初詣の奇跡 ~初恋の相手がフリーに戻るよう、神様に祈ってみた~
銘尾友朗さま主催『冬のドラマティック』企画参加作品です。
2023.9.10 家紋武範さま主催「あの一作企画」に参加しました。
(今年こそ、卯月ちゃんと睦月が別れますように…)
我ながら情けないお祈りをして振り向くと、睦月が立っていて、声を掛けてきた。
「よう、あけおめことよろ」
心臓が止まるかと思った。たった今、別れてほしいとお祈りしていたカップルが来てるなんて。
如月睦月という冗談みたいな名前のこの男は、僕の幼なじみだ。家が近所で、幼稚園から中学まで一緒だった。
名前が間抜けな以外は何から何まで完璧な男で、何もかも平凡な僕と仲がいいことをよく不思議がられてたっけ。
「あ、うん、あけましておめでとう」
あいにくと「今年もよろしく」って言うほど、今、僕は睦月と付き合いがない。
小学校の頃は「睦月」って呼んでたけど、中学に入ったら、あまりのヒエラルキーの差にとても呼び捨てなんてできなくて、「睦月君」と呼ぶようになった。
まぁ、幼なじみとはいうものの、中学卒業とほぼ同時に、付き合いはなくなったわけだけど。
高校を地元で一番の進学校に行って、今は東京の大学に通ってる睦月と、中くらいの高校に行って地元の専門学校に通ってる僕とでは、接点もないからね。
去年も一昨年もその前も。もう5年もよろしくしてなかったんだから、今更「今年も」とか「よろしく」とか言う気にはなれないよね。
でも、まさか睦月が1人で初詣に来てるとは思わなかったよ。睦月は、高校に入ってすぐ、卯月ちゃんと付き合い始めた。もう5年近く付き合い続けてるはずだ。2人で初詣に来るだろうから、会わないですむよう、僕の方で時間ずらして来てるのに。
「あんなに真剣な顔して、何祈ってたんだ?」
飛び上がるかと思った。大丈夫。睦月は僕の後ろにいたんだ、顔なんか見てるはずない。からかってるだけだ。
「睦月君、僕の後ろ姿しか見てないよね」
そんな手にはひっかからないよ。うっかり“初恋の成就のために好きな人の破局を願った”なんて言っちゃったら、どんなにからかわれるか。
まして、その対象が卯月ちゃんと睦月だなんてバレたら、からかわれるどころじゃすまない。
「あれ、睦月君、1人?」
どういうわけか、卯月ちゃんの姿が見えない。
「そりゃな。
正月なんて、みんな彼女と過ごしてんじゃねえか? そうでない奴は家族といるみてえだぞ」
「睦月君、高校で彼女できたんじゃなかった?
一緒に東京の大学行ったって噂になってるよ」
卯月ちゃんと一緒に東京の大学に行ったんでしょ。大学は別だけど、そんなに離れてないとこに住んでるとか、なんとか。
僕でも知ってる噂だよ。
弥生卯月ちゃん。
名前を、顔を、思い浮かべるだけで、心臓がキュッと締め付けられるような気分になる。
3月4月なんていう、睦月に負けず劣らず可哀想な名前の女の子。
取り立てて可愛いってわけじゃないけど、優しくて裏表のない、とってもいい子だ。
僕とは、中2の時、同じクラスで、席が隣になったことがあるって程度の付き合いだけど。僕が教科書忘れた時は、机をくっつけて見せてくれたりもした。卯月ちゃんはあの頃から睦月に好意を持ってたみたいで、僕が幼なじみなのをうらやましいと言われたことがあったっけ。
モテるくせに彼女を作らなかった睦月が、高校行った途端、地味な子と付き合いだしたって噂は、あまり友達のいない僕の耳にも届いた。僕が睦月と距離を置くようになったのは、その噂を聞いたから。
卯月ちゃんを選ぶなんて、睦月は見る目があると思う。でも、卯月ちゃんが睦月と寄り添って歩いてるとこなんて、見たくないんだよ。
…告白もできなかったくせに初恋こじらせて、みっともないとは思うよ。でも、好きだっていう気持ちは消えてくれないんだ。未練たらたらで、情けないとは自分でも思うけどさ。仕方ないじゃないか。それくらい好きなんだから。
だけど、睦月は何でもないことみたいに聞いてきた。
「なんだ? そんな噂になってんのか?」
「違うの?」
「大筋は違う」
「なにそれ? こういう時って、普通“大筋は合ってるけど細かいところが違う”って言うんじゃないの?」
「いや、細かいとこは合ってっけど、根本が違ってる。同じクラスにいた女が東京の大学に行ったってのは確かだが、そいつとは付き合っちゃいない」
「え、それってまさか、もてあそんだってやつ?」
思わず、一歩引いてしまった。それって、女の敵ってやつじゃない? 大丈夫? そりゃ、別れればいいとは思ったけどさ、卯月ちゃんに刺されたりしない?
