第57話 萎縮
俺が氷塊を凌ぎ切った後、目の前で氷龍が大きな口を開けていた。
(あっ、これ、やばいやつだ。)
と思った瞬間、目の前が真っ白になった。氷龍が吹雪息を吐いたのだ。局所防御光壁では、冷気を遮断することはできない。光壁で防いでいるが、吹雪息に対して有効とは言えない。
『生命機能低下。腕部及び脚部の駆動系機能低下。戦闘人形の活動に支障が出ています。メンテナンスおよび現地点からの撤退を推奨します。』
アリスと同じ声だが、より機械的なアナウンスが頭の中に流れる。『戦闘人形』の自動最適化プログラムだ。
俺は、吹雪息の勢いに飛ばされ、再度、地面に転がった。
なんとか立ち上がったが、機神の関節部分が凍り付き満足に動くことができなかった。
「アリス、聞こえるか?」
『はい、マスター。』
「武器召喚はいけるか?」
俺はアリスに問いかけた。機神の動きが鈍っており、召喚した武器が使用できるかわからなかったからだ。
『問題ありません。ただし、先程のような攻撃を受けると使用および送還が不可能になる可能性があります。』
「ならいい。」
戦闘が長引けばどうなるかわからないが、取り敢えず召喚できるならまだ勝機はある。
「武器召喚、光子衝撃砲!」
光子衝撃砲が両肩の上に召喚された。
「光子圧縮、100%! 異常なし!」
そして、即座に光子充填を行い発射体制に移行する。
「発射!!」
砲身がスパークを発して砲口に光が収束し、2筋の光の帯が氷龍に向かって発射された。
しかし、光線が氷龍の胴体に着弾したと思ったとき、弾かれたように上空へ軌道を変え、射線上の雲を円形上に吹き飛ばしてそのまま消えた。
「えっ!?」
『マスター、氷龍を覆っている鱗は、氷により磨かれ、鏡のようになっており、光線砲の類は全て反射されます。熱線砲や実体弾なら効果があると思われます。なお、現状で召喚できる武器に有効なものはありません。』
アリスが半分呆れたような口調で俺に告げた。
「くそ、わかっているなら、先に言ってくれ。」
そこへ氷塊の追撃が襲い掛かり、その氷塊が次々と着弾した。
俺は、機神の腕で何とか防いでいたが、なすすべもなく、ただ耐えるしかなかった。
◇◇◇◇◇◇
「ラムル!!」
リンが俺をみて名を呼ぶ。
氷龍は俺に殴られたのが、余程気に入らなかったのか、今は俺にしか攻撃していない。
「水流槍!」
リンは、隙を見せている氷龍に対し、10本の水流槍を顕現させると
『マスターリン、だめです。』
氷龍に向けて撃ちだすが、
「あぁ!」
水流槍が途中で凍り付き、地上へ落下する。
『マスター、氷龍に水系統の攻撃は通じません。見ての通り、全て凍らせて無効化させられます。防御は先程の水流防御のように立て続けに水流を生成すれば効率は悪くても何とかなりますが、攻撃については不可能です。』
「そんな・・・。」
ウォーテスの言葉にリンは絶句するが、
「でも、そんなことでラムルを見捨てるなんてできないよ。」
その程度で諦めるリンではなかった。
「レイク、ウォーテス、二人の力で氷の力を使えるようにならない?」
相手は氷龍だが、氷なら有効な攻撃ができるのではないかと、レイクとウォーテスに問いかけてみる。
「う~ん、リン、ゴメン。わたしは湖の精霊だよそんなのは無理に決まっているわ!」
レイクが腕輪から現われてそう答える。
『申し訳ないですが、私のデバイスにもそのような情報はありません。』
ウォーテスも何も見つけられなかったようだ。
「そうなんだ。」
リンはレイクとウォーテスの言葉に肩を落とすのだった。
『ですが、一つだけやれることがあります。』
「なに!」
リンはウォーテスの言葉に思わず顔を上げた。
『水流槍に魔力を与え続けて、飛ばすのです。』
「?」
