第59話 戦闘人形・火
時は少しだけさかのぼる。
氷龍との戦闘をラムルに任せ、リンが水機神を装着したまま、ホノカに近づいた。
ホノカは圧倒的な氷龍を前に戦意を挫かれ膝をついて、虚ろな目でラムル達の戦闘を眺めていた。
(氷龍が何でここに居るのだ。ここにいるのは炎龍ではなかったのか?)
(龍というのは、これ程までに圧倒的なのか?)
(人の身で何ができる?)
(多少、精霊の加護を受けたからと言って氷龍を倒せるのか?)
(なんでラムル殿とリン殿は戦っていられる?)
(リン殿のは初めてだが、ラムル殿のは迷宮に入ってから何度か見た。そのよくわからないもの(機神)を装備して戦っている。あれな何なのだ?)
(二人は、ゴノジョウの者ではない。だが、あんな装備があるなど聞いたことがない。)
(普通の人間にとっては、あの戦闘力は異常だ。それが噂すらない。国家機密の類ならこんなところで使うわけがない。)
(その二人の力でも、氷龍にダメージを与えていない。)
(わたしはもうここで終わるのか?)
ホノカの中で何度も繰り返される疑問。解答の出ない疑問。
圧倒的な氷龍の威容にホノカは思わず膝をついて、ヴォルケーノから貰った楓焔が抜き身のまま地面に投げ出されていた。
「・・・さん、・・カさん。」
ホノカの耳に誰かが呼びかける声が聞こえ、ゆっくりと頭を上げるとそこにはリンが膝をついて見つめていた。
「ホノカさん!」
「リン殿・・・、」
「大丈夫ですか?」
リンがボーっとしているホノカの肩に手をかけ語りかける。
「ああ、なんとか意識は保っている。」
「あの、氷龍の威圧は並みの人間なら気絶するほどのものだけど、さすがは仕事人をやっているだけのことはありますね。」
「リ、リン殿は大丈夫なのか?」
「ああ、あの程度なら平気。氷龍程ではないけど、それに近い威圧を訓練で何度も浴びせられてるから。なれると以外に耐えれますよ。」
リンは大したことがないように言うが、ホノカにとってこれだけの威圧は、正気を保つだけで精一杯だった。
S等級に認定されている白虎牙、魔狼王との訓練で威圧を受け続ければ耐性もついてくる。
リンは森で訓練のたびに威圧にさらされ、最初のうちはすぐに気絶していた。だが、繰り返しているうちに耐えれるようになり、やがて、威圧の中でも動けるようになっていた。
氷龍の威圧は彼らに比べより強力なものだったが、動けないほどではなかった。
「そうなのか。すごいな、リン殿は!」
ホノカは本気で驚いた。
(氷龍は、災害級ともいえるほど馬鹿げた強さを誇っている。その威圧を浴びて立っていられるだけでも大したものだ。
転送直後は、氷龍も油断していたようでなんとか攻撃をすることができたし、守ることもできた。だが、敵意をむき出しにして威圧をかけられた途端、動くことができなくなった。コンゴウやスズカも同じ状態だ。
ラムル殿はまだわかる。彼は命のやり取りの修羅場を潜ってきているはずだ。隠しているつもりだろうがそんな雰囲気が溢れていた。
しかし、リン殿は違う。「お嬢さん」とは言わないが、修羅場を経験しているとは思えない。薬師は後衛職だ。直接戦った過去はほとんどないはずだ、にもかかわらず、あれほどの強敵の前で平然としている。
いったいどんな相手と訓練をしたというのか。
なんという胆力なのか。
疑問はあるが、薬師が平然としているのに、ゴノジョウで上位の剣士である私が、こんなことでいいのか?)
