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アバズレ寿司  作者: ねずみ
12/18

12、にげ物

12、にげ物…原価の安いネタのこと。


 飲み会は始まったばかりだというのに、皆随分心地よく出来上がっていて、テーブルの上には枝豆の皮やら空のグラスやらが所狭しと散乱していた。林も、山形さんも、翠も、店長の姿もあった。むぎ子と聡を見つけると、翠は手招きして呼び寄せた。「あれ?来てくれたんだ!嬉しい!」

 

 店長はむぎ子と聡の方を、ちらりと見ただけだった。そしてすぐ目の前の林に向きなおると、「だからさあ、どうしてダメなんだと思うよ。売り上げが目標に届かないのは。」と、さっきから続いているらしい説教へ戻った。


 喉まで真っ赤にした林はうなだれて、「はえ、はえ」と繰り返すだけだった。むぎ子はそんな店長を、なんだかいつものように熱い思いで見つめられない自分に気がついた。


「ねえ、むぎ子さん」翠が耳元で囁いた。「店長のこと、そんな目で見ないであげて」


「私、どんな目で見てましたか」


「うん、あのね、こうだよ」そう言って翠は、もともと細い目を一層、ぐうんと細めた。「こういう感じで、つめたあい、目で見てたよ」


 むぎ子は少しだけホッとした。我を忘れた愛おしい目線を向けているところを見られるよりもずっとよかった。笑って、「そんなことないですよ」と言った。


 すると翠は急に真面目な顔つきになって、こういった。


「店長はね、林くんが可愛くってしかたがないの。男同士の絆っていうか、熱い師弟関係っていうか。」


「へえ…」


「ねえねえ、お二人さん、何のお話ですか。僕も入れてくださいよお」


 説教を終えた林が、グラスを片手に、間に割り込んでくる。


「あ、むぎ子さんにそれ以上近寄るの禁止!」


 翠がむぎ子の肩を抱く。むぎ子は微かな酒の匂いと混じって、ぷうんと漂う石鹸の香りに、どきりとする。こんな良い匂いの、こんなに魅力のある女とずっと一緒にいたら、店長なんかー


「ね、林くん。店長のこと、尊敬してるんだもんね?」


「そうですよ。私は師匠、と呼んでます。あんなに真剣に怒ってくれる人は、なかなかいませんから」


 林は目を輝かせ、トイレに並ぶ店長の背中を愛おしそうに見つめた。むぎ子は、所詮バイトである自分と、社員である彼らの間には、大きな深い川が流れているのだと思った。そうして急に、ただ日々あばずれである自分のことが、急に、くだらなく、薄っぺらなように思えてきた。そうして、店長のウザさをもありがたいものであると大きな器で受け止める翠のことや、事務所の床に布団の代わりにダンボールを引いて、泊り込みで働き続ける林のことが、とてつもなく、大きなものに見えてくるのだった。


 むぎ子は彼らから目をそらし、逃げるように後ろを振り向いた。そして所在無げに座って、ウーロン茶をすする聡の姿を見つけると、異星の果てで、仲間を見つけたような気持ちになった。


「あの。私そろそろ、聡くんを連れて、帰ろうと思います。」


「えーもう帰っちゃうの?」


「はい、ちょっと顔出すだけのつもりで来たので」


「まあでもそうだね、それがいいね。あんまり遅くなるとあれだし。まだ高校生なんだから」


「はい。聡くん、帰ろう」


「聡くん、男らしく、むぎ子さんを、ちゃんと送り届けてあげるんだよ」


 結局、店長とは一言もかわすこともないまま、むぎ子は3度目の帰り道を聡と歩いて帰った。


 夜遅くなってから、店長からの着信が二回あったが、むぎ子は気づかないふりをした。


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