怒り
「ムイが倒れたって?」
ローウェンがアランから連絡を貰ったのは、収穫祭が始まって直ぐのことだった。それまでは押し花の実演を淡々とこなしていたムイだったが、その途中で気を失い、マリアの家で休んでいるという。
「マリアは何て言ってる?」
「心労が溜まってたのではないかって。ここ最近は、ずっと眠れなかったらしい」
「くそっ。あの女のせいだっ」
珍しく声を荒げるローウェンと同様に、アランも眉をひそめた。
「あからさまにリューン様に気に入られようとしていますね」
「ああ、リューン様にべったりだ」
「リューン様はどんなご様子なんですか?」
「好きにさせてるよ。忌々しいことにな」
廊下の隅で、顔を合わせている二人が、ひそひそと話す。
「とにかく、馬の世話が終わったらダリアンに迎えに行かせよう」
「俺から伝えておきます」
「アラン、お前も一緒に行ってくれないか。ムイが眠っていると、ダリアン一人では運べないだろう」
「何の話をしているっ‼︎」
怒声がして振り返ると、リューンが立っていた。傍らにはユウリが、リューンに腕を絡ませて、寄り添っている。
ローウェンはその姿を見て、眉を上げた。けれど、答えずに無視をする。
隣でローウェンの様子を見ていたアランが、気まずそうに横から口を出した。
「ムイが倒れたのでございます」
その言葉に、リューンは即座に反応した。
「なんだとっ。ムイは今どこにいるっ?」
ずいっと前へ出た拍子に、ユウリが手を引っ張られ、離れる。けれど、すぐに隣へ並ぶと、リューンの腕を掴んだ。
「リューン様、心をお鎮めになってください」
「ローウェンっ」
低く腹に響く声。脅していることは、すぐにもわかった。
それでも、ローウェンは冷ややかにリューンを見ているのみで、無言を貫いている。
すると、ユウリがリューンへと身体を寄せて言った。
「ムイ様は、大丈夫です。きっと、ムイ様の恋人のお方がついていらっしゃいます」
リューンの表情が一変した。
「こ、恋人……」
「ユウリ様」
今度はローウェンのドスの効いた声が響いた。
「下らないことを言わないように」
「あら、あなた。執事のくせにわたくしを愚弄するのですか? 国王陛下から使いを申しつけられた、わたくしに向かって、」
「ローウェン、ムイはどこにいる」
リューンが割って入る。その問いには、アランが答える。
「マリアの家で、横になっています」
「すぐに迎えにいく」
「リューン様がわざわざ赴かなくとも」
ユウリが、腕を回す。
「恋人のお方に任せておけば良いのです。とても仲睦まじくていらっしゃるのよ。リューン様がいらっしゃってもお邪魔なだけですわ」
ライアンが慌てて入る。
「ムイはそんな女じゃない」
「あら、真実ですわ。わたくし、見たのです。ムイ様が男性の方と抱き合っているのを。カイトさんという方です。カイトさんがムイ様にキスを、」
「やめろっ」
リューンの怒声。ローウェンはリューンを見た。恐ろしい、その目で空を睨みつけている。
(ムイに出会う前のリューン様に戻ってしまったようだ)
けれど、ユウリの話は止まらない。
「いえ、見間違えしたのではないわ。そうそう、あれはムイ様からキスをされていたのです。背伸びしていらっしゃいましたもの。それでカイトさんがムイ様の腰をお抱きになって、」
「あんた、」
アランが言った。
「作り話が上手だな」
ユウリが、カッとなって応酬した。
「この目で見ましたもの。わたくし、先ほどまで外出していて」
「失礼ですが、ユウリ様はその時間、お部屋におられたはずです。侍女のジュリを呼びましょうか? 彼女は廊下の掃除係です。あなたが外出されたと言い張るなら、それが事実かどうか確認しましょう」
ローウェンが言い放った。
ユウリは言葉に詰まったが、そのまま続けた。
「リューン様、カイトさんとムイ様が抱き合っていたというのは本当ですわ。わたくしの侍女が見ておりましたもの」
「ムイをあなたの侍女に見張らせていたのですか。それは、何の為にですか?」
「……そ、それは」
ついに言葉が口から出なくなったユウリは、ふんっと顔を背けて、廊下を足早に去っていった。
ようやく降参したかと呆れながら、ローウェンがリューンを見る。さっきまでは、恐ろしい形相だったリューンの顔は、今はもう跡形もなく崩れてしまった。
「…………」
虚ろな目は床を這いつくばるような視線を落としている。
ローウェンはイラッとしながら、言った。
「リューン様、ムイを迎えに行くのですか、それとも行かないのですか?」
「……お前に任せる」
ローウェンは唇を噛みたい思いを募らせた。
(また、このようなことをっ)
ムイがリューンを思って、城を出ていった時のことを思い出す。
(あんな、狂ったような痛みに、あなたはまた耐えるのか)
リューンが部屋へと戻っていく。
ローウェンもアランにムイを迎えにいくよう再度、指示をすると、自室へと戻りドアが壊れるほど乱暴に閉めた。




