不在からの急展開(つるつる食べやすい納豆にゅうめん)
「カワイ食品からレシピ本を出版することになった。井草には納豆を使ったメニューを30種考えてほしい。キッチンは俺のラボを使え。来週から毎日、18時に試食しに行くから、そのつもりで。」
カワイ食品では、部長クラスになると専用のキッチン=ラボを与えられる。そこにこもって納豆料理を作れとのことだ。
これはヨシヨシの猛攻撃がはじまる...。
と、身構えた詩織。
しかし初日の18時、納豆料理を机一杯に並べた詩織の目の前に現れたのは、社長だった。
「部長、急な出張で不在になっちゃったんだよね〜だから僕が代役をさせてもらおうと思うんだよね〜」
そう言うと、社長は一皿一皿ていねいに食べていった。
「う〜ん美味しい、どれも美味しいと思うんだよな〜」
「あ、ありがとうございます...」
一週間たっても部長は現れず、毎日社長がニコニコと詩織の手料理を食べていた。
「美味しいなぁ〜井草さんは良い奥さんになりそうだなぁ〜」
「はぁ...どうも...」
「僕の息子にも、井草さんみたいなお嫁さんがくるといいんだけどなぁ〜」
「息子さん、どんな方なんですか?」
「う〜ん、社員には内緒にしてるんだけどね〜、井草さんになら言っても良いかなぁ〜。実はね〜納豆部門の部長なんだよね〜」
「...えぇっ!?」
「あの性格だからね〜なかなか女の人も寄り付かないのかな〜と思うんだよね〜心配だよね〜」
確かに部長の名字は河井だが、よくある名前だし偶然だろうと思って気にしていなかった。
「まぁ〜自分にも厳しすぎるところあるから、せめて井草さんの手料理でも食べて、ほっこりしてくれると良いんだけどね〜」
「不在にしてすまなかった。」
社長と話していると、部長が帰ってきた。
出張の疲れか、少しやつれて見える。
「じゃあ〜僕は退散しようと思うよ〜」
詩織は社長の言葉を思い出し、ふとコンロの前に立った。
「すみません、少し待っていていただけますか。今温めるので。」
鍋に湯を沸かして、そうめんを茹でる。
その隣に土鍋を出して、めんつゆを薄めたスープを温めておく。
そうめんが茹で上がったら土鍋に移して、納豆と卵黄をトッピングし、柚子胡椒を添えて...
「お待たせしました!納豆にゅうめんです」
ほかほかと温かく、疲れた身体でもつるつると食べやすいにゅうめんだ。
「...美味しいな。」
少し食べると、部長は立ち上がった。
「べべべ別に、ヨシヨシされたくて作ったわけじゃ...え...!?」
部長はほとんど無意識に、詩織を抱きしめていた。
「すまない...井草が嫌じゃなければ、しばらくこのままでもいいか。」
「は......はい...」
満たされたような顔をしている部長と、真っ赤な顔で固まる詩織。
それを納豆親父が、机の下からこっそり、しっかりと見ているのだった。