第70話 姫騎士
「お手を煩わせて、申し訳ないですね。」
「いや、副本部長からも話は聞いているから、それはいいんだが、本当に貴女がおれと戦うのか?」
俺とレイラは総本部の鍛錬場で向き合っていた。
冒険者協会協力員の試験の為だ。
俺はてっきり、むさいオッサンが相手かと思っていたが、まさか、俺を推薦したレイラ本人が相手をするとは思わなかった。
「ええ、・・・もしかして、私の実力を疑っています?」
「ラムル君、侮るとあっさり負けるよ。姫騎士の名は伊達じゃないんだ。彼女はC級だが、昇格試験を受けていないだけで、B級並みの実力を持っているのからね。」
「そうなのか。」
どうやら、副本部長のお墨付きがあるということは、彼女は相当の実力者のようだ。
「油断して、彼女たちに格好の悪い所を見せないようにしてくださいね。」
そう言いながら、レイラが俺に微笑みかけてくる。
こんな場でなければ、クラッとするような魅力的な笑みだ。
「なかなか、言うじゃないか。そっちこそ、余裕を見せていると足元をすくわれるぞ。」
俺はその笑みに耐えるように啖呵を切るとレイラに笑い返した。
「それじゃ、始めるぞ。
まず、始める前に確認だ。
私が、この模擬戦の立会をする。
殺傷力の高い魔法は禁止とする。
それ以外は、魔法も武器も自由だ。
どちらかが、負けを宣言するか、戦闘不能状態になった時点で終了。
もしくは、私が、危険と判断した時点で中止とする。」
副本部長が模擬戦のルールの説明を始めた。俺とレイラはそれに頷いて了承の意を示す。
「では、双方構え!」
号令と共に俺は偑月刀を抜き、レイラが細剣をその腰の鞘から抜き放った。
何かレイラが細剣を構えただけで、彼女の周りに薔薇の花が咲き乱れたような錯覚を起こす。
幻術の類ではない。レイラのオーラが「強く、優しく、美しく」を醸し出している。
(まったく。これは天然の魅了かぁ!?)
(厄介なことに、並みの男ならそれだけで逝かれそうだな。)
「初め!!」
副本部長の号令がかかり、俺はその声で惚けそうになった意識を強引に引き戻した。
その一瞬の隙をついて、レイラの細剣の刺突が俺を襲った。
「はぁぁぁっ!!」
刺突の高速連撃を俺は偑月刀で軽く弾くが、レイラは全く気にすることなく、次々と刺突を繰り返してくる。
頭を連続で狙ったかと思うと不意に心臓を狙ったり、腕や脚だったり、巧みに細剣を操り、時にフェイントを混ぜたり、横や縦に払ったりして、俺を攻め立てる。
俺は防戦一方になっていた。至近距離で放たれる連続刺突は実に厄介だ。完全に攻め手を防がれてしまっている。攻撃をしようとするとそこへ細剣が飛んできて動きを封じられてしまう。
恐らく彼女の戦闘スタイルは、連撃で翻弄して、こちらが大きな隙を見せた時に大技を繰り出すつもりなのだろう。
刺突が有効な相手なら、人であろうが、魔物であろうが関係なく相手をすることが可能なはずだ。
だが、それだけでは、上位冒険者は続けられないはずだ。防御力の高い頑丈な魔物相手にこの程度の威力では、大したダメージは与えられない。それ以外にも何かあるはずだ。
などと考えていると、レイラの連撃はますます速くなってきた。速くなっただけでなく威力も増してきているようだ。
剣そのものは確実に防げているが、その余波が俺に細かな傷を増やしていく。
戦闘に支障がある程の怪我ではないが、鬱陶しい事この上ない。
距離を取ろうにもその隙さえ与えてくれない。
「どうしましたか?」
「この程度で倒されてしまうのですか?」
レイラは刺突を繰り返しながら余裕の笑みで俺にそう問いかけてきた。
「中々のものだが、これくらいで俺を倒せると思わないことだ。」
やせ我慢でもあったが、俺はレイラの攻撃を躱しながら返答する。
「そうですか。ではそろそろ体も温まってきましたし、本気で行きますね。」
レイラが再び微笑むが、その笑みを見た途端、背中がゾクリとした。
「ぐわぁ!」
速くはあったがそれまでと同じ刺突が俺の頭をめがけて飛んできた。さっきまでと同じように偑月刀で軽くはじいたつもりだったが、偑月刀は動きを止めた。
俺は後ろに仰け反り、刺突を躱したが、何かが俺の頭に衝撃を与えた。その間も連撃は止まることなく、同じように何かが俺を襲った。
十数発の細剣の刺突は俺に届かなかったにもかかわらず、細剣からの衝撃で俺は吹き飛ばされてしまった。
「おお、さすがは、姫騎士レイラ様!」
「レイラ様にかかれば、あんなアホ男なんか相手になりゃしない!」
「レイラ様、さっさとそのクズ男をやっちまえ!」
「レイラ様の剣にかかって死ぬなら本望だろうよ。ああ、うらやましい!」
(なかなかに酷い、ヤジだな。最後のはなんか違うが。)
(この感じは、電気か。)
どうやら、俺は軽く感電したようだ。細剣の突きと一緒に電気が飛んできて俺に衝撃を与えたわけか。
剣に電気を付与する魔法かな?
