2限目
「さて、2限目は2人に案内の生徒をそれぞれ付けます。行きたいところに行き一緒に行動してください。」
マッケンジー先生がそう言うと扉が開いた。
長めの茶髪をお下げにした丸メガネの女性と、狼か犬のような灰色の毛並みの獣魔族の男性が入ってくる。
「案内は、君達と同じ生徒会弟子の2年生2人です。ひとつ上の先輩だから仲良くしてくださいね。」
先生が言うと、今度は女性が口を開く。
「はじめまして。クイーンの弟子をしております、2年Sクラスのスイ・エイジーです。キングの弟子になった子を案内させていただきます。」
「同じく2年Sクラス、ジャックの弟子のハース・エンジーだ。エースに弟子入りした方を案内する。」
女性、エイジー先輩に続けて男性、エンジー先輩も口を開いた。そして続ける。
「俺とスイは家族ネームが似てるからややこい。俺のことはハースと読んでくれ。」
「私もスイで構いません。」
1歩前に出てよろしくと頭を下げる2人。
俺らも同様に頭を下げる。
「私はエース弟子のティア・ウーズリーです。で、こっちが」
「キング弟子のシアン・バークリーです。」
ウーズリーが先に挨拶をしてくれたので俺も難なくそれに続く形で挨拶をする。
先輩方がひとつ上の学年ということはSクラスの中でウーズリーの次に近しい人物だということだ。
「ティアにシアンか。よろしくな!」
ハース先輩が手を伸ばしてきた。握手かな?と思ったらわしゃわしゃと頭を撫でられる。
しばらく雑談したあと、俺はスイ先輩と、ウーズリーはハース先輩と共に教室を出た。
「さて、シアンさん。1限目、どこか気になった場所はございましたか?」
「そうですね、図書館に行って本を読みたいな、と思っていたのですが。」
「あら、シアンさんは読書がお好きで?」
「えぇ。」
俺の言葉にスイ先輩は目を開いた。
どうやら、男性の読書家は珍しいらしい。
「私も本は好きなんです!ご存じですか?なんでも、5年間でこの学校の図書館の本を読破したのは現在司書をなさっているアガットさん唯1人だそうで!私も読破を目指したものの、読めない言葉が多くて1年で既に挫折したんです。」
読めない言葉、というのは、簡単に言えば外国語だそうだ。この国、人間語以外の言葉の書物も勿論あり、例えばウィルが使う言葉も人間にはほとんど理解出来ないものである。
俺は翻訳スキルをウィルに貰ったから大体のものは読めるけれど、それ程に多様な本があるならば読破は難しいのかもしれない。
「では、僕も先輩のように読破を目指して取り敢えず1年は頑張ってみようと思います。」
読破、ということは暇さえあれば図書館に入り浸るような生活を送ることになる。と、スイ先輩は笑いながら言った。俺のペースでも何日かは掛かるだろうし、5年間で読み切るのにも入り浸るというのだから、つまりはそれだけの量なのだ。
「それから、話は全く違うのですが、その首に巻いているのはなんですか?」
「へ?」
「あぁいや、ただの素朴な疑問なのですが…。答えたくなければ構わないです。」
スイ先輩が顔の前でぶんぶんと手を振る。
首に巻いているというのはウィルのことだろうか、ずっと寝てるし殆ど動かないからファーを首に巻いてる人にしか見えないのかもしれない。
そう考えると、さほど寒くもない9月に不自然な位置にマフラーなのかファーなのか、ふさふさしたものを巻いているのだから不思議にも思う。
「いえ、こいつは僕が連れてきた動物の1人です。テン、おきて。」
とんとん、と首に巻かれているテンを起こす。
するとテンはふぁ〜と欠伸をして顔を出す。
目の前に俺ではない人物を見つけ、一瞬威嚇したものの、敵ではないと分かるとぺこりとお辞儀をした。
「あらあら、とてもお利口さんなのね。触ってもいいかしら?」
スイ先輩が笑顔で聞いてきたので、俺はテンに良いよな?と聞いてから潔くOKした。
「では失礼して……ああぁ、ふわふわだぁ。可愛い〜!!」
テンの頭をすっと撫でながら笑顔を綻ばせるスイ先輩。きっと動物が好きなのだろう。
テンも満更でもないようでスイ先輩の腕に顔をすりすりしたり手を伸ばしたりと喜んでいる。
2人をしばらく眺めていると、スイ先輩はふと我に返ったようにテンから手を離してコホンと一息ついた。
ちなみに撫でられていたテンは俺の肩に乗ったままなのでその間スイ先輩の顔は俺の顔と急接近していた。
「と、とっても可愛く賢い子を連れているようね。」
少し顔を赤くして歩き出すスイ先輩。
無邪気な顔を後輩に見られたのが少し恥ずかしかったのかもしれない。
見た感じ10代であろうスイ先輩は、そういうお年頃なのかも。
「では、図書館に向かいましょうか。」
既に歩き出しているスイ先輩の後を追って俺も歩き出した。
隣に並ぶのは失礼かもしれないから、1本斜め後ろを歩く。先輩もそれを受け入れてくれて俺達はゆっくりと目的地を目指した。
しばらく歩いてグラウンドに出る。
突っ切ればいいだけなのだけれど、どうやら他学年の他クラスがグラウンドを使っているようだったので俺達はぐるっと回るような形で歩いた。
「グラウンド、改めて見ると大きいですね。」
「ん?うん、そうね。今グラウンドを使っているのは2.3年生のBクラス。魔法の授業みたいね。」
スイ先輩が説明してくれた。よく見たたけでわかるものだ。
