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アバズレ寿司  作者: ねずみ
14/18

14、おまかせ

14、おまかせ…見繕って握ってもらうこと。



「俺、異動になるんだ」店長は、ハンドルを回しながら、ポツンとつぶやいた。「一応出世だけど」


 それは二人で動物園に行った帰り道、むぎ子が助手席のシートにゆったりともたれ、店長のシャツからはみ出した贅肉を、飽きもせずに見つめている時だった。


 むぎ子は、裏切られたような、置いてきぼりにされたような気持ちになった。しかし、決して動揺を悟られまいと、つとめて冷静な、祝福の態度を装った。


「おめでとうございます」


「うれしそうだね。俺、すっごく悲しいんだけど」


「でも、おめでたいことじゃないですか」


「そうだけど。でも、離れ離れになるんだよ、俺たち」


「…」


「俺が店からいなくなっても、こうして会ってくれる?」


「…」


「会ってくれないの?」


「わたし、なんか、もっと何か、頑張らなくちゃいけないと思って」


「なんかって、なに?」


「わかんないけど、なんか。もっと、大学生のうちにしか、できないことを…」


「それって何?例えばなんなの?」


「…わかんないですけど」


「バイトだって、学生のうちにしかできない大事な経験だと、俺は思うけど」


「…」


「むぎ子さん、もう十分、頑張ってるよ。店だって、むぎ子さんに支えられてるようなものだし…」


「翠さんや、林さんのおかげじゃなくって?」


「違うよ、あんなやつらのおかげじゃないよ」


「そんじゃ、私のおかげで出世したってことですか?」


「まあ、それもあるかな」


「自分だけ出世か」


「何をそんなに悩んでるの?聞かせてよ、俺、むぎ子さんの彼氏でしょ」


「わたし、このままでいいんだろうかと思って」


「もちろんだよ、むぎ子さん、魅力的だよ。店の野郎ども見てれば分かるでしょ」


「私のこと、わかってないよ」


「確かにそうかもね。だけどそれがいいんだよ。ミステリアスというか。むぎ子さんは、月みたいだよ。」


「月?」


「そう。俺にとって、むぎ子さんは太陽じゃなくて、月なんだ…何を考えているかわからなくて、気分屋さんでー」


「そんなんじゃないし」


「謙遜しないで。むぎ子さんは、もっと自信を持つべきだよ」


「だって私、高校の時なんかー」


 言いかけて、口をつぐんだ。目の前に座ってこちらを見つめる、白シャツに銀のネックレスという、齢不相応の若作りの格好をした男に、何を言っても無駄だという気がした。


 むぎ子は突然、訳もなく、無性に聡の声が聞きたくなった。帰って、電話しよう、そう思った。家ももうすぐそこだったので、もう帰ると宣言し、寂しそうな店長を尻目に、ドアを勢い良く開けた。


「ねえ、待って、むぎ子さん」


「何ですか」


「降りたら、ブレーキランプ、よく見ててよ」


「はあ」


「俺、5回点滅させるから。それ、愛してるのサインだから。」


「はあ」


「ちゃんと最後まで見ないとダメだよ、約束だよ、いいね?」


「わかりました、では、どうぞ」


 むぎ子はブレーキランプが点滅するのを、道端の雑草の上に立って、無の気持ちで見つめた。ファミリー用のワゴン車は、点滅を終えると、満足したように、走り去っていった。


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