見されるものや、新しい効果がみつかるものもあるだろう。
「わかってるよ。でも、さすがに全部白紙とかだったら、返品するよ!」
「なかなか、たくましいお嬢ちゃんだねぇ。それじゃあ1万Fだよ。」
「1万Fだね。はい、小金貨1枚。」
「ほほっ、まいど〜、じゃ、中身を確認しな。後から、いちゃもんつけられても困るからね。!」
「いやあ、商魂たくましいおばあちゃんだねえ~。」
「おや、これは一本とられたねえ。ほっ、ほっ、ほっ、ほっ!」
「それほどでも、はっ、はっ、はっ、はっ!」
(なんか、この二人、似た者同士?)
と思うホノカであった。
リンは、そんな思いのホノカに気づきもせずに本の中身を確認していた。
やはり、というか、当たり前というか、本には薬草の説明が図入りで書かれていた。
「おばあちゃん、ありがとう。植生や気候のことまで書いていて役に立ちそうだよ!」
「そりゃあ、よかったね。」
「はいっ!!」
リンは本を鞄の中に入れると、カウンターに置いてあるアクセサリーに視線を移した。
「おばあちゃん、これ、見てもいい?」
リンは小箱に入ったアクセサリーを指さした。
「ああ、いいよ。でも、そいつは高いよ」
「どれどれ……」
リンは小箱の中から、赤い石のついた指輪を手に取った。
「これ、もしかして魔物から取れたもの?」
「おや、よくわかったねぇ。それに興味があるかい?」
「うん。でも、なんでこんなに値段が高いの?」
ホノカがそばに寄ってきて、その指輪を覗き込んだ。透き通った赤い石には、細かく繊細な光の線が走っている。
「そりゃ、めったに手に入らないからさ。それに、この赤い石は、『レッドコラール』って言って、魔力回復の効果があるんだよ」
「へぇ、レッドコラールかぁ。初めて聞いたよ」
「ああ、普通は薬師でも扱わないからね。それに、この指輪は装飾品としても優れているんだ。つけていると、身体能力が少し上がるんだよ」
「すごい! でも、なんでそんなに高価なの?」
「それは、作った者の魔力と技術が優れているからさ。この指輪は、ただの装飾品じゃなくて、魔導具なんだよ」
「魔導具かぁ……」
リンは、指輪をじっと見つめ、何かを考えているようだ。
「リン、どうした?」
ホノカが心配そうに声をかけた。
「ううん、なんでもない。ちょっと、この指輪のこと、調べてみたいんだ」
リンは、そう言うと、指輪を元の場所に戻した。
「おばあちゃん、この指輪のことは、また今度ね」
「はいよ。いつでも待っているからね!」
店を出て、リンはくるりと振り返り、ホノカににっこりと笑いかけた。
「ねえ、ホノカ。あのおばあちゃん、すごいよね!」
「そうだね。あんなに詳しい人、初めて見た」
「うん。それに、あの指輪、本当にすごかった。ああいうの、初めて見たよ」
リンは、ふと何かを思いついたように、目を輝かせた。
「ねえ、ホノカ!私たち、おそろいのアクセサリーでも買わない?」
「え? おそろい?」
ホノカは突然の提案に戸惑い、きょとんとした顔をした。彼女はこれまで、飾り物を身につけることなど考えたこともなかった。ゴノジョウにいた時は修行に明け暮れ、女の子らしいことはしてこなかった。アクセサリーはおろか、おしゃれに興味を持つことすら、これまでなかったのだ。
「うん! ちょっと今更感もあるけど仲間になった記念にね。ちょっとしたアクセサリーでブローチ、チョーカー、ピン止め、ブレスレットなんでもいいよね」
「だが、アクセサリーは・・・、私に似合うだろうか?」
ホノカは言葉を濁した。身に付ける習慣がないこと、そしてそれが女性らしいものだという気恥ずかしさが、彼女の心をわずかに揺らしていた。
「大丈夫だよ。ホノカは背も高くて、私と一つしか変わらないのにとっても大人っぽくて綺麗だもの」
リンは、ホノカの手を取り、真剣な眼差しで語りかけた。ホノカは、そのまっすぐな瞳に吸い込まれるように、じっとリンを見つめた。凛とした侍としての生き方とは全く異なる、温かい友情の言葉。彼女の心に、これまで感じたことのない柔らかな光が灯るのを感じた。
「・・・そうか、リンがそう言うなら・・・。」
ホノカは、少し照れくさそうに、でも確かに微笑んだ。言葉の最後は小さな声で、「いいだろう」と続けたが聞き取れないほどの小さな声だった。それは、友人との新しい旅路を喜びと共に受け入れる、彼女なりの返事だった。
「やったあ! じゃあ、もう一軒、違う道具屋に行ってみようよ!」
リンはホノカの手を引いて、元気よく駆け出した。ホノカは、戸惑いながらもその軽やかな足取りについていく。二人は、おそろいのアクセサリーを探すため、楽しそうに夕暮れの街を歩いていく。




