マリンバ
2019年1月19日の文学フリマに参加します。よろしければ、お立ち寄りください。真夜中の幻です。
真っ白でなんの穢れもない雪のような肌の君は、教室の最後尾で授業中に何時も、窓から見える他のクラスの体育を見ていた。君は体育が出来ない。君のその肌は太陽に弱かったから。君はとんとんと人差し指で教科書の端を叩いていた。そのまなざしは羨望なのだと後から気づいた。大切なものは何時も「その後」の話なのだろう。
「ねえ。数学教えて」
と私は君に告げた。何時も一人ぼっちの君はクラスでいない存在のように机に突っ伏していて、茶色の髪を見せながら、寝ていた。私の声を聞いた君はふわりと顔を上げじっと私を見た。瞬きを繰り返し、その目は私の目を捉えていた。じわりと背中に汗が滲んでくる。透明な水たまりに青い絵の具を落としたように、ただその光景が頭に浮かんだ。
「いいよ」
君は怒りもせず、嬉しそうな顔もせず、ただ私の顔を窺っていた。でも、君の表情は柔らかかった。
「サインシータはね」
と始めた君の声の音階はソなのかラなのか。ただ、流れるように数式を語る君の声は、喧騒に包まれた教室の中で、私だけに響いていた。ぽんぽんとマリンバの音がする。ぼんやりと君の声を聞いていると、
「ねえ。聞いてる?」
と君は言う。
「ごめん。マリンバが」
と私が君の見詰める目を逸らしながら答えると、くすりと笑った。
「サインとマリンバには共通点がないと思うんだけど」
私が君につられて笑うと君は余計笑った。
やっぱりシだった。