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芽衣がこの世界…ラスターニャに来て3日目。この日から少々忙しくなった。
王都に入る際に確認していた身分証は無事発行してもらった。芽衣は何の手続きもしていなかったが、全てリーシャがやってくれたようだ。何から何までお世話になり、これには本当に感謝している。
そしてリーシャによる生活魔法の取得。魔法を使うにはとにかくイメージをし、そして身体に溜まった魔力を放つということ。
時間のある時にイメトレだけをし、リーシャの時間が取れた時は直接魔法の指導をしてもらう。
その甲斐あって、小さいながらも指先から火が出る魔法を、掌から少量の水を出す魔法を、服や身体を綺麗にするウォッシュクリーンをという生活魔法を使えるようになった。
「この3つが使えるようになれば、生活に支障はないよ。あとは…ドアの施錠魔法を覚えてもらいたいな」
「ありがとうございます」
リーシャから合格をもらい、芽衣は嬉しくなる。
魔法を覚えるのと同時に毎日コツコツと商品を買う。
商品を魔力で購入していた時には気付かなかったが、どうやら異世界商店で販売している商品に消費税はついていないらしい。
「異世界だから税金払わなくてもいいってことかな」
その辺についてはあまり深く考えず、その分お得に買えると思うことにした。
魔法の練習も落ち着いた頃、リーシャに連れられて商業ギルドへ手続きをしに行った。
初めて訪れた商業ギルドはまるでホテルのようで、広いロビーには大勢の商人で混み合っていた。どうやら殆どの人がカウンターでの順番待ちをしているようだった。
「うわ~凄い人ですね」
人の多さに芽衣はただ驚く。
「商人たちは常に新しい物を販売して利益を得ようと必死だからね。その為には新しく販売する物の申請と審査が必要になる。その順番待ちが殆ど。あとは…銀行やら書類提出などの雑務かな」
「銀行があるんですね」
まさか銀行があるとは思っていなかったので、芽衣は驚く。
「前にメイちゃんと同じ国から来た人がね、『銀行があれば全ての民と全ての国が恩恵を受けられる!』って云って、銀行について熱く語ってね。…まぁ実際に手元に大金を置いておいても泥棒に盗られたらおしまいだし、旅先でお金が無くなったら引き出せるし。そういったことから銀行が設立されたんだ」
「そうなんですね」
実際に銀行があるのであれば、現金は銀行に預けてもいいかもしれない。銀行よりもマジックバックに入れておくのが一番安全ではあるが、どうやら利息などもあるようなので、今度銀行について調べてみようと思った。
そんな話を聞いて、この混み合った中で順番待ちをしなくてはいけないのかと思っていたが、リーシャが近くにいた職員に声をかけると、事前に話をしていたのかすぐに上階の部屋へと案内された。
「失礼します。ギルマスお客様が到着しました」
案内された部屋ではギルドマスターと呼ばれる男性が書類整理をしていた。
「ルスタさん、お久しぶりです」
リーシャが声をかけると、ギルマスであるルスタは顔を上げる。
「おおリーシャ様、お待ちしておりました」
室内に入ってきたリーシャを確認したルスタは慌てて立ち上がって出迎えた。ルスタはいい物を食べているのか、それともただ単に運動不足なのか、ぽっこりとお腹の出たおじさんだった。
「今日はこの子…メイについてお願いしたいことがあって来ました」
ルスタはリーシャの隣にいる芽衣を見ると、目を細めた。
「その嬢ちゃんのことか?」
「ええ。ルスタさんには状況を説明しますが…」
そう切り出して、芽衣が異世界人であること。そしてそのスキルで異世界の商品を取り寄せ、それを王都で販売したいこと。
実際に取り寄せた商品を見せてみたが、あまりにも情報量が多かったためか、ルスタは途中から「はぁ…」「へぇ…」「ほぉ…」といった相槌しかしていなかったが、時間が経つにつれようやく状況を把握したようで「それは大変だ!」と騒いだ。
「このことは既に王も知っている。それも含めて商業ギルドにも協力を願いたい」
「まぁうちも揉め事は避けたいので、出来る限り協力させていただきたい」
最終的にはリーシャとルスタがガッシリと握手をしていた。どうやらお互い満足する契約が出来たようだ。
その時に注意事項として、売る品物はなるべくルスタに報告してから販売して欲しいということ。これはもし市場で同じような商品を販売していた場合、元々販売していた商品との金額差を少なくしないと、今までそれで商売をしていた人の売り上げが落ちて困ってしまうという。そういった兼ね合いも必要になるので、事前に連絡が欲しいと云われた。
「話が纏まったところで、ギルドカードの申請は?」
リーシャの言葉にルスタが慌てて書類に必要事項を記入し、その書類を机の上に置いてある水晶に翳すとピカッと水晶が光った。
眩しいと思った次の瞬間にはその書類はカードになっており、それを芽衣に手渡した。
「このギルドカードがあれば、どこの国でも商売出来る」
ギルドカードは身分証にもなると聞き、失くさないように気をつけようと思った。
その後ユイオンで売られている商品の相場を聞き、販売する商品の大まかな値段もルスタと相談して決めたいと思った。
それからは芽衣が開く店の場所――店舗付き住居を捜してもらい、数日後には良さそうな物件が見つかった。
店内の配置や住居も芽衣の要望を取り入れるために職人たちにリフォームしてもらった。
そうしてあっという間に芽衣の店舗兼住宅は出来上がった。元々状態の良かった物件なので、少し手を加えたぐらいで済んだらしい。
家が出来たのでリーシャの家を去ろうとしたのだが、開店ギリギリまでソマリに引き止められ、いざ引っ越す際にはソマリからは「うちから通えばいいのに」と云われた。だがこれ以上甘えるわけにもいかないので、時々遊びに来るという約束をしてお世話になったリーシャの屋敷を後にした。
芽衣の店舗兼住宅は大通りから一本裏に入ったところにある。人通りはそれなりにあるもののこの通りは静かだった。周りには仕立て屋や雑貨屋などが並んでいる。
新しい家は小さな庭付きの地下一階、地上二階建て。地下は予備倉庫とし、一階は店舗とミニキッチンと小さな応接室。二階は住居で寝室やトイレ、風呂などの水周りも揃っている。水周りに関しては浴槽をひのきに似た木を選んだので少し安く仕上がった。どうせだったら少しでも快適に暮らしたいと思い、要望を出してみた。
引っ越してきてからは生活に必要な品も異世界商店や王都内の店で買ってあるので、暫らく困ることはないと思う。
そうして開店に向けて準備をしていたある日、突然ギストルがやって来て、魔法でドアに模様を描いて行った。
「開店祝いだ。これがあれば変な輩は近づいて来ないだろう」
「ありがとうございます」
「いや。それよりもこれから頑張れよ」
お礼を云うとニカッと笑っていた。
こうしてコツコツと買っていた商品を並べ、週に2日だけ営業する店『ファンタズムショップ』をオープンすることが出来た。それは芽衣がラスターニャに来て20日経った時のことだった。