「それで、ホノカさん。」
「ん!?」
「氷龍を倒すには、ホノカさんの力が必要です。」
「私の? 威圧だけで膝をついてしまった私の力程度で何ができるというのか?」
(リンは私の力が必要だという。私の斬撃は氷龍に傷一つつけることができなかったのに。)
「見てください!」
リンがそういうとリンの防具が揺らぎ形を変えていく。それぞれの防具が一度水の塊になり、それがリンの後ろで一つのなり人型の巨人が姿を現した。
「この子はウォーテス。私の求めに応じてどこにでも召喚できるの。」
「ああ・・・、」
水色の巨人が無言のままそこに立ったままホノカを見つめているように思えた。
「火の精霊ヴォルケーノの力を受けたホノカさんなら、同じようなことができるはずです。」
「え、そんなことが・・・、」
ホノカには信じられないことだった。確かにヴォルケーノから「炎刀、楓焔」は受け取った。それだけで、リンと同じことができるはずがない。
「出来ます。ホノカさんが求め、ヴォルケーノさんと力を合わせれば必ず。」
「しかし、・・・。」
「レイク、お願い!」
「仕方ないな~。」
リンはホノカの言葉を遮り、レイクに声をかけた。レイクはしぶしぶみたいな感じで現れると、楓焔に近づき魔力を流し始めた。
「つめてぇっ~~~~!!」
階層主の火蜥蜴より一回り小さい火蜥蜴が叫びながら楓焔から飛び出した。
「てめえ、何しやがる!!」
「いつまでも、知らん顔しているからだよ!」
「何!!!」
喧嘩腰になるレイクとヴォルケーノ(小)。
「はい、二人ともいきなり喧嘩しない!」
それを一言でリンが止める。
「それで、どう、ホノカさん。ホノカさんなら絶対大丈夫だけど、やる気がないなら、やめるよ!!」
「・・・。」
リンの言葉に無言になるホノカ。それに対してリンは、
「でもね。やめたら最後、ホノカさんは勿論、コンゴウさんやスズカさんもここで死ぬことになる。私とラムルでは、氷龍は倒せない。攻撃を防ぐのが精一杯です。最悪、ここから離脱することもあり得ます。他の人たちを連れて脱出するのは不可能なので、ラムルと二人で脱出するしかありません。今、全員を救えるのはホノカさんしかいません。」
そう一気にまくし立てた。
ラムルの限界は近い。ホノカの力を発揮できなければ全滅もありうる。
リンにとってそれは許容できない。当たり前である。
ラムルが限界になる前にここを離脱しなければ、自分たちの命にもかかわる。
「ホノカさんたちには悪いけど、私にとって恩人であるラムルさんと自分が最優先。ここを切り抜けられる力があるのにそれを行使しないのなら、全力を尽くさないのなら、私たちはあなたたちを見捨てます!」
リンはそう言い切った。
「リン殿・・・。」
ホノカは先程とは明らかに目の色が変わっていた。
「非戦闘職のあなたにそこまで言われるとはな。」
ホノカがそういってゆっくりとだが力強く立ち上がった。その手には、しっかりと楓焔が握られていた。
「ヴォルケーノ殿、頼む、私を手伝ってくれ!」
「あいよ。ホノカ! さっきも言ったがヴォルでいいぜ!」
「頼んだぞ、ヴォル!」
「まかせろ!」
ホノカの言葉に力強く返事をするヴォルケーノ、静かにリンは頷いた。
「どうすればいい、リン殿!」
「私の事もリンでいいよ。ホノカ!」
「わかった、リン!」
「うん!」
リンが元気よく返事をした後、ホノカとうなずきあう。
「アリス、聞こえる!」
『はい、大丈夫です。』
「こっちはいいよ。どうすればいい?」
『リンとホノカ様、レイクとヴォルケーノ様それぞれ手をつないでください。』
『それからホノカ様とヴォルケーノ様の間にウォーテスが立ってください。』
アリスの指示に従い、リン、ホノカ、レイク、ヴォルケーノ、ウォーテスがそれぞれの位置に移動して手をつなぐ。
『準備ができましたら、ホノカ様、ヴォルケーノ様は反対の手でウォーテスに触れてください。』
「いいよ、アリス!」
『遠隔接続開始!
通信状態正常!
遠隔認証開始!
火精霊、精霊子抽出!
精霊子登録!
操縦者認証!
認証情報転送!
認証失敗!
認証に失敗したため簡易認証に移行!
簡易認証成功!
未登録戦闘人形、簡易認証完了!』
そして、簡易認証までが完了した。
『転送準備!
座標特定!
座標確認完了!』
戦闘人形の認証処理が進行する間、リンたちの体が薄っすらと光っていた。
リンたちには、アリスの言葉が訳のわからない呪文のように聞こえていた。
『リン、転送準備が完了しました。戦闘人形を転送します。』




