嫉妬
「木こりに貰ったらしいな」
背後で声がして、ムイは大きな花束を抱え直してから、振り返った。
「リューン様、ただ今帰りました」
「これはまた、こんなにたくさん……」
「はい、随分と押し花の量が増えて。子どもたちがたくさん使うのですぐに無くなってしまうのですが、これだけあればひと月は保ちますから助かります」
「それは、良かったな」
ムイが花束を抱え直して、自室のドアを開ける。ベッドの上にばさりと置いてから、テーブルの上に置いてあった包みを持ってくる。
リューンは部屋の中に入り、閉めたドアに背中を持たせかけて、ムイの様子を見ていた。
(ムイはこんなにも美しいのだから、求婚してくる男もいるだろう……)
国王の元歌姫を一目見ようと、たくさんの人たちがこのリンデンバウムの城へとやってくる。
もちろん女のファンもいるが、圧倒的に男が多かった。その男たちが、ムイとムイの歌声を賞賛していく。もう歌えないとわかっていても、ムイの歌声が忘れられない、どうかもう一度歌ってくれと懇願していく輩がいるのも事実だった。
けれど、ムイは断固として歌わなかった。
「リューン様のお側にいたいのです」
歌が歌えると広まれば、ムイは国王の元へ連れていかれてしまう。
(だから、絶対に歌わなかったのに……木こりの男には、歌ったというのか)
「リューン様」
ムイが何かを手に、近づいてくる。リューンははっとして、意識を戻した。
透明の袋に薄水色のリボン。
中には、シガレットケース。
「どうした、これは?」
「押し花教室でいただいた謝礼で買いました」
シガレットケースの蓋の部分には、押し花が施されている。花には詳しくないリューンでもわかる、アネモネの花びらだ。
「リューン様にと思い、心を込めて作りました」
差し出してくる。それを受け取ろうとして、視線を上げる。
その時。
ベッドの上に置いてある大きな花束が目に入った。
咄嗟に、手を引いてしまった。
どこぞの男に貰った花で作ったのか、という考えが頭を占めて、すぐにそこに根をはっていったのだ。
「……リューン様?」
リューンは受け取らなかった。
「悪いが、俺には不要だ。タバコは吸わない」
「は、葉巻でも少しなら入れられると思い、」
ムイの手が微かに震える。袋が、かさと音を立てた。
「葉巻は時々はやるが、これには入らない」
直ぐにムイは手を引いた。
「お、お役に立たないものを……も、申し訳ありません」
(……他の男から貰ったものを、受け取るなんてできるかっ)
胸に黒い液体がぶわりと湧き出した。
ムイは目を伏せて、唇を震わせている。長い睫毛も、ゆらゆらと揺れていた。
リューンはそれでも受け取れなかった。
心臓を。その爪痕がつくのではというくらい、ぐっと掴まれているような、酷い痛みがあった。
リューンは踵を返して部屋を出た。後ろ手にバシンとドアを閉める。それがいつもよりきつく音を立てて、リューンの胸に溢れていた黒々しい液体をばしゃっと波打たせた。




