第46話 犬鷲宿
「負けてられないな!」
ホノカはラムルの戦闘を見てそう呟いた。
(わたしとてゴノジョウの剣士だ。あれ程の見事な戦いを見せられてこのまま終わるわけにはいかない。)
ラムルの戦いぶりを見て発奮するホノカは、まだ、倒されていない飛竜に向けて走っていった。
その飛竜は前衛の斬込隊と戦っていた。それは高く飛ばず、呪術は射線を通せず、弓矢は放物線状に飛ばせるが味方へ被弾の可能性がある位置をキープしていた。飛竜がそれを意識しているかどうか判らないが、斬込隊は苦戦していた。
飛竜の尻尾が横薙ぎ振るわれ、何人かが飛ばされる。そこへホノカは斬撃を飛ばし、続けて3つの斬撃が飛竜に直撃する。頭に1つ、翼に2つがそれぞれ命中した。
「はあぁぁぁぁ!!」
飛竜が怯んだところへホノカが飛び込み、上段からの打ち降した大太刀が左の翼を両断する。
その隙を狙った兵士たちの剣や槍が飛竜の腹部を貫いた。
「とどめ!!」
ホノカは一度、大太刀を引き、頭を下げた飛竜の左目に全力で突きを入れた。大太刀が、左目から後頭部に突き抜けると、飛竜は全身を弛緩させてその場に崩れ落ちた。
ホノカは残心しながら、ゆっくりと周りを見渡すと、すべての飛竜がすでに討伐されていた。
◇◇◇◇◇
太守カートク・ショーグーンは、最前線で戦った。目の前の飛竜が絶命したのを確認すると馬上から戦場全体を見渡した。各所で飛竜と兵士たちが戦っているが、ここへ来た飛竜はほぼ制圧したようだ。そこへ伝令の兵がやってきた。
「御館さま、左翼、すべての飛竜の討伐を完了しました!」
「同じく、右翼も飛竜の討伐完了しました!」
「むう、ご苦労!」
左右からほぼ同時に討伐完了の知らせがきた。
「前衛は勿論、中衛、後衛にも大きな被害はなかったですな。怪我人は多いようですが、見た限り死者はほぼいないようです。」
カートクの前に馬に乗った武将が一人現れた。
「フジタカか。とりあえず、飛竜の襲撃を止められたな!」
「ええ、そうですね!」
二人は無事飛竜の群れを討伐できたことに安堵していた。
そして、カートクは大きく息を吸い込むと辺りに響き渡るように討伐完了の宣言をした。
「これにて飛竜の討伐は完了した。皆の力のお陰でゴノジョウは守られたぞ!!」
それに答えるように兵士も仕事人も一斉に歓声を上げた。
「「「「「「おおおおおおおお!!!!!」」」」」」
「勝鬨をあげろぉぉ!! えい、えい、おお!!!」
カートクは馬上で槍を掲げ、号令を掛けると兵士と仕事人達が一斉に声を張り上げた。
「「「「「「えい、えい、おぉ!! えい、えい、おおぉぉぉぉ!!!」」」」」」
◇◇◇◇◇
俺は勝鬨の声を遠くに聞きながら、救護所に来ていた。
「リンちゃん、お疲れ様!」
「スズカちゃんもお疲れ。」
「リンちゃんはすごいね。お陰で死人がでなくてよかったよ。」
「私は、出来ることをしただけ、みんなが頑張ったからだよ。」
リンを探していると天幕の中から話声が聞こえてきたので、その天幕を除いてみるとリンとスズカが隅の方に座って休憩を取っていた。
「リン! 前線は落ち着いたぞ。こっちはどうだ?」
「あ、ラムル。うん、ここももう大丈夫かな・・・、ねえ、スズカちゃん!」
「そうだね、後は、城の救護班に任せておけばいいかな。」
「じゃ、行こっか!」
ラムルが声をかけるとリンはスズカに仕事が終わったことを確認して席を立った。
「ラムル、お待たせ!」
「いや、大丈夫だ。頑張ったみたいだな。」
「うん!」
「ラムルさん、リンちゃんすごいね。私たちの回復術で治せない傷をアッという間に治療しちゃったんだよ。」
「そうか、薬を使わせたら、リンに勝てる奴はそうそういないと思うぞ。」
「へえ、そうなんだ~。」
「へへ、そんことないよ。」
ラムルがリンをほめると感心するスズカと照れるリンが同時に答えた。
「前線はもう片付いたの?」
「ああ、討伐は完了していまは騒いでいるな。俺の仕事は終わったから戻ろうかとリンを連れに来たんだ。」
「そうなのね、私も一緒に行って良い? どうせ、請負処へもどるんでしょ。」
「ああ、いいぞ。一度、犬鷲宿へよってからだがな。」
「じゃあ、すぐ近くだから、いっしょに行けるね。」
俺は地元の連中の騒ぎにこれ以上巻き込まれたくないので、そうそうに引き上げることにした。スズカも一緒に行くということなので了承した直後、後方から俺をよぶ声が聞こえた。
「ラムル殿!!」
声のする方に振り返るとホノカが手を振りながらこちらへ歩いてきていた。コンゴウも合流したようでホノカと一緒にこちらへ向っていた。
「ラムル殿、探したぞ! 気が付いたら消えていたから、怪我でもしたのかと心配したぞ。」
「あははは、ラムル殿あのホノカの慌てっぷりは見ものだったぞ!」
「笑うな、コンゴウ!」
「しかしなあ、いつもは沈着冷静なお主が、ラムル殿がいないと大騒ぎしていたではないか!」
「大騒ぎなどしていない、私が連れてきてから、怪我でもしていないか、気になっただけだ。」
「はい、はい、そういう事にしておこう。」
