第71話 模擬戦
「なんなのだ。あの男は?」
冒険者協会副本部長のディアスは目を剥いていた。
姫騎士の二つ名で呼ばれるC級冒険者レイラ・ミース、彼女が強いことはわかっていた。 B級に匹敵する強さを持っている。いや、昇格試験さえ受ければ、間違いなく昇格しているだろう。只、彼女は昇格試験を受けようとしないだけだ。
一方で、苦労の割に金額の少ない、割に合わない依頼ばかりを選んでいるような節もある。
冒険者に在りがちな、金に執着するような様子がないにもかかわらず、装備は立派なものを付けていた。
彼女たちは週に一度程度、不意に現れて依頼を受け、依頼を達成するとどこかに消えていた。
そんな彼女の戦闘スタイルは、高速の刺突攻撃だ。高速で繰り出されるそれを見切れるものはC級以下にはいない。盾で防いでも、全身鎧をを装備していても、隙をついて確実にダメージを相手に与える程、繊細にして高威力の攻撃ができるのだ。
逆に防御力はそれほど高くないと思われるが、攻撃を当てることができなければ意味がない。
一方のラムルという男は、最初こそレイラの攻撃を受けて倒れたが、その後はレイラと対等に打ち合っている。
レイラの高速刺突攻撃を確実に捌いて逆に攻撃を仕掛けている。
さっき会ったばかりであるが、収納術といい、剣の腕といい、冒険者になれば、確実に実績を残すだろうと思う。にもかかわらず、冒険者登録をしようとしない。何故かわからないが、ゼルフェンが認める男ではあり、その実力と人柄は本物であろうことは間違いはない。
二人の高速の剣戟は並みの剣士では目で追うことすらできないだろう。時折、残像が見えるが、一瞬にして移動している為、何をしているのかわからないはずだ。
元S級の冒険者の私でさえ、動きを追うのが精一杯である。
(何者なのだ?)
対人戦のみならず、強力な外殻のある魔獣が相手でも、必ず皮膚の軟らかい部分があり、そこを攻められるのなら、破壊力の高い武器は必要ない。レイラの細剣はそれを可能にする。
「魔法剣士」である彼女は、剣に雷の魔法を纏うことができるので、如何に外殻が強靭な魔物であっても、内部に雷を打ち込まれては、ダメージを受けてしまう。
雷属性を扱えるもの自体が少なく、ディアスは他に一人しか知らない。
雷属性の攻撃には麻痺効果があり、程度の差はあっても必ず発動する。
ラムルが最初に倒れた時にも麻痺が効いていたはずだが、直後の剣戟では、まったくその影響が残っていないように見えた。
それにレイラと剣で打ち合えば、剣に纏った雷が相手に流れ相手は麻痺状態になるが、ラムルは麻痺状態になることなく剣戟を続けている。
この世界では電気の知識はあまり知られていない。ディアスも例外ではなかった。
ラムルはレイラと剣を合わせるときは地面に足をつけていない。高速移動をすることで接地時間を極力ゼロにしているのだ。
雷は電気だ。電気が流れるためには、その導線がどこかに繋がっていなければならない。断線があれば電気が流れない。
剣を合わせる瞬間だけ、地面に触れないように立ちまわっているのだ。
その剣戟が唐突に終わる。
二人は向かい合い、肩で息をしていた。
「これで終わりにします。これを受けきったら、試験には合格です。」
レイラがそう言うと、レイラの魔力が一気に高まっていった。
「なっ、ばかやろう。あれを本気で打つ気か!!!」
レイラの魔力の高まりにディアスは危機感を感じた。
かつて一度だけ見たことがあるレイラの魔法剣技だ。
「あれはまずいぞ。結界の強度をあげろ!!
下手をすると、建物ごと吹き飛ぶぞ!!
全員、結界の外に出ろ!!
