母の餞別
劉備の家に泊まった翌日、なんとか家にたどり着いて荷造りを終えた簡雍は、ふらふらと外に出た。
そして、昼寝にちょうど良さそうな草むらを見つけると、そこに大の字になった。
「いつの時代も、眠る気持ちよさだけは変わらないねえ・・・」
彼は、寝転がるのが大好きなのだ。これは、志朗出会った頃、産まれたばかりの小さい時から今まで変わらない。
この草むらまでは、まるで知っているかのように直行だった。俺と同化する前の簡雍が、よくここに来ていたのかもしれない。と志朗は思った。
もしそうなら、俺が寝転がり好きなのは、きっと前世譲りだ。
簡雍が呑気に眠っている頃、劉備は自宅で母と話していた。
楼桑村 劉備の自宅
「備」
「はい」
母が俺を「備」と名前で呼ぶ時は、何か重大な話があるときだ。
「少し待っていなさい」
そう言うと母上は、家の奥に入っていった。戻ってきた母の腕には、何やら長いものが抱えられていた。筵に包まれた上に紐で縛られ、なにやら厳重である。
母は俺の前に端座し、紐を解き始めた。すると、自分の目から見ても見事なものだと分かる剣が姿をあらわした。
「母上、これは?」
「これは、漢の高祖・劉邦の剣です」
劉備は驚愕した。
「高祖の!?何故、そのような剣をお持ちなのですか・・・?」
「それはあなたが、高祖劉邦、そして中山靖王劉勝の末裔だからです。あなたは、天子の血を引いているのです。」
「まさか・・・」
「この剣が何よりの証拠です。私達の家は代々この剣を守り伝え、磨いてきました。世が乱れた時、この剣を抜いて立ち上がる・・・それが、劉一族の使命なのです。あなたに、この剣を託します 」
劉備は、恭しくその剣を受け取った。ずっしりと重たかった。剣それ自体が重いと言うよりも、そこに込められた代々の想いが、自分の肩にのしかかってくるような感覚になった。
「母が最後にあげられるのは、この剣と、勇気だけです。・・・頑張るのですよ。」
「はい!」
その日の夜は、親子水入らずで過ごした。母は、劉備の好物を沢山作ってくれた。
劉備は、息子を送らんとする母の真心を、生涯忘れまいと誓った。そして、必ず志を果たし、母の待つこの楼桑村へ帰ってくると決めた。