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アバズレ寿司  作者: ねずみ
6/18

6、鉄砲

6、鉄砲…細い巻物のこと。


 

 むぎ子が寿司屋のアルバイトに応募をしたのは、黙々と寿司を作り続けるバイトなら、自分にもできるかもしれないと、そう思ったからだった。ひたすらに寿司と向き合っていれさえすれば良いというのなら、自分にもできる。むぎ子はできる範囲で、自分と世間との距離を、なるべく遠ざけないようにしたかった。

 

 しかし、店の前に一台だけあるレジがどうしても気になった。だから面接の時に、自分は緊張しやすいので、レジをやる自信がないのだと、勇気を出して、そう申告することにした。それで不採用となるならそれまでだと、覚悟を決めた。

 

 静かな部屋の中に背筋をピンと伸ばして立ち、寿司屋の番号を押した。しかし、どうしても通話ボタンが押せなかった。そこでベランダに出た。震える自分の声を、車の音や工事の音がごまかしてくれるのではないかと期待したのだ。スマホを握ってから30分、とうとう、通話ボタンを押した。

 

 コール音が鳴り響く間、むぎ子のスマホは、汗ビッチョリの手の中で、水没してしまうのではないかと思われた。


「はい、〇〇寿司です」そのあとは、何を喋ったのか覚えていない。電話口に出たのは、随分と威勢の良い、声の大きな男だった。むぎ子もつられてベランダで叫んだ。叫ぶ方が、声は震えないのだと気がついた。面接の日取りが、明日の夕方にあっけなく決まった。


 その晩、むぎ子の脳裏に、あのブスの教師の顔がなんどもよぎった。あの時みたいに、軽く冷たくあしらわれるのではないか。そういう不安が、むぎ子を襲い、電話をかけたことを後悔させた。



 あまりよく眠れぬまま、自分を奮い立たせるようにして、面接へ向かった。マスクは悪い印象を与えると思ったので、外して行った。

 

 怯えるむぎ子の前に現れたのは、禿げかかった40代の、血みどろのまな板を手にした、板前姿の、お酢臭い店長であった。その大きな声で、電話口に出た男であるとすぐにわかった。彼はアジをさばいている、青白い骸骨のような男に店を任せると、むぎ子を奥の事務所へ案内した。

 

 事務所は狭苦しく、雑然としていた。小さなテーブルには日報やパソコンが積み上げられていた。むぎ子は挙動不審にならぬように、それ以上あまり周りを見ないことにした。

 

店長は緊張に固まるむぎ子に、淡々と質問をしていった。


「バイトは初めてですか?」


「いえ」


「前は何系のバイト?」


「あの、工場のバイトとか、年賀状のバイトとかです」


「ふんふん」


「あとは、短期の遺跡発掘のバイトとか」


 店長は突然履歴書から顔を上げ、ぎょろりとした目玉をむぎ子に向けた。むぎ子はびくりとして、しかし必死に目をそらすまいとして見つめ返した。見つめれば見つめるほどに、半魚人のようだと思った。


「へえ。遺跡って、そんな簡単に出るもんなの?」半魚人は身を乗り出した。


「はい、ガラクタみたいなものは、結構すぐに出てきます」


「へえ。面白いね。なんでそんなバイトしてたの?歴史に興味があんの?」


 もちろんむぎ子は、一人で黙々とスコップを掘り続ける仕事なら緊張しなくて済むからそれを選んだのだったが、まさかそれを言うわけにはいくまいと思った。そこで、「なんとなくです」と答えた。


「なんとなく?なんとなくで、そんな変てこなバイトするの?」


「はい。そうなんです…おかしいでしょうか」


 店長は飛び出しそうな目ん玉でむぎ子をじっと見つめた。むぎ子はしくじった、と思った。するとアジをさばき終えたらしい骸骨男が、好奇心に溢れた顔を隠そうともせず、半笑いで店長の後ろに立っていた。むぎ子はじっと二人に凝視されて、息が詰まりそうなのを感じた。


 突然、店長が笑い出した。よくよく見ると、相手の眼差しには、さっきまではなかった、好奇心が浮かんでいるのだった。


「君、おかしいね。」


 すると追従するように、骸骨も笑い出した。むぎ子は驚いて、二人を見返した。やせっぱちと太っちょとで、二人はお笑いのコンビみたいだった。


「それで、いつからこれる?」


 店長の言葉に、むぎ子はハッとした。相手に受け入れられたのだという感動が、カチコチだった心の中に広がってゆくのを感じた。むぎ子は思わず、「今日からでも」と即答した。骸骨と半魚人とは、すっかり打ち解けた様子で、「やる気あるねえ」とおちょくった。


 結局むぎ子は、レジはどうしてもやれないのだということを告げられなかった。それを言うことで、せっかくの採用がフイになることと、せっかくの楽しげな雰囲気を壊すことを、強く恐れたのだった。



挿絵(By みてみん)


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