「だから違うって。
説明すっからどっか入ろうぜ。こんな寒いとこで話すんのも嫌だし」
「どっかって言っても、今だとファストフードくらいしか開いてないんじゃない?」
元日の午前だからね。喫茶店とかやってないよ。ファミレスならやってるかなぁ?
ああ、でも、楽しい話じゃないから、うるさいところの方がいいかな。
「どこでもいい。
そんな面倒な話じゃねえし。
なんなら、お前んちでも…」
「よし、コーヒー飲みながら聞こう」
僕は、睦月を引っ張るようにしてチェーンのコーヒーショップに入った。うん、周りが騒がしい方がいいよね。
…僕ん家行くなんて、冗談じゃない。
うちなんか行ったら、僕の部屋で話すことになるに決まってるじゃないか。
飾ってある写真とか見られたら、オシマイだ。
それぞれレジでブラックのコーヒーを受け取って、2人用の小さなテーブルに向かい合って座った。
一口飲んで、カップを置く。冷えた体に、熱いコーヒーがしみる。
「で? 何がどうしたって?」
一応、噂を鵜呑みにしてるわけじゃないよってポーズで促す。
どうせ聞くまで解放してもらえそうにないし、聞いてあげようか。
そういえば、睦月と2人でこんなとこ入るなんて、初めてじゃないかな。中学の頃は、子供だけで入るなんてできなかったし。
「噂になったのは、弥生卯月って奴なんだけどな…」
うん、知ってる。
「睦月君と結婚すると、如月卯月になるんだね。
2月4月だと据わりが悪いね」
って言ったら、睦月はすっごく嫌そうな顔になった。
「それだ。
元はといえば、そっから始まったんだ。俺が2月1月で、あっちは3月4月だろ。
組み合わせると面白いって盛り上がってよ。そんで、いつの間にか付き合ってることにされちまったんだ」
「ふ~ん」
まぁ、高校生らしいノリっちゃ、そうかも。
でも、睦月の行った高校って進学校なのに、そんなノリなんだろうか。
「進学校でも、そういうノリってあるんだ?」
「同じ高校生だ、どこだってそんな変わんねえよ」
「それで?」
さっきから、睦月は全然コーヒーに手を着けてない。
冷めちゃうよ。
僕だけコーヒーを飲みながら先を促すと、
「だから、付き合ってねえ。大学だって全然別だし、東京行ってからは顔も見てねえ」
なんて、言い訳がましく言ってきた。いや、だから、僕に言い訳する必要なくない? 聞いてて、あんまり気分のいい話じゃないよ。
「まぁ、噂の方も、同じ大学ってことにはなってなかったし、間違ってないんじゃないの?」
「間違いしかねえ。東京近郊にいくつ大学があると思ってんだ。うちの高校から東京辺りの大学行った奴なんざ、現役だけでも100人近くいんだぞ」
「すごいね」
さすがは進学校だよね。僕の高校から大学に行ったのなんて、全部で50人くらいなのに。
あ。なんか、睦月がテーブルに突っ伏してる。なんか疲れてるっぽいけど、どうしたんだろう。
「お前なあ……ったく!」
やっと顔を上げた睦月は、頭をガシガシかきながら、ブツブツ言ってる。なんかイラついてますって顔と声で。
「なに怒ってるのさ。別に誤解とかしてないし、気にしなくても…」
言いかけたところで、睦月がテーブルをダンって叩いた。
「まるっきり誤解してんじゃねえか!
なんで毎年毎年1人でさっさと初詣行っちまうのかと思ったら! いっつも待ってても全然来ねえし、今年こそって迎えに行ったら、もう出たとか言われっし、追いつくの大変だったんだからな!」
え? 迎えに来たって、誰を? 僕を?
「一緒に行く約束とかした覚えないんだけど、どうして僕は責められてるのかな?」
「年々出かける時間が早くなるってどういうことだ! なに避けてやがる!」
「いやぁ、避けてるっていうか、とっくに疎遠になった幼なじみが、彼女と一緒にいるところにばったりとか、気まずいじゃない」
僕としては常識を述べたつもりなんだけど、睦月は眉間にしわを寄せて睨んでくる。
「誰と誰が疎遠だって?」
いや、ホント、もう勘弁してよ。どうしてそんな地を這うような声出すのさ。僕、なんか気に障ること言った?