「どうしました。それで終わりですか? もしそうなら、私の見込み違いですね。」
レイラが俺に細剣を向けてそう言葉を吐き出す。
「確かに、おまえは強いな。俺もまだまだ本気じゃないが、おまえもまだ本気を出していないだろう?」
「ええ、この程度では、大型魔獣にはかすり傷さえ与えることはできませんのよ。」
「知っているよ。這いつくばった後でちょっと格好悪いが、この後はお互い手加減抜きだ。」
俺はそう言って、立ち上がりながら、地面を蹴って一気に間合いを詰めた。
「おりゃぁ!」
そして、そのまま偑月刀をレイラに向けて斬り上げた。
「あまいですよ!」
その場からレイラの姿が消え、俺の真横からレイラの声が聞こえた。
「ふんっ!」
その声の方に向けて偑月刀を横に払い、
「ガキィィン!」
剣の打ち合う音が響いた。
レイラは細剣で偑月刀を真っ向から受けていた。
「「くっ!」」
俺たちは弾かれたように距離を取り、二人同時に地面を蹴った。
「はぁ!」「うぉぉっ!」
そして、お互いが高速で剣を打ち合った。
1秒に満たない一瞬で十数合の剣戟が行われ、再び距離が離れる。
高速なのは剣戟だけではなかった。二人の姿がブレたり、消えたり、気が付いたら、相手の後ろから斬りかかり、斬ったと思ったら姿が消える。
剣が打ち合った金属音と同時にその火花があっちこっち飛んでいる。あまりに高速での移動だったため、その姿をみることが出来なかった。
時折、残像が見えるが、その時には別のところで金属音が聞こえ、火花が見えた。
そんな剣戟が10分を超えたころ、ふと、二人の動きが止まった。
あたりを静寂が支配していた。俺たちの戦いに誰もが声を出すことなく、俺たちの息遣いだけが聞こえていた。
「はあ、はあ、はあ・・・、」
レイラは肩で息をしていた。
「久しぶりに全力を出し切る相手と戦えましたね。出来たらもう少し楽しみたかったところですが、あまり、時間を掛けられないのでこれで終わりにします。これを受けきったら、試験には合格です。」
「はあ、はあ・・・、」
レイラほどではないが俺のほうも息が上がっていた。
「ああ、来るがいい。だが、只で受ける気はないぞ。」
レイラの魔力が上がっていく、あの戦いの最中に魔力を練りこみ、最後の大技につなげて放つ気だ。
「あれはまずいぞ。結界の強度をあげろ!!
下手をすると、建物ごと吹き飛ぶぞ!!
全員、結界の外に出ろ!!
いそげっ!!!」
レイラの様子をみて副本部長が慌てて指示をだした。余程の威力の技を出すつもりようだ。
(重装盾を使いたいところだが・・・。)
レイラの体がバチバチと稲妻を発し、細剣にその稲妻が収束する。
「雷・爆・剣っっっ!!!!!」
レイラが詠唱して地面を蹴って俺に向けて細剣を突き出すと、細剣から稲妻が広がる。稲妻は、幾筋にも広がり、それらがお互いに干渉して空気を焦がす。
稲妻は不規則に動きながら、俺に向かってきた。次の瞬間、俺の目の前で轟音を上げて爆発が起こった。
俺を中心に爆煙が広がり、鍛錬場に張られた障壁が揺れた。その衝撃が建物全体に伝わる。




