両片想い
(あんなに泣いたのに、まだ涙が出て仕方がない)
張り裂けそうな胸を抱えて、ムイはガゼボへと走った。
激しく動く心臓と息と、そして流れ落ちる涙とを落ち着かせようと、ベンチへと座った。
(このガゼボは、リューン様が私を欲してくださった場所)
ムイは過去に思いを馳せた。
ムイが永遠の別れを決意したあの時。まだ国王の歌姫だった時。そして二度目にリューンの元を去ろうとした時。
(あの時も、リューン様とお美しいサリー様のご結婚のお祝いを申し上げた……)
身を千切られる思いで、別れを言った。
けれど、リューンはムイを決して離さなかった。
「どんな女も愛さない。ムイ、お前を失うなら、この先独りで生きていく。リューン=リンデンバウム、」
「リューン様、おやめくださいっ‼︎」
「お前は永遠に……独りで生きるのだ」
リューンはそれまで、代々受け継がれた名前を握る力によって、相手を支配することができ、そしてそれを不本意にでも実行してきた。
名前を握ることで、自分の思い通りに命令し、言うことをきかせてきたという経緯があったのだ。
ムイはその時、リューンが自分自身に向かって、ムイと共に生きられないのなら、お前は独りで孤独に生きろと命令したリューンの行動に驚き、恐れ慄いた。
この時、ムイはリューンが名を握る力を失っていたことを知らなかったのだ。
リューンの覚悟と自分への深い愛情を知った。
そして、自分にとってもリューンしかいないのだと、この時、身をもって知らされたのだ。
これほど、深く愛せる人はもういない。
(……それなら、私ももうこれからは独りで生きるしかない)
リューンの側にいたいという微かな希望も失った。
リューンとユウリ、二人の幸せそうな姿など、とうてい直視などできるはずがないのだ。
ムイは今、仄暗い絶望の淵を、よろよろと歩いている。
落ち着かせようとした涙は、もう手のつけられない状態に陥り、背中を激しく上下させてしゃくりあげながら、ムイは長い時間、思い出のガゼボで泣いた。
✳︎✳︎✳︎
「後夜祭にはムイ先生は来ないの?」
「パパ、先生とお約束していないの?」
シノとキノが交互に父親を責め立てる。カイトは困り顔を浮かべながら、双子を両脇に抱えた。
「ほら、行くぞ」
「ねえねえ、パパ。ムイ先生はあ?」
「来るとは言っていたけど、昨日の夜、具合が悪くなっちゃっただろ? だから来るかどうかはわからないんだ」
「ムイ先生はもう大丈夫なの?」
「いや、城に帰っちまったからなあ。大丈夫だとは思うが、」
宙に浮いた足をバタバタとしながら、シノとキノは駄々をこねた。
「パパあ、ムイ先生を連れてきてよっ」
「無茶言うなよ。城の中には入れないんだ」
「マリアがせっかくクルミパンを作ってくれたのに」
「そうだなあ、シノ、キノ。パパもムイに会いたいよ」
そこへ、大荷物を抱えたミリアがやってきて、「ちょっと手伝って」と荷物をカイトへと渡した。
双子を離して荷物を持つと、カイトはミリアと肩を並べて歩いた。
「なあ、ムイは今夜、来るのかな」
その言葉にミリアの足が止まった。隣を歩いていたカイトに向かって、言葉を投げる。
「カイト、あんた分が悪いよ」
「なんだって?」
「ムイのこと。私はお二人を前から見てきたからわかるけど、あれだけ深く愛し合っている二人は、他に見ないくらいだよ」
「リューン様が、ムイを縛っているんだろ」
ムッとした顔を浮かべて、カイトは舌打ちした。
「違うよっ‼︎」
ミリアが声を荒げたのを、先へと走っていった双子が振り返って見る。
「リューン様はね、ムイを愛しているからこそ、いつもムイの相手が自分でいいのかと、迷っていらっしゃる」
「…………」
「それでね、それは、ムイも同じなんだよ」
はあっと大きく溜め息を吐いた。
「相手を思うばかりに、お二人はいつも迷いの森の中にいる。それでも相手の幸せを第一に願ってるんだ」
「俺だって、ムイを、ムイのことを好きだ」
「けれど、ムイは違うだろ?」
口を噤んだカイトを横目で見て苦笑すると、ミリアは荷物を抱え直して歩き出した。
「誰もあの二人を引き裂くことなんかできやしないんだ」
ミリアの声が薄暗くなった空へと消えていった。