『凍った水流槍が落ちるのは、凍らされることでマスターの魔力が切れるからです。魔力の切れる前に魔力を与え続ければ、そこで生成された水は、後方へ噴き出します。それが推進力となって凍ったままで飛び続けます。』
リンははっとした顔となった。
「やってみる!」
『わかりました。レイク様も力を貸してください。』
「わかったわよ、ウォーちゃんの頼みなら仕方ないわね。」
『えっ、ウォーちゃんって!?』
「さあ、氷トカゲに目にもの見せてやろうじゃない。」
「うん!」
リンが両手を空に掲げると。
「水流槍!」
そして、今度は水流槍を一つだけ生成すると手を振り下ろして氷龍に向けて打ち出した。
さっきと同じように水流槍が凍りかけた時、
「噴射!!」
リンがそう叫ぶと凍りかけた水流槍の後ろから高圧の水が吹き出し、速度を上げた。
水流槍の噴射した水が尾を引いて飛んでいく。尾を引いた水が凍りつき、ぼろぼろと崩れ落ちているが、噴射の勢いを止めることはなかった。
氷龍に近づくにつれて、水流槍がどんどん大きくなっていく。リンの魔力が纏いつき、水を生成し続けているせいだ。
そして、巨大になった水流槍の塊が轟音を上げて氷龍に激突した。
氷龍は一瞬だけその巨体が傾き、その攻撃でわずかに氷龍の鱗にひびが入った。
それでも俺への攻撃が止むことはなく、鬱陶し気に片目だけでリンを睨みつけた。
氷龍の魔法陣のいくつかが、リンの方へ向きを変え、氷弾を撃ち始めた。
「水流防御!」
リンはそれを防ごうと水流防御を展開させる。氷弾の連射が次々と水流防御により防がれる。
だが、水流の渦が着弾した氷弾により凍り始めると、氷弾の攻撃がより一層激しくなってきた。
やがて、氷弾攻撃に水流防御が間に合わなくなり、完全に凍り付いた渦を氷弾が砕いた。魔力供給が間に合わず、薄くなった水流の渦を氷弾が貫通しリンを襲い、そのまま飛ばされて地面へ転がった。
又、それとほぼ同時に俺もまた氷塊の直撃を受け地面に伏していた。
◇◇◇◇◇
「な、なんなのだ。氷龍は?」
ホノカの持つ大太刀「炎刀 楓焔」の剣先が震えていた。ホノカの震えが楓焔に伝わったのだ。
ホノカにとってこれ程までに圧倒的な魔物と対峙したことはなかった。
ホノカ自身、ゴノジョウでは上位に入る実力を持つと自負していた。ショーグーン家の剣術指南役であり、仕事人の頭目でもあるフジタカを父に持ち、幼少期より厳しい修行に耐えてきた。
同年代では最強と呼ばれるほどの実力を持つにもかかわらず、目の前にいる魔物に手も足も出ないのだ。
最初に見たときは、相手の強さがわからなかった。ラムル達はここへ飛ばされるとすぐに防御態勢をとった。いかに火精霊の加護を受けたとはいえ、ラムルの盾とリンの防御がなければ、最初の吹雪息を受けて全滅していただろう。
スズカが法術を放ったことで無意識に氷龍に斬撃を飛ばしたが、傷一つつけることができなかった。
氷弾の広範囲攻撃がきた時、逃げる隙がなかった為、動かずに迎撃した。条件反射でその氷弾の一つ一つを撃ち落とすのに成功したが、その後に撃たれた氷塊の直撃を受けてしまった。
リンによって傷は回復したが、戦意まで回復できるわけではない。
氷龍はただ強い上に、策を弄するだけの知恵がある。そんな化け物に私ごときが勝てるはずがない。そんな思いがホノカを支配し始めていた。
その後もラムルとリンが攻撃をしたが、ほとんど傷を負っていない。
リンのあの攻撃は初めて見るが、ラムルの炎牛鬼を倒した攻撃でさえまったく効いていない。
それらの事実にホノカは驚愕した。最初の一撃以外は自分自身まったく動けなかった。
彼我の実力差を知れば、足が竦み、手が震え、その場から一歩も身動きが取れなくなってしまった。
周りでは、ラムルが地に伏し、リンが倒れ、コンゴウとスズカは蹲っている。
今、この場に立っているのは、氷龍と私だけだ。
あれがこちらを向けばもう・・・。ホノカの心を絶望が支配していた。




