18
折角家に庭があるのに何もしないのは勿体無い。
今までは庭にまで気が回らなかったが、ここでの生活もだいぶ慣れたので、何か新しいことを始めてもいいかもしれないと考えた時に庭のことを思い出した。
「庭で出来ることと云ったら…洗濯物を干す、お花を植える、家庭菜園、バーベキュー…」
パッと思いついたのはこれだけだった。
まず洗濯物を干すのに使うとしても、一部の場所しか使わない。しかもクリーンウォッシュの魔法が使えるので、頻繁に洗濯物を干す必要は無い。
野菜は本格的な畑を作るのではなく、初心者向けの物をプランターで育てれば残りの場所を他のことにも使えるはず。それに自分の好きな物を作れるのでチャレンジしてみる価値はあると思う。
花は芽衣しか見ることの出来ない庭に植えるよりか、店先にあると皆に見てもらえるし、何より華やかでいいかもしれない。
バーベキューはこちらも庭の一部分を使うだけなのと、今はやる予定がないので保留。独りバーベキューをするのなら、家の中で普通に調理した方が楽だと思う。
その思いついた中で一番魅力的だった家庭菜園で様子を見てみようと決めた。
「まずは簡単なプランターで育ててみて、もし上手くいかなかったら野菜を作るのは諦めよう」
一人で野菜を育てるのは初めてなので、ちゃんと収穫出来るか分からない。それに王都で見かけない野菜も、もしかしたら他の国で作られているかもしれないので、上手く出来なかった場合は潔く諦めようと決めた。
そう考えた芽衣は早速異世界商店を起動し、家庭菜園に必要なプランター、植物用の土、野菜用の土、ジョウロ、スコップ、野菜と花の種を購入した。種は青じそ、小松菜、ミニトマト、パンジーを買った。
「こっちはもうすぐ夏だけど…とりあえず植えてみようかな」
つい育てやすそうな物を買ってしまったが、植物と季節が合わないかもしれないということに買ってから気付く。
青じそは放っておけば勝手に育つ、という話を母から聞いた気がするので、プランターではなく庭の隅に植えてみる。
「青じそが収穫できたら、薬味に使ったり、パスタやご飯に使ったり…。あっ、ジェノベーゼとか作れるもしれない」
収穫後のことを思い浮かべながら種を蒔いた。
小松菜とミニトマト、パンジーはそれぞれのプランターに専用の土を入れ、そこに種を蒔いた。
「あとはお水をあげて、パンジーのプランターも暫らくは庭に置いて様子を見よう」
芽の出ていないプランターを店先に置いておくのはなんだか淋しいのと、庭なら野菜たちと一緒に面倒を見ることが出来る。
「ちゃんと成長しますように!」
強く願いながら水遣りをした。
1日1回水をあげているが、今のところ芽が出てくる気配はない。
「植えたばっかりだもんね」
水遣りの時に土の状態を確認するが、乾燥しきってはいないので適度に水をやる。
「芽が出るまで時間はかかるのは分かるけど、異世界だからちゃんと育つのか心配だよ」
時間があれば1日に何回も様子を見てしまうが、変化はない。そんな日々が続いて、落ち込みそうになる。
そして種を蒔いてから数日後。今日も植えた物を観察するべく庭に出ると、プランターの土からピョコッと小さな物が出ていた。
「あっ、芽が出てる!」
やっと芽が出てきたことに芽衣は嬉しくなる。
「このまま大きく育ってね」
無事成長してくれることを願いながら今日も水をあげる。
ちゃんと収穫出来るようになれば、野菜の種や花の種を販売してもいいかもしれないと思った。
野菜たちが成長するまで時間がかかるので、その間店を開いたり散策をしたり、料理の作り置きしたりと、いつもと変わらない日々を過ごして行った。
ある日の営業後に石鹸ケースが若干残っていることに気付き、今後仕入れ数を変更することに決めた。
「石鹸ケースの動きが遅くなってきたから、1回の営業につき3コぐらいの仕入れでいいかな」
どの家も石鹸ケースは1つあれば充分なので、そろそろ落ち着いてきている。
「その代わりサバ缶やインスタントスープの仕入れ量を増やすか、また新しい商品を増やすか…」
今新しい商品を増やすと、もっと忙しくなりそうな気がする。
どうしようかと考えていると、ふいにスープの種類を増やしてみようかと思いついた。
「あっ、インスタントスープの種類を増やしてみようかな」
今販売しているのはコーンとオニオンの2種類なので、ここにポタージュを加えてもいいかもしれない。
「時々ポタージュも飲みたくなるんだよね」
そう思って、ポタージュを少し仕入れた。
次の営業日、こっそりと店頭に並べたポタージュは他のスープと同じ値段にしていたが、それが新しい商品だと気付いた人たちがまとめて買い、あっという間に無くなってしまった。
(次の営業日にはもう少し増やしてみようかな)
のんきにそんなことを思っていたが、昼過ぎには新しい商品が加わったことを口コミで知った客が殺到し、急に慌しくなった。そしてその騒ぎを聞いて駆けつけたルスタに注意されてしまった。
「嬢ちゃん、新しい物を売り出す時は相談してくれ、って云ったよな?」
ニタリと笑うルスタの笑顔が怖い。
「でもスープの違う味を…」
「味が違うって云っても、俺らにとっては新しい商品だ。おかげでこっちにまで問い合わせがきて大変なんだぞ」
「…ごめんなさい」
どうやら数の少なかった新商品の真相を確かめるため、わざわざギルドに押しかけた人たちがいるようで、それの対応に追われているとのこと。
シュンッと落ち込んでいる芽衣に、ルスタは溜め息を吐いた。
「まぁ今後は気をつけてくれ」
「はい」
「それと分からないことがあれば、気軽に相談しに来てくれ」
「はい」
今後は味や色など、今までと似ている商品であっても、とにかくルスタに相談しようと決めた。
用件を済ませたルスタがそのまま帰るのかと思っていたら、突然手を差し出してきた。
「?」
握手をしたいのかな?と思っていると、心の声を読んだかのように「違う」と云われた。
「その味の違う商品の試食がないかと…」
「…」
どうやら噂のポタージュが気になるようなのでルスタを応接室へ連れて行き、自分用にとっておいたポタージュを飲ませてあげた。
「うむ、これはコーンスープとは違ったトロッと感があって美味いな」
ペロッと唇を舐めてルスタは云った。
迷惑をかけたお詫びに、残り2袋しかないがギルド職員たちで試飲して欲しいとルスタに手渡した。
その後、量の少ないスープを賭けてギルド内で激しい争奪戦があった…という話を芽衣は知らなかった。