帰るための条件
「志朗よ、起きるがよい」
壮年男性の声に呼ばれ、志朗は意識を取り戻した。
過去の世界に飛ばされてからまだ一週間も経たないが、随分と久しぶりに、自分の名前で呼ばれた気がする。
目を開けて声のした方を向くと、小さな男の子が立っていた。
「起きたか。」
その声は非常に低かった。
「・・・声と身体、ミスマッチすぎません?」
「申し遅れたが、ワシの名前は左慈。南華老仙とは違う流派をもっとる仙人じゃ」
「は、はじめまして。俺の名前をご存知みたいですが、改めまして三国 志朗です。」
「ウム。律儀なのはいいことじゃぞ、若者よ。」
どう見ても10歳前後の人間(ただし大変にいい声)に若者と言われても違和感しかない。
「ん、この姿が気になるかの?では、これならどうじゃ?」
左慈は突然老人になって見せた。
「これなら話しやすかろう。って、なんじゃその顔は」
「急に子供が老人になったら誰でも驚きますよ」
「ほっほ、そりゃそうじゃ。」
「南華老仙も俺の目の前からパッと消えましたけど、仙人なら誰でもああいう事ができるんですか?」
「いや、誰でもという訳では無い。あやつとワシでは流派が違うからの。南華老仙は召喚術やら自然の力を自在に操るなんかを得意とするが、わしは己の姿を自在に操れるんじゃ。その応用で、時を加速したり戻したりなんかもできるぞ。」
「時!?じゃあ、俺を元の時代に帰す事も出来るんですか?」
「できないことは無いが、お主、簡雍の姿のまま元の時代に帰るのかの?」
・・・それは嫌だ。家族や友達に、俺だと認識して貰えないのなら帰る意味が無い。
「まあ、それについては後々話そう。もう一つの問題は、お主の行動次第では、時の河が本来の流れから外れてしまう場合があることじゃ。」
「俺が歴史を大きく変えてしまう可能性があるってことですね」
「そういうことじゃ。お主の行動で歴史が変わったとして、そのままお主を未来に送っても、お主が知る未来とは全く違う形になっている場合があるという事じゃ。見た目は簡雍のまま、自分が知らない未来に送られる・・・そんな切ない事態もあるまい」
「では、時を加速して元の年代にしても、元の世界に戻れるとは限らないってことですか?」
「その通りじゃ。だが絶望することは無いぞ。時の河が例え枝分かれしたとしても、お主が元いた時の河そのものが消える訳では無いのじゃ」
「つまり、俺が今いるこの世界は、パラレルワールドになるってことですね」
「パラ・・・?並行世界のことでいいのかの?まあ、その認識であっとる。じゃから、好きに歴史を変えて構わん。」
「世界がパラレルワールドになってしまうのなら、元の世界に戻るためにはどうしたらいいのですか?」
「お主、南華老仙から何か聞いてないか?」
「簡雍としての人生を送って、死んだ時に元の時間軸に帰す、と」
「大筋はそれでいい。人は死んで魂になっている時のみ、いくつもの時の河を自由に行き来できるからの。ただし、それができるには条件がある」
「すみません、死なないと行き来できないのなら、俺は何故この世界に?それと条件とは?」
「うむ、ちゃんと質問できるのはいい事じゃ。」
左慈は満足そうに頷く。説明好きなのであろうか。
「では、まずこの世界に来た理由じゃ。南華老仙は、悪に染まった弟子・張角を封ずるため、英雄を呼び出して協力してもらおうとしていたのは聞いとるの?」
「はい。」
「人の魂を時の河から呼び出すような技は、ワシらのような修行を積んだ仙人でもそうそうできない強力な技なのじゃ。本来なら、反動で身体が壊れてもおかしくないほどのな。」
「つまり、凄まじい超常の力を使われた場合は、無理やり移動させられる場合もある、ということですね」
「その通りじゃ。」
「次に、元いた世界に帰る方法を教えよう。それは、未練を残さないことじゃ。」
「未練を残さない?」
「そうじゃ。異なる世界から来たものが未練を残したまま死ぬと、魂がこの世界に留まろうとして、ワシらが力を使っても導くことはできんのじゃ。そうなれば、元の世界には帰れず、永遠に魂としてこの世界をさまようことになってしまう。それゆえ、歴史を好きに変えていいと言ったのじゃよ」
「簡雍としての人生を、満足できるように生き抜けってことですね。」
「ウム。・・・これは仮説なんじゃが、ワシはお主が簡雍の魂から離れられなかったのも、その未練が関係していると考えておる」
「簡雍の未練ですか」
「ウム。お主は、簡雍としての人生を終え、それから何回か生まれ変わった姿なのじゃ。故に、頭では覚えておらずとも、魂は簡雍としての人生を経験済みなのじゃよ。その魂が覚えておる、簡雍だった時の未練が原因で、お主の魂が離れまいとしておるのやもしれぬ。」
「自覚はないですが・・・」
「そりゃ、深層意識よりさらに深いところでの行動じゃからな。仕方ないわい。」
「ともかく、お主は劉備と共に、全力で生き抜くのじゃ。そうすれば、簡雍の未練がなんだったのか、色々とわかってくるじゃろ」
「わかりました。」
「元々お主が持っておった力に加え、本来簡雍が持っておった力が、お主に足されておる。と言っても、努力を怠ってはならぬぞ。」
「重ね重ね、ありがとうございます」
「ウム。頑張ってくれよ」
ひとしきり話したところで、突然目が覚めた。最初に目に入ったのは、心配そうにこちらを見ている護衛の皆さんの顔だった。
目覚めて最初に見るものが筋肉。それも悪くは無い、悪くは無いが・・・できれば美女がよかった。