「僕と睦月君。
え? だって、中学卒業てから、ほとんど会ったことないよね?」
「それは、お前が避けてっからだろが。
連絡取ろうにも取れねえし」
そりゃ、僕がケータイ持ったのは高校時代だし、SNSとかやってないからね。
自慢じゃないけど、僕のケータイの電話帳には、ほぼ身内と学校関係者くらいしか登録されてない。
ほんとに自慢にならないけど、あんまり友達いないからね。
黙ってる僕を睨んだまま、睦月はスマホを見せながら言った。
「かけろ。どうせ知ってんだろ」
「え?」
「ほれ、さっさとかけろって」
「な…なんで?」
「お前の性格くらいわかってんだよ。ったく、逃げ足ばっか磨きやがって」
睦月の目が、だんだん細くなってきた。これ、イライラしてる時の癖だよね。何にイライラしてるの…って、僕にだよね。
「さっさとしないと、俺が自分でやんぞ」
睦月が手を伸ばしてきたので、仕方なく、僕は睦月の番号をコールした。身内と学校関係者以外で唯一入ってる睦月の番号を。
睦月は、ブインブイン鳴りだしたスマホを手に取ると、電話を繋いですぐ切った。
「これがお前の番号だな。今後は定期的に連絡すっからな。無視なんかしやがったら覚悟しとけ」
「なに、それ」
「1人で勝手に納得してんなっつってんだよ。
なんだよ、高校別になったくらいで」
くらいじゃないよ、大事なことだよね。
「同じ高校行ける頭があるかどうかって、かなり大事な要素だと思うんだけど」
「勉強できるかどうかが人の価値じゃねえだろ」
「頭のいい睦月君に、それ言われてもね」
「茶化すな。
約束、忘れたとは言わせねえぞ。
俺はお前に嫌われるようなことした覚えはねえからな、葉月」
約束って…、だって、あれは小1の時の…。
嘘だ、覚えてるはず、ない。
でも、僕を見る睦月の目は、真剣だった。
「うそ…だよね?」
「俺はお前に嘘吐いたことはねえ。
胸張って言えるぞ」
「僕、頭悪いよ」
「だから、勉強できるかどうかなんて関係ねえって言ってる」
神社の、あの人混みの中から僕を見付けたんだよね。会わないですむように、早く家を出たのに、追いついて、僕を見付けて、声、掛けてきたんだよね。
やだ、涙出てきた…。
「僕、独占欲強いよ。僕だけ見てくれるって、誓える? 女のくせに自分のこと“僕”なんて言っちゃう奴だよ?」
「誓う。俺が好きなのは、昔からずっと、お前だけだ」
「僕と結婚すると、睦月、婿養子だよ?」
「俺は次男だ、問題ねえ」
もう、涙止まらないじゃないか。
1人で勘違いして5年も空回りしてた僕を見捨てないでいてくれたんだ…。
「ずっと傍にいてくれる?」
「ああ」
「僕、睦月に捨てられたら、死んじゃうよ?」
「お前を捨てるなんてありえねえ」
「大好きだったんだ…ずっと前から…」
「知ってる。安心しろ、俺もだ」
「ギュッてしてくれる?」
「ここでじゃなけりゃな」
「じゃ、どこならできるの?」
「お前の部屋とか、どうだ」
「じゃあ、これから、僕んち行こ?」
「おし、ようやっと付き合えたし、おばさん達に挨拶しとくか」
睦月は、すっかり冷めたコーヒーを一息に飲んで立ち上がると、僕に右手を伸ばしてきた。僕も左手を伸ばして、その手をつかむ。
「遠距離恋愛は大変だよ」
「関係ねえよ。お前がSNSやりゃ、いつでも連絡取れる」
「使い方、教えてくれる?」
「手取り腰取り教えてやるよ」
「やらしー」
「やらしいことも、いっぱい教えてやる」
「さすが経験豊富。不潔~」
「お前だけっつってんだろが。座学だよ、座学」
「頭いい人は違いますね~」
諦めきれなかった初恋の成就に、僕の口はとんでもなく滑らかになった。
初詣の御利益すごい。1時間かからないで叶っちゃった。
2週間後の成人式には、2人で並んで写真を撮った。
着物姿の僕たちが、まるで新郎新婦のようだと笑われたのは、ここだけの話。
はい、騙されていただけたでしょうか?
主人公:葉月は女の子です。
タネがわかった上でもう一度読むと、葉月の独白の意味が真逆に感じられるように書いたつもりです。