僕はいつまでも君のそばにいる
藤野君と付き合って半年になる。もう冬だった。寒いなと藤野君が言う。寒いねと私は赤いニットの手袋越しにはあと息を吹きかける。藤野君にも慣れて、キスもできるようになった。
君の存在はもう私の中から消えつつあった。藤野君との会話に君が出てくる回数も減った。
昨日のテレビ番組の話を藤野君と心斎橋を歩きながらする。
「サンドイッチマンがさあ」
と私が言うと、
「あいつら、面白いよな」
と藤野君が笑った。
空を見上げるとどんよりした天気だ。雪が降りそうだ。暖冬だっていうのに、この寒さはないなあと藤野君の顔に向かって見上げながら言うと、藤野君は白い歯を見せて笑った。白いものが空気を舞ってきた。
「雪だ」
と私が言うと、寒いだろと言って、藤野君が私の肩に手を回し、自分の方へ近づける。
商店街の貴金属店の鏡に私と藤野君が映る。もうすっかりカップルなんだなと思っていると、
東急ハンズ前で雪が人型に積もっているのがふと目に付いた。遠目からでも、君のフォルムが分かった。私の心臓は一瞬とまっていた。そして、一瞬で駆け出していた。君なの? 私は横断歩道を赤で渡っていた。車の急ブレーキ音が鳴り、大きなクラクションの音が辺りに響いた。君なの? また私は言っていた。東急ハンズ前で、君はいた。もう見えないけど、私には見えた。君だ。私の目から大きな涙が溢れてきた。
「僕はここにいるよ」
と目の前の見えない君が言った。シの音。懐かしいシの音。私は両手を広げて、君を抱き締めた。君の匂い。君だった。
「もう。僕の事は忘れて」
私の顔に君の涙がかかる。
「忘れられない」
「だから、忘れるんだよ」
「何故現れたの。忘れかけていたのに」
「僕は君を忘れない。いつでも君の傍にいる。君を見守っている」
「気持ち悪い」
「知ってる」君はくすりと笑う。
「だから、ずっと傍にいて」
君は一層、私を抱き締める。ほかの人が私の事を奇妙な目つきで見ている。
「君の幸せをただ見つめ続ける。この溶けた雪のように」
と君は溶けた雪を見えない掌に載せて見せる。雪が君を映していた。
「だから」
私は君に雪越しのキスをした。何時の間にか私に辿り着いた藤野君が青ざめて私の事を見ている。
「サヨナラ」
君は雪の中に消えていく。
「消えないで」
叫んでいた。溶けた君は雪の中に。透き通っていたね。君は。マリンバでシの音を叩く。君の声。サインシータ。君の声。サヨナラ。君の声。私は遠くにいく見えない君を見ていた。
2020年1月19日、文学フリマ京都に参戦します。よろしければ、お立ち寄りください。「真夜中の幻」です。