第40話 大橋
ギィーン!! と剣がはじかれ、何度か空中で回転しながら、地面に突き刺さった。
その直後にガラの悪い男が大声を上げた。
「てめえ、いきなり何しやがるっ!!」
その男の視線の先には和装で黒髪、黒瞳の少女が日本刀を正眼に構えていた。
少女は薄紫の長着に紫紺の袴を着て、髪は頭頂部よりやや後方で一つに結い、腰に大太刀の鞘と小太刀、両肩に皮の肩当て、手首に皮の小手、足に皮の甲懸を装備していた。
幅約15m、延長約300mのゴノジョウの大橋の真ん中で倒れた男を庇うように立つ少女とそれを取り囲むように並ぶ8人の男たちが対峙していた。
「貴様ら盗賊どもに何をためらう必要がある!」
少女の凛とした声が辺りに響いた。
「けっ! 普段から『武器狩り』をしているてめえが言えた口か!」
そう吐き捨てる男に少女は冷静に言葉を返す。
「はん、盗賊どもの武器を狩った所で欠片ほども良心は痛まぬ。それが嫌ならとっとと改心してお縄になる事だな。」
「構わねえ! こっちには8人もいるんだ。やっちまえ!!」
少女の言葉を無視するように男が号令をかけると剣を飛ばされた男以外が襲い掛かった。
一人目。
「うおおおおおおおおお!!」
叫び声を上げながら少女の右側へ走り込み、剣を振り下ろす。少女は一瞬だけ視線をその男に移すと僅かに後方へ体を逸らし、最小限の動きで剣を躱す。少女を切り裂くつもりで全力で剣を振るった男は、掠りもしなかった剣に引っ張られバランスを崩し、少女の目の前に倒れ込みかける。少女が邪魔な虫を払うように男の首元に大太刀の柄を打ちつけると男は地面に激突して動かなくなった。
二人目。
「うぉりゃあ!」
少女の背後に回っていた男が、少女の背中をめがけて一直線に剣を突き出す。少女は振り向きもせず滑るように突きを躱す。男は間近に迫った少女の背中から慌てて離れようとしたが、少女はそれを許さなかった。少女は右足を軸に体を回転させ、袴に隠された左脚を蹴りあげ回転を加速し、男の脇腹にめり込ませた。瞬間、男はその場から消え、気が付くと真横に吹き飛ばされ、地面の上を跳ねるように転がった。
三人目。
「こっのぉ!!」
少女が二人目を蹴り跳ばした直後、不安定な片脚の状態を狙って、男が横薙ぎに剣を振るう。少女は回転を止めずにそのまま一回転し、勢いのまま男に向かって踏み込み、左下から逆袈裟斬りで大太刀を振り上げ、剣を弾き飛ばす。無防備になった男の鳩尾に少女の拳がめり込み、そのままその場に蹲り倒れ伏した。
四人目、五人目。
「きさまぁぁぁ!」「このぉぉぉ!」
少女が倒れた男から離れるように移動すると二人が前後から同時に斬りかかってきた。少女は僅かに重心を低くすると男の懐に入り、剣が振り下ろされるより速く大太刀を横薙ぎに振り抜いた。男は大太刀の峰打ちを喰らい体をくの字に曲げ跳んで行った。峰打ちだったため斬られることはなかったが、大太刀の峰打ちは鋼の棍棒の打撃程の威力があり吹き飛ばされた。
直後に後方の男が、その隙をつくように少女の背中めがけて剣を振り下ろす。少女は振り返ることもなく右手で大太刀を肩の位置まで上げて、剣を受け止めて剣筋を逸らしながら、左から振り返るように遠心力を乗せた左肘が男の蟀谷を捕らえて打ち倒す。
六人目、七人目。
「あぁっ...」
残った三人の内、二人の男は、剣を構えたまま震えていた。目の前であっという間に五人が無力化されたのを見て彼我の実力差を感じ取ったようだ。少女がその隙を見逃すはずもなく、少女によって簡単に無力化された。
一瞬の内に七人が地に伏し、最初に剣を飛ばされた男だけが残っていた。男は「信じられない」という表情で唖然としていた。
「さあ、後はおまえ一人だ。」
少女は大太刀を突き出しながら男に言った。
男は突き出された大太刀を見つめながら考える。
(なんなんだ、このガキの強さは。7対1だぞ。しかも、あいつらは荒事になれたやつばかりだぞ。それを一瞬で倒してしまうなんざ考えられん。)
盗賊の男たちは、『武器狩り』の少女の噂は聞いていた。
その噂とは、ゴノジョウの森を拠点にする盗賊団のアジトが次々と襲われ武器を狩られていたという。しかもその直後に岡っ引きを引き連れた同心が現れ、アジトにいる盗賊どもを捕らえて潰しているのだ。武器の無い盗賊どもは碌に抵抗も出来ずに掴まっていた。それはそうだろう。武器がなければ戦うことはできないのだ。徒手空拳で戦える奴などそうそういるわけがない。
そのアジトを襲っていた奴が眼前の少女の剣士であった。わざわざ、アジトを襲う様なやつである。油断もあったかもしれんが、潰された盗賊団の中には凄腕の剣士が何人もいたはずだ。そいつらを悉く倒して武器を奪ったのだ。
はっきり言って女だと思って舐めていた。
