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透明の雪  作者: 中井田知久
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感傷気味のアイスクリーム

君が教室から『いなく』なってからどれくらいたったのだろう。君が元々いなかったように、男子はいつもの欅坂46の話をしていた。はははと大きなソの音が聞こえる。うるさい。うるさい。と言って、私は教室から出る。廊下の窓から見る野球部は、必死に白い球を追いかけていた。

君は嘘つきだったんだね。君は私の前から『消えた』。『見えない』じゃなくて、『消えた』。君の気配なんて、君の雰囲気なんて、君のシの声だって、いつだってわかる。でも、それは『消えて』しまっていた。窓の外を見詰めると楓が紅葉してきた。私は黒いカーディガンの裾を引っ張り下げた。


「つきあってくれないか?」

バスケットボール部のキャプテンの藤野君が私に声を掛けてきた。私は学校のベンチに座って『見えない』君を待っていた時だった。藤野君が言ってきた言葉に唖然とした。格好いいと言われている藤野君が私に言ってきたので、

「うん。私に言っている? 枝さんではなくて?」

枝さんは学年一綺麗と言われている女の子だった。私の順位なんて半分より下だった。

「君が好きなんだ」

と藤野君が言った。君なんて、そんな事を言ったことがない。いつも君は正論ばかり言っていたから。

「好きっていうんだけど、私の事どれくらいわかっている?」

藤野君が苦笑した。

「そこが好きなんだ」

藤野君がバスケットボールを両手で回す。

「ふーん。手を出して」

と私は、藤野くんに言う。藤野君はボールを足元に置いて、私の前に両手の甲を差し出す。ごつごつした手。君の手はもっと華奢で、白かった。私の顔を撫でた君の手の感触を思い出す。私の目から涙が零れてきた。

「どうしたの?」

藤野君があたふたする中、私は周りに人がいるのも構わず泣き続けた。藤野君がベンチに私を座らせた。気の利く男子だった。君なんて、そんな気遣いなんてしたことない。

落ち着いた後、

「いいよ」

と私が言うと、藤野君はびっくりしてボールをまた落とした。

「俺が嫌だったから、泣いたんだろう?」

「違うよ」

私は言う。藤野君は頭を掻いて、困っていた。

「ツキアオウ」

と私が言うと、

「付き合おう」とオウム返しに藤野君が言うと、私は藤野君の手を握り、公園から走りだした。

男らしい藤野君は何時も私を引っ張って歩いた。バスケットボール部の藤野君は頭一つ分、私の肩から出ていた。私が小さい訳ではない。彼がでかいだけだ。

「アイスクリームが食べたい」

私と藤野君が商店街を歩いていた時、アイスクリームが目に映った。藤野君はポケットに手を入れ、ちゃりんちゃりんと小銭を鳴らして、掌に載せた。452円。

「よっしゃ」

と藤野君は言って、露天の店員さんに二つ分頼んでいた。

「頼り甲斐あるなあ」

と私が思っていると、藤野君がほらと白いバニラアイスクリームを差し出した。藤野君は茶色のチョコクリームだった。

私と藤野君が商店街を抜けた小さな公園のブランコに二人座って、アイスクリームを食べる。もう蝉も鳴かなくなった。これから秋が始まるのだ。あの寂しい秋に。ふと、感傷気味にアイスクリームを食べていると、藤野君が私の顔を見ているのに気付いた。

「そんな顔をするんだな」

藤野君が笑って言う。君はそんな事言わなかった。キミハソンナコトイワナカッタ。

藤野君がそっと近くに来て、私の唇に自分の唇を寄せてくる。反射的に私は藤野君を避けた。藤野君の顔を見ると、青ざめている。

「ごめん。このアイスクリームの味、牛乳が濃くて、息が臭いよ」

と私が言うと、藤野君が笑った。ヨカッタ。

またブランコでアイスクリームを舐めていると、風が少し吹いた。ふと、君の香りがする。すると、アイスクリームに歯型が付いている。私はブランコから立ち上がった。どこ。どこ。私は辺りを見渡した。アイスクリームが溶けて、地面に落ちた。藤野君が、

「どうしたんだ」

と私の腕の付け根を掴んだ。私は藤野君が触れているのにも関わらず、

「どこ。どこ」

と私は叫んだ。どこなの。君の匂いが大気に溶けていく。地面に落ちたアイスクリームに蟻がたかっていた。

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