諦め
「大好きな人にお花を贈ると、とても喜んでもらえるの。だから、キノもお花のことを嫌わないでね」
蘇る声。自分がキノに言った、その言葉。
(リューン様に何か喜んでもらえるものを)
ミリアの店で、シルバーのシガレットケースを見つけ、タバコは吸わないが葉巻を時々吸っているのを見ていたムイは、それを手に取った。
(これを押し花で飾れば……)
女性が喜ぶ首飾りや耳飾りは得意だったが、男性が喜ぶようなものはなかなか思いつかず、ムイは頭を悩ませていた。ミリアの店で、このシガレットケースを見つけた時はこれだと思い、嬉しくて飛び上がりそうな気持ちだった。
「アラン、このアネモネだけど、」
バラ園の一角。ムイはそこを花壇として庭師のアランに貸してもらい、植物を育てていた。
「アネモネは背が高いから、茎が曲がってしまうようなら、支柱か網を張ったほうがいい」
「ありがとう、そうする」
大切にして育てたその花が大輪を咲かせた時、ムイは心から嬉しかった。
(これを押し花にして、リューン様に何か……)
そして作っておいたアネモネの押し花を、シガレットケースに配した。
(きっと、喜んでくださる)
それが、受け取っては貰えなかった。
悲しくて悲しくて、リューンが部屋から出ていくと、涙がわっと出た。
(私はいつも、リューン様に何かを求めてしまう。この贈り物も、喜んでくださると思い込んで……)
リューンの優しさを帯びた声、その体温の温かさ、自分を見つめてくれる瞳、そして「愛している」という言葉。
(欲しがってはいけない。リューン様のお荷物になりたくない。鬱陶しいと思われたくない)
「……結婚などと、大それたことは望んではいけない」
国王陛下に結婚の許しを請うたがその返事はまだ無い。リューンはいつも、ムイを早く自分の妻にしたいと、言ってくれていた。リューンが求婚をしてくれた頃は、嬉しくて舞い上がってしまい、周りが見えてなかったのも事実だ。
ムイは考えた。
冷静になって、考え続けた。すると、こう思うようになった。
一国の領主様が、国の一二を争うような大きな領地の持ち主が、名もない捨てられた女を妻になどできるはずがない、と。
(なんの力もなく、取り柄もない私が……)
真の名の力も自ら捨てた。歌も捨てた。誇れるものは、何一つ持っていない。それでもリューンの側にいたいと思い、全てを捨て去った。
それが、良かったのかどうか、今になってぐらりとぐらついている。
(リューン様のお側に居られるだけで、良かったのに、)
シガレットケースの包みに涙がぽたりと落ちた。
指でなぞると、するっとその雫がそのまま落ちていった。
涙を拭うことも忘れて、ムイは泣き続けた。