まさか、噂の『武器狩り』がまさかこんな少女の剣士だったとは思わなかった。しかもこれ程の強さだったとは誰が考えるだろうか。
ゴノジョウは、パルミの森から南の山脈を越えたところにある街だ。
北に山脈がありパルミの森から分断されており、東には山脈から繋がる4000m級の活火山が聳え立っている。西にはパルミの大河が流れ、周辺は広大な森に囲まれている街を囲むように城壁と堀が築かれ、その外に米の穀倉地帯や農地が広がっている。穀倉地帯の外側にも城壁と堀があり、大河と山脈と合わせて強固な防壁と化している。
10年ほど前に街道が整備されるまでは、森と山に分断された孤立した地域であり、独自の文化を発展させてきた。それまでは細々と交易をおこなっていたが、街道が整備されたことで人や物の流入が増えることになる。それでも変わることなく独自の文化を維持していた。
この街道は、西へ行くと王都へ、東へ火山を迂回して行くとパルミエルへ、川沿いに南下すればいくつもの街を通って海につながっており、現在では重要な交通の要所となっている。多くの冒険者や商人、旅人が行き交い、ゴノジョウの賑わいに貢献していた。
ゴノジョウの大橋は、街道が整備された際にパルミの大河を渡るために造られた。かつて王都に行くには、火山を迂回しパルミエルを経由するしか方法がなかったが、この橋が出来ることで王都までの時間が短縮され、ゴノジョウは勿論、南の街々の物産を王都へ運べるようになった。
人々の行き来が増えれば、当然の様に無頼の輩もふえ、広大な森を横切るように造られた街道を通る商人たちは格好の獲物だった。とは言っても商人たちもそのまま狙われるようなことがないように護衛を雇ったり、複数で商隊を組んだりして自衛していた。
そんな中でたまたま護衛もつけずに一台で通る馬車を見つけた盗賊の一団が襲い掛かるのは必然だった。
男たちは、街から離れた森の中で盗賊行為を繰り返していた。街道は広く、いつもは何台もの馬車が行きかうが、たまたま1台だけで通りかかった馬車をみつけ、護衛もいなかったため格好の獲物に出会えたと思いその馬車を襲撃した。だが、乗っていた商人が馬車を見捨てて逃げ出してしまったため、慌てて追いかけたが大橋まで逃げられ、『武器狩り』と出くわしてしまった。
「助けてくれ。あいつらに馬車が襲われたんだ。」
商人は大橋に立つ大太刀を携えた少女剣士に助けを求めた。それは少女にとっても都合が良かった。
少女の後に倒れ込むように隠れた商人を庇うように盗賊たちの前に少女が立ちふさがる。
『武器狩り』と噂される強さを持つ少女だったとしてもたった一人である。
八人もの男で取り囲んでしまえばどうにもなるまい。盗賊のリーダーはそう考えて少女と対峙したが、リーダーの剣は弾き飛ばされ、他の男たちもあっという間に打ち倒されてしまった。
「さあ、後はおまえ一人だ。」
少女は大太刀を突き出しながら男に言った。その時、足元に倒れていた男が少女の足首を掴んだ。
「しまった!!」
「しめた!」
少女が声を上げると同時にリーダーがこちらに背を向け、全力で逃げ始めた。
「まて! 貴様!」
焦って追いかけようとするが、足首を掴まれているためすぐには走り出せず、
「くそ、はなせ!」
そう言いながら、なんとか足首の手を振りほどき、追いかけ始めたが、如何せん駆け出し損ねた為、一向に追いつく気配を見せなかった。
男は落ちていた仲間の剣を拾い、街道を来た方向に必死になって逃げていく。その前方には男女の二人組が見えてきた。
「そいつは、盗賊だあ! 危ないから逃げろ!」
少女は二人組に対し、警告を発した。
「じゃまだあ! どけぇ!」
それとほぼ同時に男が走りながら剣を振り上げて二人組に向かっていった。
「ラムル、任せてくれる?」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ!」
「あぶないと思ったら、助けに入るからな!」
「うん!」
二人組の内、少女の方が、腰の双剣を抜き、近づいてくる男に向けて軽く踏み込むと男に踊りかかった。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
「はぁあ!!」
男が剣を振り下ろすと、少女は左の剣で男の剣の軌道を変え、同時に右の剣で男の胴体へ横薙ぎに斬りかかる。
「このっ!」
男は後ろへ跳んで剣を躱すとお返しのように剣を横薙ぎに振る。
「はあ!」
少女は後ろに下がらず、逆に踏み込んで跳び上がり剣を躱す。そして、そのまま宙返りして男の背後に立つと双剣の連撃で男の腕を脚に斬りつけた。
最後に振り向こうとした男の太ももを切り裂くと男は体重を支え切れずにその場に倒れ込み痛さでのたうち回っていた。




