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アバズレ寿司  作者: ねずみ
5/18

5、クサ

5、クサ…ノリのこと。


 

 眠くなるだけで効かない薬はやめて、高いカウンセラー料金もくすねるだけのお金ではとうとう払いきれなくなってやめた。その代わり、むぎ子は高校のカウンセリングルームへ、一人お忍びで通い続けた。


 気休め程度であっても、自分のすべてを吐き出せるカウンセラーはむぎ子の崩れ落ちそうな心の支えとなった。むぎ子はカウンセラーとの対話の中で、自分の心のうちに眠る欲望に気がついた。それは自分が強く、一人でも多くの人間に、好かれたいと願っているということだった。

 

 ギリギリのところで自分や他人をごまかしながら高校を卒業すると、なんとか三流大学の文芸コースへ滑り込んだ。

 

 しかし、大学が試練の場であることに変わりはなかった。なるべく人前に出ない授業で単位を取ろうとしたが、それでもやはり、必修の授業の中で、人前に立って意見を述べたりせねばならないものがあった。いわゆるゼミというやつである。いくら少人数制とはいえ、むぎ子にとって、他人の面前でいつ長い文章を読まされるやもしれぬ、そんな危険極まりないものに出なければならぬのは、あまりに酷な試練であった。


 むぎ子は一番人数の少なそうな、人気のないものを選ぶか、それとも出席回数が少なくとも、レポートや課題で単位をくれるものを選ぼうと考えた。その結果、最終候補に上がったのは、むぎ子にとって縁もゆかりも興味もなんにもない「ドイツ文芸Ⅰ」であった。

 

 噂によるとその教授はなんでも、半年のうち二回でも出席し、課題を一回提出すれば単位をくれる、世にも素晴らしいゼミということであった。

 

 むぎ子はそのゼミを選ぶと、新品のマスクをつけて、一回目の授業に、清水の舞台から飛び降りる思いで出席した。

 

 初回は、一言の自己紹介で済んだ。むぎ子は一言くらいであればなんとかやり過ごすことができた。それでも、心臓がばくばくとなり、顔は真っ赤に上気し、四肢はブルブル震え上がった。20名ほどの学生がいたが、むぎ子は緊張のあまり、そのうちの一人しか、顔を覚えることができなかった。

 

 その一人というのは、学生たちの中でもひときわ低級な、気色の悪い男であった。頭はいがぐり坊主で、メガネはずり落ち、ヨレヨレの緑のチェックシャツを着て、小太りで背が低く、口を開けば心酔するドストエフスキーのことばかり。むぎ子はそんなみすぼらしい彼を、大変気の毒に思った。だからこそ、安心して観察することができたのだ。

 

 誰も彼の話など興味がなく、さっさと終わらせて欲しいと思っていることに気づかない。何より見た目が悪い。ありがちな救いのない文学オタクである。

 

 むぎ子は饒舌に喋り続ける、星野と名乗るその男のあばた顔をじっと見つめた。そのうちむぎ子は、嫉妬のようなものを感じ始めた。

 

 彼は自分よりずっと劣っているのに、それでも臆面もなく、あんなに堂々と喋り続けている。何であんなに恥ずかしげもなく振る舞えるのだろう?


じっと観察しているうちに、星野と目が合った。メガネの奥の、肉に潰れたようなつぶらな瞳がむぎ子を捉えた。むぎ子はなぜだかひどく恐ろしくなって、慌ててさっと目をそらした。



挿絵(By みてみん)


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