「魔法といえば、貴方入学試験で空を飛んだんですって?」
「え?あ、はい…。やっぱり不味かったんですかね?」
唐突にスイ先輩に指摘されて少し慌てて答えてしまった。
入学試験で先生に飛べるなら、と言われ、他の生徒は誰ひとりとして空を飛んでいないあの状況で、何も考えずに飛んでしまった。
やはりいけないことだったのだろうか。悪いことをしてしまったのか、と思うと頭が下がってくる。
「いや、まずいなんてそんな。つまり貴方は空を飛べるのかしら。」
「はい…。」
「本当だったのね……すごい!」
へ?と顔を上げる。すると、スイ先輩は目をらんらんと輝かせていた。
「いい?空を飛ぶ、言い方を変えれば、物を浮かせる、というのはとても難しい魔法なの。重力に逆らって操らないといけないから。」
物を浮かせるのはたしかに難しい。その物体にかかっている重力を空気より軽くしなければ浮かないからだ。
それをさらに操って動かす。というのは、いくつかの魔法を同時に使用しなければならない。
「それを自分にかけて、しかも動かすなんて。すごいわ!」
「いやいや、スイ先輩。少し勘違いなさってます。」
今度はスイ先輩がへ?と顔を上げた。俺を真っ直ぐに見てくる。
たしかに物を浮かせるのは幾つかの魔法を組み合わせなければならないし、それ相応の技術が必要かもしれない。でも、だ。
「空を飛ぶというのはそんなに難しくありません。なんなら、そこにある小石を宙に浮かせて操る方が難しい。」
「つまり?」
「たしかに物体を宙に浮かせるのは重力をいじったり風をいじったり、それこそ幾つもの魔法を組み合わせます。しかし自身が宙に浮くのであれば、その必要は無いのです。」
女性が自分でメイクをするのは簡単でも他人にメイクをするのは難しいように、母親が自分でご飯を食べるのはすぐに終わるのに娘にご飯を食べさせるのには時間がかかるように、自分の体を動かすのは簡単でも他人の体を動かすのは難しいように。
「自身に魔法をかけるのは簡単なのです。」
そう言って、俺は先輩に簡単に説明をする。
ただカシミール効果を操ればいいのだ。ちなみに、カシミール効果というのは2つの金属板をナノレベルまでに近づけると物体間にはたらく引力のことをいう。
「カシミール効果を「引き合う力」から「反発する力」に変えればいいのです。」
「つまり、浮かせるじゃなくて反発させるってこと?」
「そうですね、重力に逆らうのではなく、重力をそのまま真逆に使えばいいだけなんです。」
こう言っただけで理論を理解してくれるとは流石Sクラスと言うべきか。
スイ先輩が反発…と呟きながら呪文を唱える。
先輩が呪文を唱え終わると、直後にバビュンと真上へ飛ぶ。そして、おちてくる。
「わぁぁああああああぁぁ!??」
上空からスイ先輩が落ちてきた。飛んだはいいものの継続はできず、かつ自身を操ることも出来ない。ただ吹っ飛ばされて落ちてきた。
先輩に魔法をかけて落下速度を弱める。位置エネルギーが高いので止めるまでは出来なかった。
速度を弱め、先輩にかかる重力をできる限り無くし、そして俺の腕に先輩が届く頃には鳥の羽のように軽いものとなっていた。
「大丈夫ですか?」
先輩を地面に下ろし重力を戻す。地面に足がついたところで先輩はヘロヘロと座りこんだ。
「こ、怖かった…でも、飛べた…。」
飛んだというより吹っ飛ばされてましたが。とは言わず、コントロールがきけば先輩も空飛べますね、とフォローしておいた。
「ねぇ、また教えて貰ってもいいかしら。」
「いいですよ。というか空を飛ぶ程度ならば、2限内に出来そうですけど…。」
「本当?」
「えぇ。」
と、こうして急遽飛行訓練が始まった。
といっても自身を吹き飛ばすことはできるスイ先輩だ。手を繋いで一緒に吹き飛ばされ、上空で俺がそのまま静止。手を繋いだままスイ先輩が落ちないように自身に反発を掛け続け、維持出来るようになったら今度は動いてみる。それだけだ。
ものの10分でスイ先輩は飛行出来るようになり、それはそれは喜んでいた。
俺も空を飛びたいとウィルに習った時は手に入れるのに30分ほど掛かったものだ。スイ先輩は魔法の才能が溢れているのかもしれない。
「すごい、すごいよシアン!」
そういえばこの10分間で俺はシアンさんからシアンに昇格していた。
スイ先輩とずっと手を握っていたからか距離が近付いた気がする。ギャルゲーだったら攻略の第1歩だ。
「あ…ごめんなさい、シアンのための2限目なのに私が教えて貰っちゃって…。」
「いえ、スイ先輩が楽しそうだったので全然。まだ30分ほど有りますよね、今からでも図書館に行きませんか?」
当然本来の目的を思い出したスイ先輩が明らかに落胆するので、俺はフォローを入れる。
事実こんなに無邪気に喜ぶ先輩は可愛かったし、あと30分もあるのだから今からいけば3段も読める。なんの問題もなかった。
「そう言っていただけるとありがたいわ、じゃあ行きましょう。」
もうグラウンドまでは来ているので図書館に着くのは秒だった。
スイ先輩と図書館の入口をくぐり、ようやくのことでアガットさんに挨拶をする。
「また来たんだね、ゆっくりしておいき。」
「はい、ありがとうございます。アガットさん。」
そうして、俺は1限目の時と同じように本を読み始め、3段分読んだところで2限目終了のチャイムが鳴った。




