崩れ落ちる
「ムイ、その顔はどうしたっ」
振り返ると、カイトが二人の双子の手を引いて立っていた。ムイは、引きつった顔を伏せ気味にして隠した。
「カ、カイトさん。どうして……」
「仕事を早く終わらせてきたんだ」
「こんなにも早く? 良かったですね。……ミリアももうすぐ、」
「ムイ、君の迎えをミリアと代わってもらったんだ。それより、それはどうしたんだ」
父親が大きな声を上げたためか、双子は顔を見合わせて不安げな表情だ。
「ムイ先生、おめめが真っ赤だよ」
「先生、どうしたの?」
代わる代わる見上げては、父親とムイの顔を見遣る。
「ムイ、何があった?」
次には優しい声で、カイトが手を伸ばしてくる。その手が頬に触れる前に、ムイは顔を背けた。
「大丈夫です、大丈夫」
「ムイ、何があったか教えてくれ。君の力になりたいんだ」
「本当に、何でもないんです」
「ムイ、」
カイトが太い腕を伸ばし、肩を抱えるようにムイを抱きしめる。カイトの大きな胸には、ムイはすっぽりと収まってしまう。
久しぶりの人の体温に、ムイの中に安心感が湧いてくる。
足元では、シノとキノも精一杯に腕を伸ばして、ムイを抱きしめている。
「リューン様と一晩、あのガゼボで一緒でしたの」
朝方、部屋を出たムイを待ち受けるように、ユウリが立っていた。ユウリがまとっている絹衣の薄さに、ムイの心臓が跳ね上がった。
「あ、あの、」
浮き上がる肌が、火照っているのか、薄紅色に染まっている。
「わたくしたち、結ばれました。ムイ様、あなたはもう邪魔なのです。どうぞ、国王陛下の元へ」
「そんな、」
「陛下もお喜びになりますわ。ムイ様をとても愛でていらっしゃるのですから」
「わ、私はっ」
「お互いに一緒にいて喜ぶ相手を選びましょう」
「リュ、リューン様はっ」
「リューン様はわたくしをお選びになった、ということですわ。とても情熱的に、わたくしを求めてくださいました」
ムイは、自分の顔が真っ青になっていくのがわかった。血の気が引く、ということを今、実感している。
涙が、ほろ、と落ちた。
「……けれど、私はリューン様のお側に」
「邪魔なのよっ‼︎」
ユウリは激高して言い放った。早朝の廊下だということと、ローウェンを警戒してか、声をいくらか低くして言った。
「邪魔をしないでいただけますか。わたくしとリューン様は愛し合っているのです」
「…………」
次から次へと、ぽろぽろと溢れていく涙を頬に感じながら、全身から力が抜けていくような感覚に陥った。
そしてそのまま、ムイは座り込んでしまった。廊下の床の冷たさでなく、中心から少しずつ凍っていくような寒さに身震いする。
「心だけでなく身体も結ばれたのだから、ムイ様、あなたはどこかへ去っていただかないと」
ムイを冷ややかな目で見下ろしながら、それだけ言い捨てると、ユウリは立ち去った。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、」
自分でも知らないうちに、ムイは何度も呟いていた。
「ムイ先生っ。僕たちがいるからね」
「僕がお花をたくさん持ってくる」
その声で我に返る。気がつくと、カイトやシノキノの腕の中で涙を流していた。
知らぬうちに唇をぎり、と結んでいた。けれど、痛みはない。
「ムイ」
カイトのその声で顔を上げた拍子に、涙が散った。
「ムイ、誰が君を泣かせているんだ。俺に話してくれ。何だっていい、何があったか、教えてくれ。君の力になりたい」
「う、」
抑え込んでいた感情が、ぽろりぽろりと剥がれ落ちて、裸になっていく。
「君を慰めてやりたいんだ」
腕にそっと力が入る。
頬に。カイトの頬が重ねられた。
「泣かないでくれ」
耳元でそっと囁かれ、ムイは声を吐き出した。
「うう、ん、うぅ、」
背中がびくびくと小刻みに打つ。その背中を、カイトの大きな手が抱きしめながら、さする。
そして、頭をぐっと抱かれ、カイトの広い胸に押しつけられた。髪にキスをされたような気がしたが、ムイはそのまま泣いた。




