強い意志を持って
(ああ、やはりもうお終いだ)
リューンは身体をベッドの上に横たえた。仰向けになって天井を見る。
ふ、と鼻から息を吹いた。笑いがこみ上げてくる。けれど、それは弱々しく、自分では止められない。
(ははは、何という哀れな……俺はもう必要ないということだ)
自分の愚かさに、可笑しみが湧いてくる。
(ふふ、抱き合って、キスまでしたのだと。ああ、そうだった。お前はその男に歌まで歌って聞かせたんだったな。あれほど、歌うことを頑なに拒んでいたのに。そしてそれは……俺のためだと……俺の側にいるためだ、と)
目を閉じる。まぶたの裏。控え目な、ムイの笑顔。
(……俺は……どうしたら良いのだ。お前を失うなんてことがあったら、その時、俺はどうしたら良いというのだ……)
ぼんやりとした頭で、リューンは考えた。
(……いや、それよりムイは、大丈夫なのだろうか。ローウェンが、ムイが倒れたと、言って、いた、)
現実が引き戻される。
(そうだ、ムイは大丈夫なのだろうか。具合が悪いなら、)
「……俺が、行かなければ」
弱々しい声だった。
「そうだ、俺が行かなければ、」
リューンは、ベッドから身体を起こし、部屋を出た。上着を手に取り、城を出て、馬小屋へと走る。ダリアンに馬を用意させ、それにまたがった。
「俺が行かねば」
呟く言葉に力はない。けれど、何度も何度もそう繰り返した。
「俺にはお前が必要なのに……」
手綱を握る手に力が入り、馬を促す足にも力が宿る。
リューンは馬の腹を力強く蹴り上げて、駆けた。
✳︎✳︎✳︎
「ムイ、ムイ、」
優しく耳に届く声。懐かしい、愛しい声だった。
(これが、夢なら醒めないで欲しい、)
「……ん、」
ぐっと瞑った目に、じん、と痛みが走る。だらりと伸ばしている手に、温かい肌の温度。
(夢でも、)
「ムイ、大丈夫か? どこか痛いところはないか?」
そっと、目を開けた瞬間、すうっと涙が流れていった。
その瞬間。
リューンの心配そうな顔が浮かんだ。
「リューン様、」
腕を上げて、そおっとリューンへと伸ばす。
リューンは、くしゃりと顔を歪ませて、ムイの身体をすくい取って抱きしめた。
「ムイ、具合はどうだ? 立てるか?」
そして、ムイをぐいっと抱き上げると、「ムイは、俺が連れて帰る」と強い声で言った。
あまり聞いたことのない力強い声に、ムイは誰に言っているのだろうか、という思いが頭をかすめた。
けれど、愛しいリューンに抱かれていると考えるだけで、他のことはもう考えることができなくなる。
(これが夢なら、永遠に醒めないで欲しい)
ずっとリューンの側にいたいと願っていたのに、それも叶わない。そんな辛い現実から逃げてしまいたかった。
(リューン様のいない世界など、)
ムイは、リューンの肩口に頭をすり寄せた。
(……もう、考えられない)
ムイは、思った。
(リューン様がユウリ様とご結婚されても、私は側を離れない)
それが身を引き千切られるような地獄の苦しみだと、容易に想像できたとしても。
(けれど、それでも……)
心の中の涙は、とめどなく流れていく。
(それでも、私はリューン様の側にいる)
芯が通ったような気がした。痛みはあるが、それはその痛みを凌駕する、強い意志そのものだった。