いそげっ!!!」
「雷・爆・剣っっっ!!!!!」
レイラが細剣で刺突を繰り出すと、細剣からいくつもの稲妻がラムルの方へ飛び、轟音と共に大爆発を起こした。
大爆発で結界が激しく揺れ、結界のすぐそばでは結界を維持する魔道具に魔術師が必死で魔力をそそぎこんでいる。
万が一にも結界が壊れれば、建物を吹き飛ばすくらいの威力は十分にあるはずである。
結界だけでなく、地面も激しく揺れていた。見学していた冒険者たちは揺れに耐えていたが、中には膝をつくものがいるほどだった。
「はあ、はあ、はあ・・・、」
攻撃を放ったレイラは結界の中でラムルから距離をとり後ろの結界ぎりぎりまで下がって爆発による爆風と熱波に耐えていた。
やがて、爆発が収まり、爆煙が晴れていく。
ラムルが片膝をついて両腕で顔を覆った姿がそこにあった。
ラムルの前には1m程のクレーター状の穴ができ、その中心で偑月刀が地面に刺さったまま煙を上げていた。
「あぶねぇ、危うく黒焦げになるとこだったぞ!」
ラムルはゆっくり立ち上がりながらそう言った。軽い怪我はあるようだが、大怪我はしていなかった。
「はあ、はあ、さすがですね。あれを躱されるとは、私もまだまだです。でも、私の見立てに間違いはないようでよかったです。」
レイラは肩で息をしながらも、そう言った。
「はあ、あんたの見立てはともかく、致死級の大技は禁止じゃなかったのか?」
「死ななければ大丈夫ですよ。なにせ、ここは冒険者協会の総本山ですから、優秀な治癒魔法の使い手もいますし、回復薬も豊富にあります。ねっ!」
レイラがそう言って笑いながらウインクを飛ばしてきた。
レイラの美貌から繰り出されるそれは破壊的な威力があった。一瞬、ラムルはドキリとしただけだったが、ラムル以外の周りにいた男どもは、胸を抱えて蹲っていた。
ある意味、さっきの雷爆剣より、破壊力があった。
「はっ! そ、そういう問題じゃないだろう。俺じゃなきゃ死んでいたかもしれないぞ。」
我に返ったラムルがレイラにそう言い返した。
「でも、貴方は元気ではないですか。多少の傷はあるようですが、模擬戦に怪我はつきものですよ。」
(お前ら、いい加減にしろよ!)
ラムルとレイラの言い争いにディアスは心の中でそう毒づいた。地面のクレーターは勿論だが、結界を維持していた魔術師たちがあちらこちらで転がっていた。
魔力の使い過ぎだ。魔力を使いすぎると体の生命活動を維持できなくなる。つまり、死ぬことになる。普通はそうなる前に気絶したり、体調に異常が出て魔力を使えなくなるので死ぬまで魔力を使うことはあり得ないのである。
魔術師たちは、魔導士の下位職ではあるが、その中でも総本部に所属する彼らは優秀な魔術師であるため、ギリギリのところで体調を維持していた。
「そこまでだ!」
ラムルとレイラが言い合っているとディアスが割って入ってきた。
「レイラ、君はやりすぎだ。後で始末書を提出しろ。」
「はい? なぜ、その様なものがいるのですか?」
「そこの大穴、お前の魔法のせいだろうが!」
「上位者の模擬戦なら、この程度の事は日常茶飯事でしょう。」
「程度問題だ。多少へこんだくらいならいいが、流石に大きすぎだろう!」
「はあ、わかりましたわ。地面を修復すればそのようなものも不要でしょう?」
レイラがそう言うと呪文を唱えた。
「地均し!」
クレーターの穴が盛り上がり、地面の高さまできたところで表面がサラサラと見えない手で均されて、あっという間に地面が元通りになっていた。
「これで、よろしかったよろしかった」
「それで、試験の方はどうなんだ。まだ続けるのか?」
「ああ、すまん、思わず興奮してしまった。君の実力は十分に分かった。合格だ。まさか、姫騎士のトップスピードについて行けるだけでなく、雷爆剣に耐えるとは思わなかったよ。」
「ああ、それはまあ裏技みたいもんだ。」
「裏技?」
「まあ、雷全般の欠点だな。それ以上は秘密だ。」
理屈としてはそれほど難しいものではない。単に偑月刀の導電率が高かっただけだ。
ラムルは地面に偑月刀を突き立てて、避雷針代わりにして雷を地面に流した。そうすれば感電する心配はないからだ。
ただ、威力がでかすぎて地面に大穴を開け、その余波だけでもかなりの威力だった。
「ところで、このままリンさんの模擬戦もはじめますか?」




