火の玉
チェスターが風邪を引いた。
よって、今日の薬草採取は中止であり、薬草がなければ薬の調合も出来ないため今日はお休みである。
なんてのは、納得ができなかった。
毎日森に入っているのだからチェスターが居なくたって薬草採取くらいできる。
危険だって言ったって、魔族を見たら逃げれば向こうも追ってこない。
「お父さん。1人でも大丈夫です。行かせてください。」
チェスターは頑なに拒んだが、俺もめげずに頼みまくったらやっとOKが貰えた。
しかしいつも行く時間は午前中。OKが貰えたのは昼飯が終わってからのことだった。
「暗くなる前に帰ってくること、絶対です。分かった?」
「はい!」
アンがくどいほど注意するが、俺は全てに元気に答えた。
早く薬草を取りに行かねば夜薬の調合ができないではないか。早く行かせてくれ。
そんなことを思いながら、最後にアンが魔法をかけてくれた。
帰りたいと願えば帰り道が分かる魔法だそうだ。
いつも採取する場所に行くから迷わないとは思うが…。
「お母さんありがとうございます。行ってきます!」
そう言って俺は家を出た。
行くと言っても家の目の前の森だ。心配はいらない。
前世ではこんなに薬マニアだったか、と思うほど最近は薬作りが楽しい。
チェスターの遺伝もあるのか、はたまた異世界だからか。
日本で行っていた薬調整とは全く違くてとても楽しいのだ。
いつも通りの道を抜け、開けた所に出る。
毎日通っている道には木々に印を付けていて、足場もしっかりとした道を歩いてここまで来ることが出来るのだ。
さてと、昨日の薬作りで足りなかったのはピリン系の物質…。それとなる薬草はあるだろうか。
と、草を漁っていると視界で何かが動いた。
魔族。直感で分かった。
逃げなくてはいけない。いや、ちょっかいを出さなければ襲っては来ない。
だからまずは相手を確認するところからだ。
左にゆっくり顔を向ける。
動いた茂みの方へ。ゆっくり、ゆっくりと。
そして、ソレと目が合う。
手のひらサイズの、青い光。
日本の妖怪で火の玉というのがあるが、それから同じ色の胴体を小さく出して、手と足を付けたようなもの。
それが、いた。
1匹だ。怯えたようなソレは、こちらをじっと見ていた。
俺もまた、ソレから目を離すことなく見ている。
間違いなく魔物だった。小人族か、あるいは妖精の類だろう。
ゆっくりゆっくりと、後ろに足を引いて逃げる。
その時、
「〜〜〜〜、?」
怯えたような声で、ソレは俺に向かって声を掛けた。
害はない。そう思った。
それが罠であったなら、そこまでだ。
でも、きっとソレは困っていて、それが異族である俺にまで縋る程なのだろう。
もしここで手助けして殺されたら、そこまでだったと割り切ろう。
「どう、したのですか?」
ゆっくりと、ソレに近付く。
また、ソレも怯えながら、俺に近づいてくる。
手と手が触れる。青い火の玉は、熱くはなくむしろ冷たかった。
「〜〜、〜〜〜。」
ソレは困った顔で俺の手を掴んだ。
俺も、同じような顔をしていたと思う。
「仲間は?お家はどこですか?」
「〜〜……。」
「おうち、分からなくなってしまったのですか?」
「〜〜〜。」
言葉が通じているかは分からないし、俺には通じていないから間違っている可能性も高いが、この子はきっと迷子だ。…と、思う。
不安で仕方がないのだろう。一緒に、家を探してあげてもきっと罰は当たらない。
「あ。」
アンに出かける前にかけてもらった魔法。家に帰るための魔法。
あれを、このこのために使えばいいじゃないか。
もし迷子なら、それで丸っと解決だ。
「抱っこして大丈夫ですか?」
「〜〜〜?」
「えっと、…失礼します。」
そっと優しく火の玉を抱える。そして唱える。
「このこの家に、帰りたい。」
すると目の前の草がパァと明るくなり、1本の道ができた。
その道は森の奥に続いており、きっとこの道の先が、このこの家なのだろう。
「では、行きましょう」
「〜〜!」
少し火の玉の表情が明るくなり、僕の頭の上に飛び移った。
どうやらそこが気に入ったらしく、僕が歩き出しても頭に座っている。
光の筋を辿りながら、通る木々に印をつけ、俺は森の奥へと進んだ。