火の玉の村
暫く歩くと、木々に囲まれた開けた空間に出た。
秘密基地のような空間。壁も天井も草木で囲まれている。
その中に、小さな家がたくさん村のように並んでいた。
小人か妖精かの村だろう。そして、きっとこの子の。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
叫び声のようなものが聞こえ、思わず耳を塞ぐ。
そうだ、この子を届けるということは、魔族の村に入るということだった。
そして、異族が入ってくればきっと魔族は攻撃してくる。
死んだ。
そう思った。が、そんなことは無かった。
頭に乗っていたその子が俺の目の前で両手を広げて浮かんでいる。
飛べるんかーい。
って、そうじゃない。庇ってくれたんだ。
「〜〜!!」
「〜〜〜〜〜!」
迷子の火の玉と、村から聞こえる声。
聞き取れないけれど何か言いあっていた。
しばらくして、村のひとつの家から同じような青い火の玉が出てきた。
俺にお辞儀をし、手をこちらに伸ばす。
握手だろうか…?俺も同様に手を伸ばし、火の玉の手を握る。
その瞬間、身体中を強い魔力が通った。
指の先から髪の先まで、全身に。
「ご無礼をいたしました、すみません。」
「え、あ、え。」
言葉がわかる。出てきた青い火の玉は、もう一度俺にお辞儀をして丁寧に謝った。
いや、俺の方こそ勝手に村まで来ちゃったからそこまで恐縮されると申し訳なくなるんだけど。
「こちらこそ、失礼しました。人族のシアンと申します。森の先で、其方の子が迷子になってまして…」
「えぇ、先程説明を受けました。我が子を救ってくださりありがとうございます。」
深深と、その火の玉は何度も身を屈めた。
「申し遅れました、私ウィル・オー・ウィスプの族長をしております。人族のように個体名はないため自己紹介は種族名のみとなりますが、どうぞお見知りおきを。」
なるほど、丁寧だと思ったら族長でしたか。
じゃあなんだ、助けた火の玉は族長の息子か娘か。偉い人助けたんだなぁ。あ、人じゃないか。
ウィル・オー・ウィスプ。
後で家に帰ってチャスターに聞いたら人魂や鬼火と呼ばれている中位魔族のようだ。
族長は言葉が通じない俺に意思の疎通をする為に全ての言語が理解出来るようになる高位魔法を掛けてくれた。
通常、人間は持っていない能力であるが、妖精の類は殆どが生まれ持っているらしい。
また、小人や妖精は異族間の交流を極端に嫌う。
それは何をされるかわからないからという恐怖からくるものであり、つまり今回のように最初から善意を向けられた個体に対しては交流を深める傾向にあるようだ。
「シアンさん、何かお礼がしたいのですが、いかがですか?」
「え、いえいえ。このように交流を深められるだけで幸せですので。」
族長の『お礼』がどんなものか気になるのは確かだが、暗くなる前に帰らなくてはアンに怒られるだろうし、なにより全ての言語が理解出来るなんていう自動翻訳機ばりの機能をもらっているのだからこれ以上は貰えない。
そう思って族長の申し出は遠慮することにした。
「そうですか…では、せめて何か役に立つスキルでも…」
しかし族長、親戚のおじさん並みに執拗い。
なにか与えて下さるのは嬉しいが、申し訳なくなるのだ。
「いえいえ、本当にお気持ちだけで。ありがとうございます。」
「欲のない子でヨロシイ。そんな子にはもっと世界を知ってほしいですな。」
ふよふよと俺の顔の高さまで族長が飛んできて俺の鼻頭を撫でてくれる。
「〜〜。」
と、突然に族長が何かを唱えるとデコピンでもされたかのような一瞬の痛みがはしった。
「痛かったですか、すみません。速読と記憶のスキルを与えました。何も受け取って頂けないのは種族の恥ですから、ご容赦ください。」
鼻頭をさすりつつ、俺はなにかスキルをもらったらしいと考える。
速読と記憶、ようは本読みに使えるスキルだろうか。後で家に帰ったらじっくり使ってみよう。
「このスキルで世界を知っていただければ幸いです。あぁ、安心してください。普段の日常生活にはなんの関与もしないスキルです。」
「えっと、ありがとうございます。」
お礼を言って、そろそろ帰らないといけないと伝える。
あまり遅くなると本当にアンに怒られる。
「そうですか、本日は本当にありがとうございました。シアンさんならいつでも大歓迎ですのでまたいらしてください。1度出るとなかなかここには来れないような仕組みにはなってますが…。」
なるほど、だからあの子は帰り道がわからなかったのか。
それ便利だけど不便じゃないか…?
まぁいい、今は帰ることが最優先だ。
「では、ありがとうございました。またどこかで。」
そう言って俺はウィル・オー・ウィスプの村を離れた。
家に帰ったのは夕日が沈む少し前、街がオレンジ色に照らされている頃だ。
「ただいま帰りました。」
結局、薬草はそこら辺にあるものを少ししか持って帰ってこなかった。
薬作りより、スキルが気になった為今日の薬調整は中止だ。
アンに言って読んだことの無い本を1冊借り、ページをパラパラとめくる。
最初のページからめくっていき、大体5秒くらいかけて本を閉じる。
理解出来た。
なんなら、何ページの何行目は?と聞かれればそこの行が答えられる。
速読と記憶。速読は早く読み、そして理解する。
記憶は、その本の内容をそのまま頭にインプットする。
図書館なんてものがあれば、さらにはそれが全て読めれば。きっと俺は歩く図書館になる。
そしてその知識はきっと様々な分野で生かせるのだろう。つまり薬作りにも、だ。
なるほど、もしまた族長に会えたなら感謝の言葉を伝えなくては。
その日の夜、家中にある本を片っ端から読んだのは言うまでもない。