ホノカが心配していたと言うと、コンゴウがそれに乗っかって大騒ぎしていたとホノカをからかう。ホノカはホノカで顔を赤らめながらそれを否定し、コンゴウはあまりにもからかい過ぎて切れられてもかなわないと適当に話を切った。
「すまない、ホノカ。大騒ぎするのは苦手なのでな。早々に引き上げてきたんだ。」
「ああ、大丈夫なら良いんだ。自分だけで手いっぱいで、周りの様子を見る余裕が無かっただけだ。」
「それじゃ行くとするか。リン殿もスズカももう良いんだろ?」
「はい。」「大丈夫だよ。」
俺がホノカに謝るとコンゴウが帰ろうとしてリン達に声をかけ、彼女らが即答すると5人で連れ立って帰路に就いた。
◇◇◇◇◇
俺達が萬請負処の前へ来ると、俺とリンは犬鷲宿へ、ホノカ達3人は任務完了の報告をするため請負処へ入っていった。
俺達が犬鷲宿へ入ると元気な声で12、3歳の少女が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、犬鷲宿へようこそ!」
「いらっしゃい!」
すると、少女の後ろでごついガタイのおっさんが振り向きながら濁声で挨拶をしてきた。
少女の声は可愛らしかったが、直後におっさんの濁声が聞こえたせいで二人して一瞬固まってしまった。
「お父さん! お父さんは顔も声も怖いんだから、ここは私に任せて向うに言ってて!」
「そんなこと言うなよ、カエデぇ~!」
「いいから!」
おっさんが、女の子に背を押され、肩を落としてトボトボと奥に下がっていく。
「ごめんなさいね! お父さんは顔は怖いだけだから、気にしないで下さい。」
「ああ、大丈夫だ。」
「気にしなくていいよ。え~と、名前はカエデちゃんでいいのかな?」
「うん、そうだよ。」
「私はリン、こっちは、ラムルだよ。よろしくね。」
「ラムルだ。ところで宿の受付は君がしているのか?」
「そう、わたしが看板娘のカエデだよ。お父さんは見ての通りの怖い顔だし、お母さんは、今、飛竜退治の手伝いに行ってるから、わたしが留守番しているんだ。」
「え!? そ、それって東の門の所に人が集まってるやつか?(汗)」
「良く知っているね! お母さんは治癒の法術が使えるから、『怪我人が出たら治して上げる。』って言ってたよ。」
「へえ、そうなの、お母さんってすごいね。」
「へへっ、あっ、これ宿帳だから、これに名前を書いて下さい。部屋はどうしましょうか? 二人で一緒にします。それとも別々の方がよろしいですか? 部屋の方は1種類しかないので6畳間の同じ形の部屋になります。料金は部屋料金になりますので、一部屋当たり5分になります。食事は別になってますが、宿泊者向けの料金で、お一人、夕食が6朱、朝食が4朱です。内容はお父さん、料理人のお任せになります。」
しっかりとした受け答えをする少女を見て関心していた。普段から店番をしているのだろう。
いつも母親がいるわけではないのか、少女が宿の説明をそつなくこなす様子に感心していた。父親は強面で接客は不向きだからか、すぐに奥へ下がらせていたし、言葉だけ聞くとベテランにしか思えない程、しっかりした受け答えだった。
「あっ、すまん、その前に朱とか分はお金の単位か?」
「そうです。ああ、ラムルさんは、この街が初めてなんですか。交換比率はこのようになっています。ちなみにうちではフェン硬貨でも支払えますよ。でも、店によっては使えないところもありますので、両替商で替えてもらった方が便利ですよ。」
そういってカエデは、一枚の紙を見せて来た。
それによれば、1万Fで1両、千Fで1分、百Fで1朱、十Fで1分。1分が最小単位になり、硬貨は大判10両、小判1両が金貨、1分、1朱が銀貨、1分が銅貨である。それぞれの硬貨はフェンの硬貨と同じ目方になっている。それ以上の高額紙幣も出ているが、商人や武家などの一部が使うだけで庶民は使うことはないらしい。
その上で再度、カエデと相談した結果、リンは
「わ、私は別に一緒でもいいよ。」
と言っていたが・・・、
「いや、流石にそれはまずいだろう。別々で頼む。一週間くらい泊まる予定だが、大丈夫か?」
半ば強引に別々の部屋を取った。
「大丈夫です。二部屋で一週間ですね。分かりました。お食事はどうされますか。基本は犬鷲亭の方になりますが、お部屋に運ぶことも可能です。」
「そうだな。食事付きで、部屋の方に頼む。」
「はい、しめて、4両2分になります。フェンですと42000Fです。もし、食事がいらなければ、前日までに言っていただければ、料金をお返しします。」
「わかった。じゃあ、それで。」
俺はそう言うと小金貨6枚と大銀貨2枚をカエデに渡し、引き換えに鍵を預かり、俺達は部屋へ向かった。
「それじゃ、俺はこっちだな。」
「うん、じゃあまた後で。」
部屋に着くとリンと別れて部屋に入った。
引戸を開けると藺草の心地よい香りが部屋を満たしていた。部屋の中は畳の間になっており、6畳間の中央に四角い座卓と座布団が並べられている。壁際には押入れと床の間があり、床の間には花瓶に花が飾られていた。
俺は外套を脱ぎ、寛ぐべく畳の上に転がった。
「ふう〜、いいなあ。なんか、畳に転がるのって落ち着くよ。」
寝転がったまま伸びをすると疲れが出たのか、そのまま瞼を閉じると意識が遠のいていった。




